もし、大切な人を置いて遠くへと行かなければならないとしたら⋯⋯貴方はどうするだろうか?
何とかしてその事実を他者に押し付ける?
それともその人も一緒に連れて行く?
貴方が考えた全ての対策が、全部出来なかったとしたら⋯⋯貴方はその時どんな行動を取るのだろうか?
◇ ◇ ◇
灰色のカプセルの中に入っていく君を見つめ続けた。
きっと帰ってきてね。なんて言葉は、君を困らせるだけだからと呑み込んだ。
それでも引き留めようと伸ばしそうになる手を、強く握り耐え忍ぶ。
何とか笑顔を作って“いってらっしゃい”と言った僕は、うまく笑えていただろうか?
君はもう帰ってこれない。
誰もが思っている事。周りはまるで腫れ物のように僕を扱う。
でも、僕は―――どんな形でも良い、君が無事でいてくれればそれで良いから。帰ってこれなかったとしても、どうか少しでも長く健やかに生きていて欲しいと⋯⋯そう願わずには居られない。
“私の事は忘れていいよ”
あの日、笑顔でそう言った君はどんな気持ちだった?
でも、ごめん。
そう簡単に、君の事を忘れられそうにないんだ。
大切で大好きだから、行ってほしくなかった。出来れば僕も一緒にイキたかった。
でもそれは叶わない夢だから⋯⋯せめて君に届くように、祈りを捧げる。
遠く、遠く。帰り道のない旅へと出た君に。
この声が、想いが―――どうか届くよう⋯⋯願いを込めて。
早朝。朝露を纏う草花。
何時もの通学路にいつもとは違うモノひとつ。
間違い探しのような感覚で見つけて、その瞬間の―――花が開く様な視界の変化に驚愕した。
何かおかしな事が自分に起きたのだと理解は出来ても、それが何なのか分からずに⋯⋯学校の教室で登校してきた友人に相談する。
『それはズバリ恋だよ! やっと春が来たのか! おめでたいね!』
なんて喜ぶ友人に、私は話どころか面識すらない人にどうやって恋などするのかと、訝しく思いながら見つめていた。
端的に言うと、所謂一目惚れというモノらしいが⋯⋯どうにもピンと来なくて私は首を傾げている。
結局、その日は私の納得するような答えは得られず帰宅した。
それからというもの⋯⋯その人は毎日同じ時間に現れるようになった。
早朝の朝露を纏う草花眺めながら歩く通学路。
その中にその人が追加されていて、見かける度に不思議な感覚に陥る。
まだ、理解できないこの感覚も全部。やっと訪れた春のせいにして、私は今日もその人を視界に捉えながらいつもの道をゆっくりと歩いていく。
僕らは描き続けている
未来予想図 外れても
沢山の理想を詰め込んで
この瞬間 思い描くよ
僕らは描き続けている
未来予想図 叶っても
まだまだ夢は広がるから
この瞬間 進歩するよ
広がる夢と科学の進歩
あの日思い描いたモノは
今、ここにある?
あの日思い描いた
未来予想図 見返して
今あるものを答え合わせ
空飛ぶ車もタイムマシンも
まだ無いけれど⋯⋯
いつかは叶えてみせると
君と描いた未来予想図
今も浪漫(ゆめ)を描き続けている
夢で見たような気がするの。
この高く聳える塔の風景を。
光と風を連れて遊び疲れたように、明けていく朝をぼんやりと窓辺に凭れて眺めていた。
深い深い沈黙の中で、声をなくしたように静寂が世界を包み込む⋯⋯そんな朝。はりつめた太陽に手を伸ばす。
掴めずに揺れるこの手で何をすくいたかった?
遅すぎる懺悔をいっそ焼いてくれたなら、誰をすくえるの?
無意味な問いに答えるモノは居ないけど、この指をすり抜けなかったただ一つを確かめる。
規則正しい鼓動。伝わる熱と呼吸を聞いた。
いつかの空を夢見てる。
呼び戻したかったのは何だった?
月影に光がのまれる前に、私もソラへ飛び込んだらすくわれる?
焼き付いて痛む羽も、なくした声の行方も⋯⋯何一つ掴みきれなかったこの手すらも、ひとひらの想いと一緒にあの空へ落としたなら安らかな眠りにつけるの?
なんて、悪夢(ゆめ)から覚めてひとりきり。誰もいない世界の中で、今日も一人懺悔する。
約束され続ける朝の訪れと、罪過に苛まれる夜を繰り返す。
ずっとそうして生きるのだろう。
ずっとそうして、生きていくのだろう。
朝靄の中で一人佇む。
あの高い塔を見上げながら、冷たい太陽の光を受ける。
遠い昔はとても暖かくて、失明する程の光を放っていた。けれども今は―――光を失いつつある。
今日は何処へ行こうか?
掴みたかった未来は遠く⋯⋯遠くへと弧を描きながら飛んで行った。
だからこそ、今の私達は今日を生きるのに精一杯で、広い世界の中で迷子になっている。
どうしたら、遠すぎるあの未来を掴めるの?
すれ違った親子の会話に、思考を巡らせるけれど⋯⋯答えなんて出なくて、きっとこれが私達の運命なんだと、在り来りな答えに辿り着くばかり。
もっと私が賢ければ違う未来もあったのだろうか?
そんな事を思いながら、私は結局いつもの場所へと歩き出していた。
聳える灰色の塔と、冷たい太陽の光を反射する水面。生い茂る草木が風に揺れる音と、ふわりと香る苔の香り。
重たく透ける空には雲一つなく、いつかこの場所で囀っていた鳥達も今は遠く⋯⋯もう何年も姿を見ていなかった。
残された時を数えながら、私は今日もこの場所で水面を見つめる。
もう生物すら居なくなった水の中で、泳ぐ夢を何度も見続けては―――ぐっと堪えてを繰り返す。
残された時間が僅かなら、いっそ今⋯⋯私の時を止めてしまおうか。
そんな考えに浸りながら、私はまた、聳える灰色の塔を見上げる。
その奥に広がる青空と冷たい太陽が世界を照らす。
淡い光が反射して塔のガラスがキラキラと光る。
風に揺れる草木の音と苔の香りに身を委ねながら、揺れる水面に視線を戻して⋯⋯掴めたはずの未来を思う。
水面は静かに揺れながら淡い光を反射させて、私を今日も待っている。