紅月 琥珀

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4/26/2025, 1:52:43 PM

 遠く遠く離れてしまったアナタへ。私が出来る唯一の贈り物。
 大切なアナタへと届くように、月の綺麗な夜に唄う――――――。

 それはほんの少しの邂逅。アナタは私の唄声に誘われたと言っていた。
 私の唄う声がとても綺麗だと言って、時間が許す限りそばでそっと聴いていた。
 もうずっと前の出来事なのに、未だ鮮明な記憶⋯⋯私にとってアナタはそれ程大切な人だったと今更ながらに思い知る。

 アナタと会うのはいつも月の綺麗な夜だった。
 月光の照らす湖は何よりも綺麗で―――その風景を見ていると私は、自然に唄を口ずさんでしまう。そこから興が乗り何曲も唄うのがいつものパターン。
 誰も居ない夜の森にある湖。その湖面に映る月と、反射して煌めく月光が好きで⋯⋯月の綺麗な夜にはここに来るのが日課となっていた。
 そんな中、突如として現れたアナタ。
 私の唄声に誘われて、蝶のようにヒラヒラと⋯⋯それでいて自由に飛び回って、いつしか遠くへ行ってしまった。
 私はここから動く事も出来ずに、ただ―――今日のような美しい夜に、アナタを思い唄うだけ。
 どんなに離れていても、姿形が変わってしまっても分かるように、唄い続けるから⋯⋯こちらに戻ってきた時にはもう一度、アイにきて下さいね。

4/25/2025, 1:23:12 PM

 幼い頃から見ている夢がある。その夢は歳を重ねても変わらず定期的に見ていて、今も―――ゴポゴポという音を聞きながら、私は深い海に沈んでいく夢を見ていた。
 暗く深い闇が広がる海の中で、天井も底も見えずにただゆっくりと沈んでいく体。
 水中であるにも関わらず、不思議と苦しくはなかった。きっと夢だから水中でも呼吸が出来るのだろうと、光の届かない闇を眺めながら他人事のように考えていた。

 何度目かの夢の中。沈んでいく私に話しかけてくる声が聞こえる。
 声だけしか届かない、誰かも分からない人。それでも私は1人じゃない事に安堵した。
 夢の中で沈みながらも会話を重ねて、互いを知っていく。話せば話すほどその人を知りたくなる。それが恋だと友人との会話で気付いた。
 けれども⋯⋯恋した相手は夢の人。自覚した瞬間に私の初恋はあえなく散った。

 友人達は何組の誰それが格好良いだの、サッカー部のあの人と付き合いたいだのと言っていつも騒いでいて、いつも楽しそうにしている。
 そんな中で、私だけが話についていけなくて、こと恋バナに関してだけ良く聞き流していた。
「ねぇ、ミサは誰が好きなの?」
 いきなり友人の1人に話を振られたが、私は首を横に振る。
「そういうのあんまり興味ないんだよね。漫画とかドラマなら見ることあるけど、自分がってなると想像つかなくて」
 そういう私に、彼女達は「えーっもったいない!」と声を揃えて言う。
 私の心(こい)は現実(ここ)にはないから、もったいないも何もないのだ。初めから生産性のない恋だった。ずっと同じ夢を見続けて、暗い海に1人沈んでいく。そんな中で現れた人。
 私にとってそれは⋯⋯例え姿が見えなくても、闇に差し込んだ一縷の光だった。
 だからこそ、どんなに勧められてもその人以外に興味が持てない。例えあの人が醜い容姿であっても関係なく、私は好きで居られる自信がある。
 それくらい、話していて惹かれていた。もうずっと前から好きだったのに、最近になってようやく気付けた恋心。
 現実(こちら)に居ると、早く眠りたいと思うようになった。
 夢の中(あちら)に居ると、目覚めたくないと思ってしまう。
 隔てられた境界にもどかしさを感じながら、今日も現実で1日を過ごしていく。

