〜嵐が来ようとも〜
待ちに待ったその日
どれくらいの人が
人生のリセットボタンを押したいと思っているのだろう
別に生活が出来ないわけではない
食事も用意され、お風呂に入り眠る場所もある
でも、すごく疲れている
身体ではない、心が…
それはありきたりな朝のこと
トーストを口に放り込みコーヒーで流し込む
テレビから流れる天気予報では
歴史上類を見ないほど発達した台風が近づいていると
キャスターが真剣な眼差しで話している
携帯をポケットに入れ家を出ると
1台のタクシーがハザードを出して停車している
両手で頭を覆って
タクシーまで走ったがびしょ濡れになってしまった
運転手に行き先を告げると怪訝そうな顔をされ
再度行き先を聞き直される
強風が窓ガラスを叩く度
心臓がどくんどくんと波を打つ
目的地周辺
理由をつけられ、離れた屋根のある
複合施設のエントランスで降ろされた
目的地や身なり所持品などから
察してしまったのかもしれない
傘もささず、海を目指す
テレビで見慣れた光景がリアルに視界に広がる
あまりの轟音と力強さに
自分の無力さを思い知らされた
後退りしそうな体をなんとか踏みとどまらせると
一歩、また一歩と歩を進める
比較的打ちつける波が少ない防波堤に上がり
大きな波を待つ
その場に座り目を閉じると
さっきまでの轟音が消え驚くほど心は穏やかだ
その時、何かの泣き声が聞こえた
子猫だ
何かに抗うように力強く泣き続けている
どれくらい泣き続けてたのだろう
声は掠れ、泣き辛そうだが
決して泣くことを止めない
次の瞬間、波が子猫を飲み込もうと
大きな口を開けた
反射的に子猫を抱き上げる
神様は意地悪だ
最後の最後に私に生きる意味を押しつけるなんて
今まさに波が全てをさらおうとしている
あぁ、これだから人間は面倒くさい
7/29/2023, 4:23:50 PM