【さよならは言わないで】
「私ね、ヒーローになるんだよ」
気味が悪くなるほどに晴れて青い空に背を向けて、彼女はそう言った。
顔はニッコリと作られた笑顔で彩られていて、ぞっとしたのを今でも思い出す。
「…どうして」
絞り出した言葉は思っていたよりもずっと小さくて、でも彼女は聞き取ってくれたらしい。
大袈裟に、まるでショーでもするみたいにバッと大きく手を広げて、彼女は言った。
「私の体ってね、特殊なんだって。特異体質ってやつだよ。私の体は多くの人を助けられる未知の物質で構成されてる
…だから、体を提供することにした」
不自然に感じられるほど大きな声で、彼女はそう語った。
背を向けていた青を正面にしてしまったので、その表情は見ることができない。
「あなたは…生きれるの」
しん、と恐ろしいほどの静けさがその場を支配した。
ねえ、なんで黙っちゃうの。
あなたが生きてないと、誰がどんなに助かったって意味がないんだよ。
分かってるの。どうせ分かってないんでしょ。
黙ってしまった意味を直ぐに理解してしまって、頭がごちゃごちゃと黒色に染められていく。
「私はね、」
ああ、やめて、これ以上先を言わないで
「死ぬんだってさ」
はは、面白いよね。体の90%は実験にいるらしいんだって。
全く面白くなさそうな乾いた笑いで、震えた声で、彼女はそう言った。
その姿に耐えられなくなって、ぎゅっと力強く、痛いくらいだろうな。そんな力で抱きしめる。
「私はいやだよ。絶対にやだ。死なないで、お願い」
泣きたいのは彼女なはずなのに、涙が溢れて止まらない。
やだ、やだよ、とこれまで願ったことないくらいの気持ちを抱えながら伝える。
「やめてよ、覚悟つけたのにさ、揺らいじゃうじゃん」
彼女は静かにそう呟く。
「、あーもう。泣かないって決めたのに」
彼女の顔を見ると、目からぼろぼろとこぼれる涙が太陽に当てられて輝いていた。
「今生の別れってわけじゃない
今生の別れにはさせない
だから
”またね”」
ーー
さよならは言わないで。
「っ、…ばかやろー」
なにが”またね”だ。
何年待たなきゃいけないんだよ、勝手に約束だけして居なくなって。
絶対に、”久しぶり”を言ってやるから。
滲む視界も、今日は受け入れることにした。
12/3/2023, 5:26:17 PM