真澄ねむ

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1/6/2025, 2:53:48 PM

 推薦やらで進路が既に決定しており、のほほんとしているクラスメイトたちを尻目に、直子は毎日死に物狂いで勉強し、とうとう受験日がやってきた。勉強の成果を発揮できたかと問われると、首を傾げざるを得ない。でも、それなりに手応えがあったから、大丈夫なんじゃないかなという期待があった。
 二週間後の合格発表の日、どきどきしながら自分の受験番号を探す。無事に見つけ出して、ほっと息をついた。彼を含めて、のほほんとしたクラスメイトたちは、探すときの不安と恐怖を知らないのだ。羨ましいなと思う。
 まあ、何はともあれ、合格は合格だ。
 直子は立ち上げていたパソコンの電源を切ると、学校に報告するために、部屋着から制服に着替え始めた。なぜかはわからないが、直子の高校は、電話の合格報告だけでは満足しないのだ。
 面倒だなと思いつつ、学校に行く準備を進めていると、インターホンが鳴った。両親は仕事に出ており、家にいるのは自分一人。
 渋々と直子は階下におりると、モニターの電源をつけた。カメラには見慣れた人物――直子の幼馴染みで推薦で早々に進路が決まったのほほん組の一人――が写っていた。
(匠くんだ。……何の用だろ?)
 首を傾げながらも、直子は玄関に向かうと、扉を開けた。
「直子!」直子が扉を開けるや否や、彼が門を開けて中に入ってくる。彼は直子の前に立つと、満面の笑みを浮かべた。「合格おめでとう!」
 虚を衝かれ、目をぱちぱちとさせていた直子だったが、控えめな笑みを浮かべると口を開いた。
「あ……ありがとう」礼を言いつつ、首を傾げた。「何で匠くん、知ってるの?」
 彼は得意げに笑った。
「そりゃ、俺もチェックしたからに決まってるじゃん」
「わたし……受験番号教えたっけ……?」
 ますます困惑する直子をよそに、彼は直子の腕を掴んだ。
「合格したら、学校に報告に行くんだろ? 行こうよ」
 あのね、と直子は彼を睨めつけた。
「そのつもりで、準備してる最中だったの。鞄取ってくるから、ちょっと待ってて」
 そう言って、家の中に戻っていく直子を、彼は愛おしげな眼差しで見送った。
 ああ、四月からも君と一緒で嬉しいよ。

1/5/2025, 2:57:58 PM

 ここのところ、天気が悪い日が続いていた。窓から見える外はホワイトアウトしており、外に出ることもままならない。
 幸いなことに、買い込んだ食料はまだまだ残っている。しばらく、家から出ずに引きこもっていることにしよう。
 マーシャはぱちぱちと薪が爆ぜる暖炉の傍に、ロッキングチェアを移動させ、戸棚から毛糸玉と編み針を取り出した。この二つを以前に触ったのがいつだったのか、もう思い出せないが、編みかけの何かが残っている。
 その編みかけの何かを矯めつ眇めつして悩んだ末、彼女はマフラーを編むことに決めた。特に凝ったことをするつもりはないが、ただ編むだけではつまらない。縄編みで模様をつけて、最後にフリンジをつけよう。
 そうと決めたなら、あとは編むだけ。そして、マーシャは猛然と編み針を動かし始めた。
 どれくらいそうしていたのだろう。手がかじかんできたなと思って辺りを見回すと、いつの間にか薪が燃え切っていた。
 彼女は大きく伸びをすると、立ち上がった。納戸から薪を取ってこなくてはならない。カーディガンを羽織って部屋の外に出た。
 廊下は当然冷え切っている。冷え切った手先に息を吐きかけながら、納戸の方へと歩き出す。
 階段を下りようとしたとき、
「マーシャ」
 階下から声がした。階段の縁から身を乗り出して下を見ると、マルスがこちらを見つめていた。
「マルス? どうかしたの?」
 階上から声をかけると、彼は手招きをした。彼女は困惑して首を傾げたものの、階段を下りていく。
 彼の傍に立つと、小首を傾げた。
「どうかしたの?」
 彼はマーシャの方を見て、にっこりと微笑んだ。ゆっくりと手を挙げて、ある方向を指差す。
「見てごらん」
 彼の指す方向は玄関だ。その方向へ振り向くと――。
 まあ。思わずマーシャは声を漏らすと、玄関から外に飛び出した。
 いつの間にこんな天気になっていたのだろう。外はここ数日の中では珍しいほどの晴天が広がっていた。
「いい冬晴れだな」
「このまま、少し散歩でもしない?」
「ああ、構わないとも」
 輝いた瞳できょろきょろと辺りを見回すマーシャを、彼は愛おしげな眼差しで見つめている。

