仮色

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12/3/2023, 5:26:17 PM

【さよならは言わないで】

「私ね、ヒーローになるんだよ」

気味が悪くなるほどに晴れて青い空に背を向けて、彼女はそう言った。
顔はニッコリと作られた笑顔で彩られていて、ぞっとしたのを今でも思い出す。

「…どうして」

絞り出した言葉は思っていたよりもずっと小さくて、でも彼女は聞き取ってくれたらしい。
大袈裟に、まるでショーでもするみたいにバッと大きく手を広げて、彼女は言った。

「私の体ってね、特殊なんだって。特異体質ってやつだよ。私の体は多くの人を助けられる未知の物質で構成されてる

…だから、体を提供することにした」

不自然に感じられるほど大きな声で、彼女はそう語った。
背を向けていた青を正面にしてしまったので、その表情は見ることができない。

「あなたは…生きれるの」


しん、と恐ろしいほどの静けさがその場を支配した。


ねえ、なんで黙っちゃうの。
あなたが生きてないと、誰がどんなに助かったって意味がないんだよ。
分かってるの。どうせ分かってないんでしょ。

黙ってしまった意味を直ぐに理解してしまって、頭がごちゃごちゃと黒色に染められていく。

「私はね、」

ああ、やめて、これ以上先を言わないで



「死ぬんだってさ」



はは、面白いよね。体の90%は実験にいるらしいんだって。

全く面白くなさそうな乾いた笑いで、震えた声で、彼女はそう言った。
その姿に耐えられなくなって、ぎゅっと力強く、痛いくらいだろうな。そんな力で抱きしめる。

「私はいやだよ。絶対にやだ。死なないで、お願い」

泣きたいのは彼女なはずなのに、涙が溢れて止まらない。
やだ、やだよ、とこれまで願ったことないくらいの気持ちを抱えながら伝える。

「やめてよ、覚悟つけたのにさ、揺らいじゃうじゃん」

彼女は静かにそう呟く。

「、あーもう。泣かないって決めたのに」

彼女の顔を見ると、目からぼろぼろとこぼれる涙が太陽に当てられて輝いていた。

「今生の別れってわけじゃない
今生の別れにはさせない

だから


”またね”」


ーー


さよならは言わないで。

「っ、…ばかやろー」

なにが”またね”だ。
何年待たなきゃいけないんだよ、勝手に約束だけして居なくなって。

絶対に、”久しぶり”を言ってやるから。


滲む視界も、今日は受け入れることにした。

12/2/2023, 1:54:09 PM

【光と闇の狭間で】


「これで…よしっ」

ポチッと投稿のボタンを押して、後ろ側に大きく伸びをした。
ボキボキと鳴る体に何時間作業をしたのか気になって時計を見ると、午前3時で驚く。閉め切っていたカーテンを少し開くと、案の定真っ暗であった。
外の暗さに、時間見ずに投稿しちゃったな…と少し後悔をする。
どうせなら多くの人に自分の作品を聞いてもらいたいのがクリエイターというものだろう。
だが自分の知名度もまあまあ上がってきたのか、ちらりと今投稿した曲の再生数を見ると、3桁に届いていた。
まだ出して数分、しかも3時。世の中には3時に起きている人間が沢山居るもんだなと何だか感心してしまう。
確認の為に何回も聞いた自分の曲を、最後にともう一度再生する。

希望、光、そんなものをテーマにした曲だ。
何か元気がつくような、勇気が出るような、そんな曲になるように作詞作曲をした。
ここがこだわりポイントなんだよな、とか、ここの歌詞悩みまくったな、とか振り返りながら聞いていると、あっという間に聞き終わってしまった。

私の作り上げた数分は人に何かを感じさせることが出来るだろうか。

そんなことを思ったって、自分は作り上げた立場なので分かりはしない。

「あ~〜…めんどくさいけど仕事するか…曲だけ作る人生送りたいもんだ」

今日までに終わらせておかないといけない仕事の予定が書かれたスマホのメモを眺める。運がいいことに今日は2件だけ。しかも簡単なやつ。
早めに終わらせて、その頃には沢山ついているだろう曲の感想コメントを見よう。
そうと決めて、仕事をするために真っ黒な服に着替える。
ぴちっと体にフィットする服はあまり好みではないが、動きやすい方が仕事も早く終わるので我慢だ。
関節の動きとかで行動を予測されないようにフード付きのポンチョを着て、手袋を付けて、体中に刃物を隠して、仕事用のバックを腰に付けたら準備完了だ。
曲作りが3時に終わって良かったかもしれない。多分皆んな寝てると思うし。
今私の曲を聞いてくれた人以外は、だけど。