 ゴポゴポと音を立てながら、少しずつ深く沈んでいく。最初は怖くて心細かった深海は、いつしか大好きで大切なモノになっていた。
 だからどうか、叶うのならば愛しい夢の人(あなた)にアイにきてほしい。
 暗くどこまでも深い深海の中で沈みながら、今日も私はあなたとの束の間の逢瀬に心を砕いた。

 ◇ ◇ ◇

 忘れられない出来事があった。
 私の領地に迷い込んだ幼子。
 苦しそうに藻掻く姿があまりにも憐れで、助けてやったのを今も鮮明に覚えている。
 その時、私の姿を見たはずなのに⋯⋯その子は「ありがとう!」と綺麗な顔で笑った。
 気味悪く思われる事こそあれど、私に笑顔を向けてくれる者など初めてで⋯⋯その日からその子を思わぬ日はなかった。

 それは無意識の行動、で知らぬ内に私は自身の領地にあの子を引き入れていたらしい。気づいた時にはもう戻せない場所まで沈んでいた。
 幼かった彼女は大きくなり、美しい女性へと変貌していく。
 私の声が届いた時にはもう、きっと沢山の人に好かれているのだろうと、思うほどに心も体も美しい人になっていた。
 話せば話すほどに惹かれていく、焦がれていく。いけない事だと分かっていても止められず。しかし、このままでは私の醜い姿を見られてしまう。

 嫌われてしまうだろうか。
 畏怖の念を抱かれるだろうか。
 そう思いながらも⋯⋯早くコイと。
 もう逃がせない/逃がさないと思う私を、どうか受け入れて欲しいと思ってしまう。

 暗く深い深海の底で、醜い体を丸めながら⋯⋯私は今日も声だけの逢瀬を―――彼女との一時を楽しむのだった。


4/24/2025, 1:10:52 PM

 目が合った瞬間に世界が色付く様な⋯⋯そんな感覚に陥るなんて思いもしなかった。
 だから私はこの出会いは運命であり、巡り合わせだと今でも思っている。

 今までにも恋をした事はあったけど、そのどれもが彼に嫌われて別れていた。
 重すぎて息が詰まる。歴代の彼氏達は口を揃えてそう言う。
 何が重いのか、どうすれば良いのか。話し合う前に勝手に怒って別れられるから、どこをどう改善すれば良いのか⋯⋯未だに分からずじまいだった。
 その経験を繰り返してきた私は、元からなかった自信を全て喪失してしまい⋯⋯もう恋なんてしないって思ってたのに、友人から紹介された彼に一目惚れする。

 また同じ事を繰り返すのか。
 そう思う自分がいる一方で、もう一度だけ頑張ってみればいいって思う自分もいる。
 そんな相反する気持ちがせめぎ合い、二の足を踏んでいた私に彼の方からアプローチしてくれて、奇跡的に付き合うことが出来た!
 嬉しくてでも、また前と同じになるのが嫌で何度も何度も愛情を確認してしまう。

 友人曰く、それが重いって事だと言っていたけど⋯⋯私なんかよりも他の子達のが魅力的で、いつか心変わりしちゃうんじゃないかって不安で心配で、分かる形で愛されてる証明がただ欲しかっただけ。
 前まではその衝動を彼に話さずに試し行動などをやっていたから駄目だったのかと思い、今回は彼に自分の気持ちや不安を打ち明けてみた。

 すると、それごと受け入れてくれたのだ!
 そんな私も可愛いって言ってくれてまさに運命の人だと⋯⋯あの時感じた事は本当だったんだって嬉しくなった。
 それから、彼は私が不安になる度に気持ちを言葉と行動で示してくれる。
 私の不安も自信の無さも変わってないけど⋯⋯彼と一緒ならそれも乗り越えられる気がした。
 少しずつ―――けれども確実に、彼の為に自分自身をいい方向に変えられたら良いなと、日々奮闘するのだった。

