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7/30/2023, 5:45:45 PM

〜澄んだ瞳〜

あれは蝉の鳴き声がうるさかった夏の最中
養護施設の実習を受けた時のこと

家庭環境に問題があり施設で暮らす
小学4年生の少年の瞳が
20年経った今でも忘れられずにいる

その少年は一緒に暮らす他の子どもたちに
暴力を振るってしまう問題児だった

普段は屈託のない笑顔で無邪気に遊ぶ彼だが
感情が昂ると衝動を抑えられないところがあった

その彼が数日後に一時帰宅するらしい

あいにく、その一時帰宅は実習の最終日だったので
彼が一時帰宅から戻ってくる姿や感想は聞けていない

普段はシャイで自分から
私に話しかけることのなかった彼が
駆け寄ってきて一時帰宅することを伝えてきた

その瞳は純粋無垢そのものだった

彼の喜び様を思い出すと今でも微笑ましくなる

実習最終日、彼を施設から送り出すと
担当教員にそのことを伝える
すると思わぬ返事が返ってきた

実は一時帰宅は初めてではなく
今までに何度もあると言う
その度にアザを作って帰ってくる…と

それでも彼は父親、母親、兄妹が
暮らす場所へ行くことを喜び望んでいた

彼は今、どうしているだろうか

7/29/2023, 4:23:50 PM

〜嵐が来ようとも〜

待ちに待ったその日

どれくらいの人が
人生のリセットボタンを押したいと思っているのだろう

別に生活が出来ないわけではない
食事も用意され、お風呂に入り眠る場所もある
でも、すごく疲れている
身体ではない、心が…

それはありきたりな朝のこと
トーストを口に放り込みコーヒーで流し込む
テレビから流れる天気予報では
歴史上類を見ないほど発達した台風が近づいていると
キャスターが真剣な眼差しで話している

携帯をポケットに入れ家を出ると
1台のタクシーがハザードを出して停車している

両手で頭を覆って
タクシーまで走ったがびしょ濡れになってしまった

運転手に行き先を告げると怪訝そうな顔をされ
再度行き先を聞き直される

強風が窓ガラスを叩く度
心臓がどくんどくんと波を打つ

目的地周辺
理由をつけられ、離れた屋根のある
複合施設のエントランスで降ろされた
目的地や身なり所持品などから
察してしまったのかもしれない

傘もささず、海を目指す

テレビで見慣れた光景がリアルに視界に広がる
あまりの轟音と力強さに
自分の無力さを思い知らされた
後退りしそうな体をなんとか踏みとどまらせると
一歩、また一歩と歩を進める

比較的打ちつける波が少ない防波堤に上がり
大きな波を待つ
その場に座り目を閉じると
さっきまでの轟音が消え驚くほど心は穏やかだ

その時、何かの泣き声が聞こえた

子猫だ

何かに抗うように力強く泣き続けている
どれくらい泣き続けてたのだろう
声は掠れ、泣き辛そうだが
決して泣くことを止めない

次の瞬間、波が子猫を飲み込もうと
大きな口を開けた

反射的に子猫を抱き上げる

神様は意地悪だ
最後の最後に私に生きる意味を押しつけるなんて

今まさに波が全てをさらおうとしている

あぁ、これだから人間は面倒くさい

7/28/2023, 6:36:26 PM

〜お祭り〜

これは昔むかしのお話

山の麓の名もない小さな村に
真面目で働き者の農民たちが暮らしていた

来る日も来る日もせっせと働く姿は
まるで働きアリの様

そんな農民たちも年に一度羽目を外す日がある

そう、お祭りの日だ

普段は真面目な農民たちが
踊り、歌い、笑っている

いつも農民を見守っていた山の神様も
その豹変ぶりに大笑い
あまりにも楽しそうだから
こっそり人に化けて紛れ込む

紛れ込んだのはどうやら神様だけではないようだ
茂みの方から人に化けたキツネも1匹

神様とキツネは顔を見合わせニンマリ
一緒に跳んで回って踊ってみる

あまりの楽しさに我を忘れ踊っていると
農民たちが驚いた顔で踊りを止めている

夢中になりすぎてしまった

神様もキツネも本当の姿に戻っていたのだ

慌てた神様はキツネを抱き上げると
雨を降らせた

農民が気を取られている隙をつき逃げ帰る

その雨は恵の雨となり
それ以降農作物が豊富に育つ村として豊かになった

農民たちは社を建て
その脇に神様の遣いとしてキツネの彫刻を祀り
年に一度のその日を
豊作を願い感謝する大切な日とした



7/27/2023, 3:40:08 AM

〜誰かのためになるならば〜


誰かのためになるならば…

あいにく私にはそんな感情持ち合わせていない。
そもそも現代においてこういった感情を持ち合わせている人はいないと言い切ってしまえるほどではないだろうか?

もし「誰かのためになるならば」と何か行動を起こすとすれば、それは大なり小なり損得勘定がついてくる。
例えば、仕事上で自分のイメージを良くしたい、給料UPや出世するためなど…
「誰かのため」とは言い変えれば「自分のため」なのだ。

しかし、それとは別の特別枠は存在する。

こう言った思想が乏しい私の脳をフル回転させて思い返してみるといくつか特別枠が存在した。

それは家族、幼少期(私の場合、小学校)から繋がる友人、ペットだ。これらの存在はその時の感情がマイナスでない限り、「〇〇のため」の〇〇に当てはまる。

私にとって特別枠は「与えられ与え返す」存在だ。損得勘定がある上でそれを上回る深い結びつきを持つもの。

何かあれば力を貸したいと純粋に思えるのはナゼかを考えてみると、それは相手が与えてくれる時に限りなく純粋に見返りや疾しい気持ちが無いことが分かるからなのかもしれない。
つまり与えてくれた相手も純粋だから私もそれに応えるように純粋に与え返すということだ。
「無償の愛」とは異なるがそれに限りなく近い。
そう思うと純粋であればあるほど無償の愛は生まれやすいのかもしれない。

普段は考えない「誰かのためになるならば」

改めて自分の思考を知る機会を与えてくれたこのお題が正に「誰かのためになる」存在である。

7/25/2023, 5:21:23 PM

〜鳥かご〜

私が守ってあげる、ここは1番安全な場所。
-君は安全なの?
あなたには何不自由させないよ。
-閉じこめるのに自由なの?
雨の日も風の日も苦労することはないのよ。
-そうして飛び方を忘れてしまうんだね。
ねぇ、あなたは幸せよね?
-…うん、幸せだよ…

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