今日は澄みきった青空になると言っていた。確かに昼過ぎまでは、雲一つ見られなかった。だが、夕方になると流れが変わったのだ。風が強くなり始め、雲が空を覆いだしたのだった。夜になると土砂降りの雨が降り注いでいる。
朝の天気予報を聞いても、雨が降るとは言ってなかった。とはいえ、何とかなるだろと折り畳み傘も持たず、高を括っていたのが間違いだったと悔やまれた。
こんな時こそ誰かに頼りたいが、定時をとっくに過ぎた今となっては誰もいない。雨が止む気配もなく、外を歩いている人さえいなくなっていた。駅まで走って約5分…。
(最近、走ってねえな)
俺は、しぶしぶ準備運動を始めた。
追手から必死に逃げ続けてたどり着いたのが、朽ち果てた教会だった。この地にたどり着くまで丸3日をすでに要していた。食料はほとんど残っておらず、一緒に逃げてきた子供達に分け与える余裕はない。
教会の中は、人の気配もなく天井は剥き出しで半壊している。用心深く見回ったが誰もいない様子だ。
(雨も避けられねえ…)
幸い追手たちは、我々を見失っている。ここで暫く休ませたかった。私は天井にぱっくり大きく開いた裂け目から空を仰いだ。
(みんな無事に逃げ出せたか…)
怒りの形相で槍をつく兵士たち、先日まで笑いあっていた隣人が斬られる姿、横たわった女たち…思い出したくもない悪夢だ。
街から子供を連れ出した記憶を何とか払いのける。
目の前の子供達にはこの事態が、この世界がどのように見えているのか推し量りながら、眠りにつくことにした。
「止めろよ」
触ってみようと手を伸ばす佐藤を小声で注意した。だが、佐藤の気持ちも理解はできた。ケースに入れられているとはいえ、目の前でピカピカに磨かれたフィギュアは俺たちのようなオタクにとっては、触らずにいられない。まして、今回の展示は年に一回の貴重な機会だ。
展示場に着いて今回の目玉を拝んだ時は、心の中に嵐が吹き荒れたものだ。息を飲むことしかできなかったのだった。畏怖の感情さえ沸き起こってきそうだ。アニメで何度も見たものが、細かなバッジに至るまで細部を妥協することなく作り込んでいる。
(来て良かった)
腹の中で思った。
佐藤は眉間にシワを寄せて、フィギュアに釘付けになっていた。
(ランニングしたいだけなんだよ…)
家の回りをぐるぐる走るだけではつまらない。走り抜けるだけのつもりで公園に入ったが、休日とはいえ人の多さに驚愕していた。
迷子にならないよう手を繋いでいる家族連れ、屋台で買ったであろう焼き鳥を食べながら話し合っている若者たち。花見できる場所を探し歩くグループ。
皆、同じ方向に進んでいるのに、ちっとも進まず、道幅が広がっても速度は変わらない。当然、彼方を見ても列の先頭は確認できない。走るどころか、足を速めることもできなかった。
(諦めよう…)
俺も頭上を仰ぎ、桜を眺めながら歩くことにした。
遂に答案が返却される。
テストを受けたときの感触は悪くなかった、むしろ良かったとさえ思う。僕は、先生から名前を呼ばれるのを静かに、だが心の中では緊張しながら席で待っていた。クラスにいる誰よりも頑張ったと自負しているし、前回のテストからずっと頑張り続けたのだ。
加藤が呼ばれた、もうすぐ僕だ。
やるべきことはすべてやり尽くした、今は結果を待つだけ。答案を受けとり、点数に目をやった瞬間のことを想像する。
大丈夫だ、絶対。
心の中で言い聞かせつつも、腹の底から恐怖が込み上げてきているのがわかる。口の中は唾液で満ち今にも泣きそうだったが、誰にもばれていない。
そして、その時が来た。