「目標6時までかなぁ、それ以降は明るくなってきついし」

そう決めると、夜に持ち越しにならないように、私は直ぐに仕事に飛び出した。

今日の暗殺相手は希望なんか持ってくれてないと良いな、と頭の隅で考えながら。

ーー ーー

希望と光を与える曲の作曲者が、闇にどっぷり嵌っている奴だとしたら。
その曲は光なのか、闇なのか。それともその狭間でゆらゆらと揺れているのか。

多分、受け取り側の気持ちが全てなんだろう。

12/1/2023, 2:41:15 PM

【距離】

ぽつりと雫が地面に落ちる。
あ、と空を見上げると、今すぐにでも泣き出しそうな鉛色をしていた。

「やべ」

何となく家に帰りたくなくて、ゆっくりと動かしていた足を速める。
だが、空というものは思っていたよりも堪え性が無かったらしい。
腕に水滴が落ちた感覚がしたと思うと、あっという間にザーザーと視界が湿度100%の光景になった。
教科書を濡らさないように、バッグを腹の方に抱えて少し前屈みになって走る。
あー、最悪だ、だとか。風邪引きそう、だとか。降り注ぐ雨に負けないくらい頭の中で色々とぐちぐち思っていたが、今びちょ濡れになっている事実は変えれない。
何だか教科書を必死に守っている事とか、自然現象にイラついている事とか、全てが滑稽に思えてしまう。
もう濡れているのに何でこんなに急いでるんだ?という考えに至って、最初のゆっくりとした速度に戻した。

別に雨だって悪いものじゃないしな。

冷たい雫達に体を撫でられながら、俺はそう思うことにした。


ー?ー?ー?ー


ぽつりと雫が地面に落ちる。
あ、と空を見上げると、そこには雲一つ無い青色がいっぱいに広がっていた。
今日の最後の授業が理科だったせいか、雲量が0~1で快晴だな。と変なことを考える。

「やべ」

何となく家に帰りたくなくて、ゆっくりと動かしていた足を速める。
どんどんと足元に落ちていく雫達を見ないようにして、年中長袖の腕で目を拭った。
拭った時にじん、と腕が少し鈍く痛んで、そういえば昨日怪我したなと思い出す。
だが、いつものことだ。と一瞬腕に向けた意識を足を動かす方に移した。
家で酒を飲んでいるだろう父は、思っている何倍も堪え性が無いのだ。

こんなことしている場合じゃない。早く帰らないと。
だって、また怪我が増えてしまう。痛いのは誰だって嫌いだろう。

何で俺だけがこんな目に…なんて、思っていないさ。
だって、あれが父さんから貰える愛情だから。

冷たい視線、言葉、暴力、色んなことから目を逸して、あれも俺を愛しているからなんだ、と。

そう、思うことにした。



(雫が落ちる距離は、幸せの距離と反比例)

11/30/2023, 1:25:11 PM

【泣かないで】

泣かないで。ぐっと堪えて。唇を噛んで。
この姿は見せたらいけない。
だってそれは皆んなの〝わたし〟じゃないから。


ーーー


骨に染みるような寒さの日。びゅうびゅうと風が遠慮なく体当たりしてくる。

がちで寒い。そうだね。

そんな会話も今日のうちで何回か行われた。
学校終わりで一緒に帰っている親友も、マフラーに顔の半分を埋めている。

「私もマフラー持ってきたらよかった…」

思わずそんな言葉が口から出てくる。
だね、と寒がりな親友は短く返事を返してくれた。
なんとなくちらりと横を見ると、マフラーをしても尚自分より寒そうにしている彼女。かなり厚着なはずなのに、寒そうなその姿がなんだか可笑しくて口角が上がる。

「もっこもこなマフラー、プレゼントしてあげようか?」

吹き付けてくる風に、隠せていない耳を赤くしているのを見かねて言った。
前を向いていた目線が自分に注がれる。
真正面から見た、隠れていない上半分の顔を眺めて、ん?と思った。

「…耳当てがいい」
「んふふ、それが良い。サービスでカイロもくれてやろう」
「あんがと」

なんの違和感もなく続けられた会話に、一瞬気のせいかなと思う。
…思うが、一回気付いたことは結構頭に居座るものだ。
一瞬騙されかけたが、多分。気のせいではないんだろうな。

「今日うちで映画とか見ない?」
「…急やね」
「今思ったもんだから」

別にいいけども、と地面に視線を落としながらの了承が出る。
こつ、と足元にあったらしい小石が蹴られてどこかに消えた。

「あれだな、感動系の映画見よう。部屋あったかくして」
「感動系…それまたなんで。部屋あったかいのは有り難いけど」
「んー………

 泣きたい気分でしょ。今日は」


ね?と彼女の方を見ると、下をぼんやりと見つめていた顔が、なんとも微妙な表情に変わってこっちに向いた。
こっちの含みに目ざとく気が付いたらしい。鋭いものだ。

「…さいですか」
「うん。あ、あとこれはとんでもなく大きな独り言なんだけど、」

親友舐めんなよ?


明後日の方向を向いてまあまあな大きな声で、まるで聞かせるような感じで言った言葉。

少々経ってから「…独り言大きすぎるでしょ」という小さな声と、ぐす、と寒さからなのか何なのか、鼻を鳴らす音が聞こえた。

ーーー

泣いてくれ。声を出して。涙を流して。
私にだけでいい。その姿を見せて。
だってそれも〝あなた〟の一部なんだから。