1/4/2025, 2:49:30 PM

 カーテンの隙間から漏れる陽光が眩しくて、ハイネは目を覚ました。時計を見ると、いつもの時間だ。
 ゆっくりと体を起こすと、いつの間に帰って来ていたのやら、ヴィルヘルムが隣で眠っていた。寝息を立てる彼を起こさないように、ベッドから下りると、カーディガンを羽織って部屋の外へと顔を洗いに出た。
 冬の朝は冷える。震えながら部屋に戻ると、ハイネは着替えを始めた。外出も来客も予定がないので、ゆったりとしたワンピースを手に取った。
 袖に腕を通しているとき、
「おはよう、ハイネちゃん」
 背後から声がした。物音を立てないように気をつけていたつもりだったが、いつの間にか彼も目を覚ましたらしい。
 ハイネは振り返った。
「おはようございます」
 彼女の返事は素っ気ない。
「珍しいですね。いつの間にお帰りになられていたんです?」
 その素っ気なさに動じることなく、ヴィルヘルムは体を起こすと微笑んだ。
「深夜にね。ハイネちゃんを起こさずに済んだみたいで何よりだよ」
 そうですね、と彼女は肩を竦めると、再びカーディガンを羽織った。
「朝食はどうされますか。召し上がられますか?」
「いいのかい?」
「一人分用意するのも二人分用意するのも大して変わりませんから」
 着替えを始めた彼を尻目に、ハイネは部屋を出た。
 少しでも寒さに対抗できるようにと小走りでキッチンに向かうと、手早く調理を始める。冬のいいところは食材が傷みにくいところだが、それ以外にいいと思えるところはない。
 スコーンを焼くために窯に薪を入れるついでに、リビングの暖炉にも薪を入れる。朝食の用意が整う頃には、リビングもほんのりと暖かくなってきた。
「ああ、いい匂いだね」
「用意ができましたよ」
「ありがとう。いただくよ」
 ハイネの言葉に彼は席につくと、フォークを手に取った。ハイネは少し遅れて席につくと、焼いたスコーンを半分に割ってジャムを塗る。食べようと口を開けた瞬間に、ヴィルヘルムが言った。
「ねえ、ハイネちゃん」
「……何ですか?」
「幸せって何だと思う?」
 彼の問いを無視して、ハイネはスコーンを頬張った。バターの風味と濃厚なジャムの取り合わせがとても美味しい。
 さあ、とでも言いたげにハイネは首を傾げた。スコーンを呑み込んで、ハイネは渋々と口を開く。
「幸せかと問われると、首を傾げてしまいますが、それならば不幸せなのかと問われると、違うと感じます」彼女は一旦口を噤んだ。深呼吸をして言葉を続ける。「だから……わたしにとって幸せとは何でもない毎日のことだと……そう思います」
 ハイネはそう言うと、優しい微笑みを浮かべた。