4/23/2025, 1:54:46 PM

 誰かに恋し愛する事が罪になる世界ならば、きっと人は他者を愛する事はないのだろうと⋯⋯私はそう、切実に思うのだ。

 神々の御使いとして地上へと降り立ち、神の威光を示すのが私の仕事だった。
 この純白の羽でどこへだって行けたし、行った先々で神々からの啓示を伝えていく。
 けれども、ある場所で仕事をこなしていた時に見かけた青年に、私は恋をしてしまった。
 綺麗な青い瞳と珍しい漆黒の髪。ふわりと微笑むその顔に、私は役目を忘れて見惚れてしまう。
 そうして恋を患い、自慢だった純白の羽を捨てて人として⋯⋯彼のもとに行った。
 それなのに、彼にはすでに婚約者がおり、私の恋は呆気なく散る。こんな事なら恋などしなければ良かったと、何度も後悔して羽を捨てなければと泣き続けた。
 そんな私を憐れに思った神々が私に話しかける。
 ある試練を乗り越えれば天使に戻しましょう、と。
 私は藁にも縋る思いでそれを承諾した。
 試練は至ってシンプルなもので、人としての私の幸せと寿命で作られた偽翼。その羽を全て使って人々を幸せにする事。
 最初私は簡単だと思っていた。しかし人でありながら翼の生えた私は、人々から様々な目で見られそれ相当の扱いを受ける事となる。
 ある者は神々の使わせた天使として崇め敬い、またある者は化け物として私に石を投げつけ罵声を浴びせた。
 ある者は見世物にしようと下卑た笑いで機嫌を伺い、またある者はただ純粋に綺麗だと笑ってくれる。
 私はそんな扱いを受けながらも、長い長い旅をする。
 少しずつ偽翼の羽を使いながら、心優しき人々を一人でも多く“すくう”為に。

 貧しくも心豊かに過ごす敬虔な民達に、神々の祝福があらんことを祈りながら―――私は今日も偽翼の羽を1つ失っていく。
 誰かの為に自身の幸福と寿命を食べながら、長い贖罪の旅路を進む。
 まだまだ、全てを失くすには多すぎる偽翼を広げて、無垢な子供達に神々の優しさを説いて、それと同時に―――1人の愚かな天使の物語を語る。
 それは自身への戒めであり、この小さな天使達に同じ轍を踏まないようにとの教えでもあった。

 この場所での奉仕活動ももうすぐ終わる頃に、次はどこへ行こうかと考えながら⋯⋯今彼は幸せだろうかと、昔愛した彼の人に思いを馳せるのだった。

4/22/2025, 1:49:28 PM

 顔を上げれば瞳に映る。
 暗い顔した大人達。愚痴を垂れ流す人々に、ふとしたきっかけで不愉快そうに顔を歪める人。
 不平不満と不幸を嘆く様な暗い顔の人達を見ていた私。

 世界はそんなに嫌な事で溢れてるの?

 ちょっとした疑問からやってみようと思った。
 明日最低でも1つの“幸せ”を探す事。
 1日だけのお試し期間。出来そうなら延長するかもしれないけど、今はこのくらいが丁度いい。いつもと違う明日になる予感に、心を躍らせつつ今日は早めに眠りについた。

 ◇ ◇ ◇

 朝、カーテンを開けると太陽の光が入ってきた。雲が泳ぐ青空を見てから窓を開ける。
 心地の良い風が頬を撫でる感覚で、ようやく目が覚めた気がした。
 支度をしてリビングに行き両親に挨拶する。
 今日はご機嫌ね。なんてお母さんに言われたから『いつもならセットに時間がかかる髪がすんなりと整った』って言ったら笑われた。
 取り留めのない会話、だけどいつかはこんな下らない事で笑い合う事も出来なくなる日が来るんだと思ったら、少し切なくて愛おしいと思った。

 お母さんが朝食を出してくれる。今日は私の好きな和食の日で、玉子焼きと焼き鮭⋯⋯それにお味噌汁がお豆腐と油揚げだった。
 いただきます! と挨拶してから食べる。朝から幸せを5個見つけた。

