紅月 琥珀

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4/8/2025, 2:17:08 PM

 深く深く沈んでいく。
 暗くて綺麗なソラの中。
 私は遠いあの日の約束を思い出す。

 風の強い日だった。
 花が咲き乱れる丘の上で、あなたと一緒に聞いたラジオが歌うメロディーを口ずさみながら⋯⋯いつかの夢を見る。
 あのソラの向こう側へ―――大人になったら旅に出ようと。
 同じ曜日にこの丘で。何も言わなくても2人、示し合わせたように会いに行った。
 きっとこれからも続くと思ってた。変わらない幸せな夢。それを見続けられるんだと疑う事すら知らない⋯⋯あの日の私は無垢な子供だったのだろう。

 いつの日か、彼は来なくなった。
 来る日も来る日も彼を待ち、花が枯れ冬が来ても、彼が訪れる事は無かった。
 それでも私の胸の中。2人の約束が燻るから、その灯りが消えないように―――必死に勉学に励み夢を掴んだ。
 そうして訪れた約束のソラ。私達の船が進む中で、彼の痕跡を見つける。
 やっぱり彼も約束を覚えていたんだ!
 私は嬉しくて早く彼に会いたくて、彼の痕跡を辿り必死に捜した。
 けれど、見つけた彼は―――彼等は息絶えていた。
 地上への激突で破壊された船の残骸と沢山の死体。
 衝撃とは思えない変な傷のある船の一部。血まみれの船内。
 何とか中を捜査して見つけた彼の日記と、そこに記された書き殴られた文字。

 この胸に燻ぶっていた約束の灯火は消え、私はもう⋯⋯カエル事はないでしょう。
 あなたと結んだ約束は、このソラで解けてしまったから。
 どうかあなたと共に“2人のソラ”で、新たに旅立つ事を―――許してください。

 深く深く沈んでいく。
 暗くて綺麗なソラの中。
 私は“あなた”と一緒に、今日もソラを漂って(たびして)いく。

4/8/2025, 1:51:29 AM

 咲いて、散って。
 生を謳歌する命はまるで花のようだと、遠い昔あの人が言っていた。
 その日の私は、彼の人の言葉の意味を理解できなかった。

 余年幾許もないこの身になってから、よく昔の事を思い出す。
 遠い昔、まだ私が幼い頃の事だとか。あの人と結婚した時の事だとか。
 子供がひとりだちした時の事を、思い出した時もあった。
 それらは未だ鮮明で、まるで昨日の事の様に思い出せた事に驚きを隠せなかった。
 そうして余生を思い出と共に過ごそうと、そう思って様々な事を思い出している内に⋯⋯あの人が言っていた言葉を思い出したのだ。

 生とは花のようだ、と。

 あの日の私にはよく分からなかったけれど⋯⋯今思えば確かにと納得のいく言葉だった。
 思い出や経験はまるで蕾の様に、ある日ふとした瞬間に花ひらくのだと、この歳になってようやく理解する。
 色とりどりの思い出や経験達。
 歳を重ねれば重ねるほどに美しく咲き誇り⋯⋯そして―――死の瞬間に散華していくのでしょう。

4/6/2025, 12:59:44 PM

 小さな希望と大きな不安を持って出た旅路だった。
 長年の夢が叶う嬉しさと、未開拓の宇宙(そら)へ踏み入る不安を胸に⋯⋯私達は飛び立つ。
 広大な宇宙の旅は母星で習った事なんて殆ど役に立たず、手探りの毎日で⋯⋯辛いこともあったけど、それでも皆で力を合わせて何とかやっている。

 沢山の惑星を見てきた。
 それこそ木星のような重力の強い惑星だとか、地球に似た環境の惑星等。宇宙船から無人機を飛ばして調べて、降りれそうな場所には降り立って直接調査したこともある。
 決して楽しいだけの旅路では無かった。けれど、苦しく辛いだけの道のりでも無い。
 不安は今もこの胸に燻ぶっているけど、それと同じくらい―――これからの旅路に期待もしていた。

 未開拓の銀河。数多の惑星。
 それらを私達の手で記録し、母星に送る。
 まるで地図を作るように、少しずつ⋯⋯でも正確に。どんな些細な事でも、記録していく。

 遠く⋯⋯遠く⋯⋯遥かな宇宙(そら)で、未開の銀河の地図を作る。
 幼い頃の夢の欠片と、現在遂行している大切な仕事。
 楽しいばかりでは無くても、充実した日々に⋯⋯今日も感謝しながら眠りにつくのだった。


4/5/2025, 4:39:38 PM

 好きだと言った 貴方の瞳
 宝石みたいにキラキラしてる
 ティールブルーのトルマリンみたい

 好きだと言った 貴方の瞳
 宝石みたいにキラキラしてた
 光を透過するエメラルドみたい

 好きだよと言いながら
 手を伸ばす その瞳に
 傷付けないように くるり
 取り出したモノ 手のひらに

 暖かで不思議な感触と赤色
 しつこい赤を落として
 ホルマリンで満たしたビンに詰めた

 好き、好き、大好き⋯⋯
 大切な人達の持っていた
 キラキラと輝く宝石達
 なくならないように
 なくさないように
 お気に入りのビンを抱き締めて
 今日もまた“好き”を捜していく


