仮色

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【距離】

ぽつりと雫が地面に落ちる。
あ、と空を見上げると、今すぐにでも泣き出しそうな鉛色をしていた。

「やべ」

何となく家に帰りたくなくて、ゆっくりと動かしていた足を速める。
だが、空というものは思っていたよりも堪え性が無かったらしい。
腕に水滴が落ちた感覚がしたと思うと、あっという間にザーザーと視界が湿度100%の光景になった。
教科書を濡らさないように、バッグを腹の方に抱えて少し前屈みになって走る。
あー、最悪だ、だとか。風邪引きそう、だとか。降り注ぐ雨に負けないくらい頭の中で色々とぐちぐち思っていたが、今びちょ濡れになっている事実は変えれない。
何だか教科書を必死に守っている事とか、自然現象にイラついている事とか、全てが滑稽に思えてしまう。
もう濡れているのに何でこんなに急いでるんだ?という考えに至って、最初のゆっくりとした速度に戻した。

別に雨だって悪いものじゃないしな。

冷たい雫達に体を撫でられながら、俺はそう思うことにした。


ー?ー?ー?ー


ぽつりと雫が地面に落ちる。
あ、と空を見上げると、そこには雲一つ無い青色がいっぱいに広がっていた。
今日の最後の授業が理科だったせいか、雲量が0~1で快晴だな。と変なことを考える。

「やべ」

何となく家に帰りたくなくて、ゆっくりと動かしていた足を速める。
どんどんと足元に落ちていく雫達を見ないようにして、年中長袖の腕で目を拭った。
拭った時にじん、と腕が少し鈍く痛んで、そういえば昨日怪我したなと思い出す。
だが、いつものことだ。と一瞬腕に向けた意識を足を動かす方に移した。
家で酒を飲んでいるだろう父は、思っている何倍も堪え性が無いのだ。

こんなことしている場合じゃない。早く帰らないと。
だって、また怪我が増えてしまう。痛いのは誰だって嫌いだろう。

何で俺だけがこんな目に…なんて、思っていないさ。
だって、あれが父さんから貰える愛情だから。

冷たい視線、言葉、暴力、色んなことから目を逸して、あれも俺を愛しているからなんだ、と。

そう、思うことにした。



(雫が落ちる距離は、幸せの距離と反比例)

12/1/2023, 2:41:15 PM