1/3/2025, 2:53:27 PM

 ゲルダは立ち止まると振り返った。自分の数メートル後方にいる青年に向かって、手を振る。暗闇の中、カンテラを持つ彼女の姿がぼんやりと浮かび上がっている。
「ガロさん、早く早くー!」
 ガロと呼ばれた彼は微苦笑を浮かべながら、返事するかのように小さく手を振り返した。
 彼の姿もまた、暗闇の中に、薄っすらと浮かび上がっている。 きちんと彼がついて来ていることを確認したゲルダは、再び歩き出した。
 二人は今、日の出を見るために、崖の上に向かう山道を登っているところだ。
 急な提案にガロが呆然としている隙に、ゲルダはさっさと先を歩き出した。彼がはっと我に返った頃には、既に彼女は遙か先を行っていた。
 出だしこそ遅れたものの、元の体力とコンパスは彼の方が大きい。すぐにゲルダに追いついた。
「ゲルダさん!」彼は彼女の腕を掴みながら言った。「夜道は危ないですから!」
 小さな笑い声を上げて、彼女は彼の方に顔を向けた。
「大丈夫ですよ。最近は魔物の数も減りましたし」
「そういう問題ではありません」
 まあまあ、とゲルダは彼をいなした。彼女の暢気な様子に、ガロは眉間に皺を寄せたが、何も言いはしなかった。
「ずっと洞窟にこもってばっかりじゃ心身に悪いですよ」ゲルダは花のような笑みを浮かべる。「せっかく谷の異変も治まって、魔物も少なくなってきたんですから!」
 そう言う彼女の笑顔が眩しくて、ガロは思わず目を逸らした。
「さあ、行きましょう、ガロさん。ぐずぐずしてたら日の出に間に合いません」
 彼女の言葉に、ガロは小さく頷くと、先導するかのように先に歩き出した。その手は腰の短剣に添えられている。ゲルダはそれを見て苦笑した。
 二人はようやく崖の上へと辿り着いた。
 既に空の端が明るくなっている。これならもう少しもしないうちに、日が顔を覗かせることだろう。
 コンパスを使って方角を確かめると、ゲルダはガロを引っ張った。彼は大人しく為すがままにされている。
 夜が白み始めた。
 彼女は正面を指差した。
「ほら、日の出ですよ」
 ゆっくりと日が昇ってくる。彼が食い入るように見つめているその横顔を見て、ゲルダは満足そうに微笑んだ。

1/2/2025, 1:28:47 PM

 新年の祝いを終えた翌日のことだ。ニェナはルヴィリアと共に、屋敷のバルコニーでアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「昨日はありがとう、ルヴィリア」ニェナは紅茶を一口啜ると続けた。「おかげさまでとてもいい一日だったよ」
 同じように紅茶を一口啜ったルヴィリアは、微笑みを浮かべた。
「どういたしまして。こちらこそ、楽しい一時を過ごさせてもらったよ」
「ハーウェルも来たらよかったのにね」
「一応、呼びはしたんだがな。何を遠慮しているんだか……」
 そう言いながらルヴィリアは肩を竦めた。くすくすとニェナは鈴のような笑い声を上げた。
「照れちゃったんじゃない?」
「照れる? 何に?」
 訝しげに眉間に皺を寄せたルヴィリアに、ニェナはにっこりと笑って続けた。
「綺麗に着飾ったルヴィリアにだよ」
 平素の貴族のお嬢様らしかぬ格好を見慣れていると、あまりそういうことを意識しないが、節目節目の式典などで着飾ったルヴィリアを見ると、彼女もまた整った顔立ちの美人なのだということを改めて認識させられるというものだ。ハーウェルは見た目よりずっと純情なため、そんな美人を目の前にすると上手く喋ることができなくなってしまう。
「はあ?」
 ルヴィリアはきょとんとしたように瞬きしたが、すぐに呆れたように肩を竦めると、話題を変えた。
「それはともかく、年が明けたわけだが……ニェナ、何か新年の抱負みたいなものはあるのか?」
「そうだなあ……あともう数年もしないうちに、本格的な修行が始まるだろうから、それまでに何か冒険みたいなことしてみたいなあ」
「冒険、か……。私もしてみたいものだ」
「ルヴィリアも一緒にしようよ! 二人でならきっと楽しいよ」
「そうだな。どうせなら、ハーウェルも一緒に連れて行こう。今でも一攫千金を夢見ているようだからな」
「一攫千金を夢見るより、普通に働いた方が楽だと思うけどなあ」
 苦笑しながらもニェナは三人で未知の場所を冒険する様を思い浮かべて、うっとりした。

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