 学校への道。忙しなく通り過ぎる人々。車に自転車とバイク。誰かの話し声とどこかの家の朝食の香り。
 通り道に咲いた花々に欠伸してる猫ちゃん。
 灰色のビルに切り取られた青空のキャンバスと、時々通る風に流される雲。
 楽しそうに笑い合う知らない子供達とワンちゃんとお散歩するおじいちゃん。
 通学路だけでも7個見つけた。

 学校では友人達との会話。いつものつまらない授業も、もしかしたら当たり前じゃないかもって思うと愛おしくなる。
 休み時間の取り留めのないやり取りも、教室で馬鹿騒ぎする人達も⋯⋯それを注意する委員長も。1つ違えば会えなかったり、こんな日を送れなかったかもしれないと思った。

 昼休みのお弁当にお母さんが好きな物を詰めてくれてたり、それを友人達とおかず交換して食べたり。
 デザートにって友人の作ったお菓子を食べて、美味しいねって言いながら食べた。
 恋バナして、好きな漫画とかドラマの話だとか、気になる映画があるとか。
 そんな何気ない会話をし続けて午後の授業も全部終わらせ、放課後にその友人達と遊びに行った。
 行ってみたかったカフェで、それぞれパフェやケーキを頼んで一口交換して食べる。凄く美味しくて、また一緒にいく約束をした。

 カフェ近くのゲーセンでプリクラ撮って変な落書きして、好きなキャラのぬいぐるみがあったからUFOキャッチャーに挑戦したけど取れなくてしょんぼりしてたら、たまたま居たクラスの男子が取ってくれて嬉しくてありがとうって何度もお礼を言ったら笑われた。
 それから男子達も混ざって少しゲーセンで遊んでからクレープ食べて、カラオケで歌い倒して暗くなる前に解散って話してたけど、少し遅くなったからそれぞれ同じ方面の男子が送ってくれた。

 帰り道、幸せオーラ全開だったのか一緒に歩いてる彼が聞いてくる。
『今日、いつもよりも楽しそうだったね。そんなにぬいぐるみ嬉しかったの?』
『ぬいぐるみも嬉しかったけど⋯⋯少し違うの。今日はね! 幸せ探しのお試し期間してたんだ』
 そう言った私に、幸せ探し? と不思議そうに呟いた彼。
『そう、今日1日で大きいのも小さいのも“幸せ”って感じる事を探してたの。そしたら案外、たくさんあって今ご機嫌なんだ!』
『そっか、そんなにたくさん見つけられるなら、俺もやってみようかな。幸せ探し』
 少し微笑みながらそう彼が言う。
『うん、是非やってみてほしい。それでもし良かったら見つけた幸せ教えてくれたら、嬉しいな』
『それなら2人で教え合う?』
 そう提案してくれた彼に、うん! って頷きながら答えると、いつの間にか家に着いていた。
 送ってくれた彼にありがとうと感謝をして別れ、家の中へ。
 明日の支度して夕飯食べてお風呂に入って、ベッドに横になりながら今日1日を振り返る。

 今日だけで31個の幸せ見つけた!
 探そうと思えばたくさんあるモノなんだなって思う。
 それと同時に、今私が送っている当たり前は当たり前じゃないって気付かせてもくれた。
 当たり前の毎日、取り留めのないやり取りや普段、気にもとめない会話も全部特別なんだって理解する。
 だから、幸せ探しはお試し期間を経て継続する事にした。
 彼との約束もあるし、明日はどんな幸せを見つけられるか楽しみになってくる。

 不幸を数える方が確かに簡単で楽なんだけど⋯⋯でも、幸せは探そうと思えばたくさん日常に隠れているんだと思った。
 世界は変わらずにまわっている。私達がどんな人生を送ろうとも、それは変わらない。
 けれど世界は⋯⋯私達の考え方次第で、こんなにも変えられるモノだから―――どうせなら大好きな世界にしてしまおうと、そう思える日だった。
 そうして私は目を瞑り眠りについた。

 おやすみ世界。また新たに始まる世界(あなた)に、とびきりのおはようを。

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