幼い頃から見ている夢がある。その夢は歳を重ねても変わらず定期的に見ていて、今も―――ゴポゴポという音を聞きながら、私は深い海に沈んでいく夢を見ていた。
暗く深い闇が広がる海の中で、天井も底も見えずにただゆっくりと沈んでいく体。
水中であるにも関わらず、不思議と苦しくはなかった。きっと夢だから水中でも呼吸が出来るのだろうと、光の届かない闇を眺めながら他人事のように考えていた。
何度目かの夢の中。沈んでいく私に話しかけてくる声が聞こえる。
声だけしか届かない、誰かも分からない人。それでも私は1人じゃない事に安堵した。
夢の中で沈みながらも会話を重ねて、互いを知っていく。話せば話すほどその人を知りたくなる。それが恋だと友人との会話で気付いた。
けれども⋯⋯恋した相手は夢の人。自覚した瞬間に私の初恋はあえなく散った。
友人達は何組の誰それが格好良いだの、サッカー部のあの人と付き合いたいだのと言っていつも騒いでいて、いつも楽しそうにしている。
そんな中で、私だけが話についていけなくて、こと恋バナに関してだけ良く聞き流していた。
「ねぇ、ミサは誰が好きなの?」
いきなり友人の1人に話を振られたが、私は首を横に振る。
「そういうのあんまり興味ないんだよね。漫画とかドラマなら見ることあるけど、自分がってなると想像つかなくて」
そういう私に、彼女達は「えーっもったいない!」と声を揃えて言う。
私の心(こい)は現実(ここ)にはないから、もったいないも何もないのだ。初めから生産性のない恋だった。ずっと同じ夢を見続けて、暗い海に1人沈んでいく。そんな中で現れた人。
私にとってそれは⋯⋯例え姿が見えなくても、闇に差し込んだ一縷の光だった。
だからこそ、どんなに勧められてもその人以外に興味が持てない。例えあの人が醜い容姿であっても関係なく、私は好きで居られる自信がある。
それくらい、話していて惹かれていた。もうずっと前から好きだったのに、最近になってようやく気付けた恋心。
現実(こちら)に居ると、早く眠りたいと思うようになった。
夢の中(あちら)に居ると、目覚めたくないと思ってしまう。
隔てられた境界にもどかしさを感じながら、今日も現実で1日を過ごしていく。
ゴポゴポと音を立てながら、少しずつ深く沈んでいく。最初は怖くて心細かった深海は、いつしか大好きで大切なモノになっていた。
だからどうか、叶うのならば愛しい夢の人(あなた)にアイにきてほしい。
暗くどこまでも深い深海の中で沈みながら、今日も私はあなたとの束の間の逢瀬に心を砕いた。
◇ ◇ ◇
忘れられない出来事があった。
私の領地に迷い込んだ幼子。
苦しそうに藻掻く姿があまりにも憐れで、助けてやったのを今も鮮明に覚えている。
その時、私の姿を見たはずなのに⋯⋯その子は「ありがとう!」と綺麗な顔で笑った。
気味悪く思われる事こそあれど、私に笑顔を向けてくれる者など初めてで⋯⋯その日からその子を思わぬ日はなかった。
それは無意識の行動、で知らぬ内に私は自身の領地にあの子を引き入れていたらしい。気づいた時にはもう戻せない場所まで沈んでいた。
幼かった彼女は大きくなり、美しい女性へと変貌していく。
私の声が届いた時にはもう、きっと沢山の人に好かれているのだろうと、思うほどに心も体も美しい人になっていた。
話せば話すほどに惹かれていく、焦がれていく。いけない事だと分かっていても止められず。しかし、このままでは私の醜い姿を見られてしまう。
嫌われてしまうだろうか。
畏怖の念を抱かれるだろうか。
そう思いながらも⋯⋯早くコイと。
もう逃がせない/逃がさないと思う私を、どうか受け入れて欲しいと思ってしまう。
暗く深い深海の底で、醜い体を丸めながら⋯⋯私は今日も声だけの逢瀬を―――彼女との一時を楽しむのだった。
4/25/2025, 1:23:12 PM