4/4/2025, 11:07:40 AM

 暖かな風がそよぐ季節を迎え、私は今日…新たな旅立ちを祝福する。

『木漏れ日の日々に』

 春先の暖かな風に揺られて、ざわざわと音を立てる梢に耳を澄ます。
 先程まで騒がしかった校舎も今は静まり、私はここであなた達が来るのをずっと待っている。その間に脳裏を掠めるのは、共に過ごした記憶だった。
 月日が過ぎ去るのは早く、瞳を閉じれば鮮明に浮かぶ日々も、今は思い出となり……私はそれを追懐する。
 たくさんの経験をした行事。皆で騒いだ休み時間。
 放課後には仲間達と部活に勤しみ、様々な思いを共有した。
 そんな彩り鮮やかな日常も、今は思い出となって私の中をめぐっている。
 一つ一つ思い返しながら今日という日を思う。そうしている内に、先程まで静まっていた校舎が最後の賑わいに包まれていく。
 そこに響く声はもう会うことのない別れを歌う様で……この胸を締め付ける。
 あの日の面影を残しながらも成長したあなた達。
 泣いている子も、遠くで友人と談笑している子も、皆昔よりもずっと大人びて見え、この場所で共に成長してきた事を教えてくれる。
「ねぇ、記念写真撮ろうよ!」
 そう言って私も一緒に写してくれた少女が「上手く撮れた」と、嬉しそうに笑う。
 それを見た友人達も笑顔で答え、その光景を見ていた私も笑った。
 その後、他愛のない話で盛り上がりを見せる彼女達。普段通りにふざけ合う姿を私は微笑みながら見つめていた。
「これで最後かぁ……」
 ひとしきり騒いだ後、一人の少女が寂しそうに呟く。その言葉に彼女達の顔が曇り、何だか私も寂しくなる。
「確かに……ここで皆と過ごすのは最後だけど、永遠の別れって訳じゃないでしょ?」
 しんみりとした空気の中、ふと顔を上げ少女が言う。皆を元気付けるように明るく振る舞っているのが見て取れたが、ソレに続くように髪の長い少女も口を開く。
「そうだよ! 会おうと思えばいつだって会えるじゃない。たとえ遠く離れたって、連絡取り合って会いに行けばいいんだから。それにさ……―――――」
 そこで一度言葉を区切り、一呼吸置いた彼女は私を見上げながら言う。
「今年も桜が祝福してくれてるよ。凄く綺麗に咲いて……私達を送り出してくれてるんだから、最後に涙で終わったらこの子だって寂しくなっちゃうでしょ?」
 ふわりとした笑顔で言う彼女に「そっか……そうだよね!」と、少女は精一杯の笑顔で答える。
 それを見ていた友人達も微笑みながらそっと寄り添い、刹那の時を過ごしていく。
 ここで過ごした懐かしい記憶や、私の知らない彼女達の思いでまで、沢山のことを話していた。
 そうして彼女達と過ごしている間に、少しずつ人が減っていくのがわかった。もうすぐ終わりを迎えるであろうこの時間を、私は噛み締めるように過ごす。
 そんな私を元気付けるように、一際強い風が吹く。
 少女達は髪を軽くおさえながら、風が収まるのを待っている。
 少しして風が凪ぐと、少女達は軽く髪を整えて私を見ながら呟いた。
「今年も綺麗に咲いてくれてありがとう」
 今日一番の綺麗な笑顔に、私は『元気でね』と返す。
 決して届かない言葉ではあるけれど……それでも私はこの気持ちを届けたくて必死に伝える。
 今の私に出来る最高の笑顔で、あなた達のこれからが素敵なモノである事を祈った。
「……今、桜が笑った気がする」
 大人しそうな少女がそう言って私に触れた。
 暖かな手のひらと少女の鼓動が幹を伝い、私に届く。その熱を感じた瞬間――――愛おしさが溢れ出す。
 それと同時に少しの切なさが胸を締め付け……私は花びらを散らした。

✶ ✶ ✶

 冬を越えて春を謳う。
 季節が巡り、別れの日が訪れた。
 たくさんの祝福と、少しの切なさを含んだ詩は……また新しい出会いを引き寄せ巡る。

 この花が緑に変わる頃、新しい思い出と共にあなた達を思うでしょう。
 別れるその日まで、たくさんの記憶をくれたあなた達へ……私に出来る最高の祝福を送るから――――。
 どうか、思い出したなら会いに来て欲しいと、しじまに沈んだ校舎を眺めながら……聞こえぬ声で涙を流した。

木漏れ日の日々に 了

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