暖かな風がそよぐ季節を迎え、私は今日…新たな旅立ちを祝福する。
『木漏れ日の日々に』
春先の暖かな風に揺られて、ざわざわと音を立てる梢に耳を澄ます。
先程まで騒がしかった校舎も今は静まり、私はここであなた達が来るのをずっと待っている。その間に脳裏を掠めるのは、共に過ごした記憶だった。
月日が過ぎ去るのは早く、瞳を閉じれば鮮明に浮かぶ日々も、今は思い出となり……私はそれを追懐する。
たくさんの経験をした行事。皆で騒いだ休み時間。
放課後には仲間達と部活に勤しみ、様々な思いを共有した。
そんな彩り鮮やかな日常も、今は思い出となって私の中をめぐっている。
一つ一つ思い返しながら今日という日を思う。そうしている内に、先程まで静まっていた校舎が最後の賑わいに包まれていく。
そこに響く声はもう会うことのない別れを歌う様で……この胸を締め付ける。
あの日の面影を残しながらも成長したあなた達。
泣いている子も、遠くで友人と談笑している子も、皆昔よりもずっと大人びて見え、この場所で共に成長してきた事を教えてくれる。
「ねぇ、記念写真撮ろうよ!」
そう言って私も一緒に写してくれた少女が「上手く撮れた」と、嬉しそうに笑う。
それを見た友人達も笑顔で答え、その光景を見ていた私も笑った。
その後、他愛のない話で盛り上がりを見せる彼女達。普段通りにふざけ合う姿を私は微笑みながら見つめていた。
「これで最後かぁ……」
ひとしきり騒いだ後、一人の少女が寂しそうに呟く。その言葉に彼女達の顔が曇り、何だか私も寂しくなる。
「確かに……ここで皆と過ごすのは最後だけど、永遠の別れって訳じゃないでしょ?」
しんみりとした空気の中、ふと顔を上げ少女が言う。皆を元気付けるように明るく振る舞っているのが見て取れたが、ソレに続くように髪の長い少女も口を開く。
「そうだよ! 会おうと思えばいつだって会えるじゃない。たとえ遠く離れたって、連絡取り合って会いに行けばいいんだから。それにさ……―――――」
そこで一度言葉を区切り、一呼吸置いた彼女は私を見上げながら言う。
「今年も桜が祝福してくれてるよ。凄く綺麗に咲いて……私達を送り出してくれてるんだから、最後に涙で終わったらこの子だって寂しくなっちゃうでしょ?」
ふわりとした笑顔で言う彼女に「そっか……そうだよね!」と、少女は精一杯の笑顔で答える。
それを見ていた友人達も微笑みながらそっと寄り添い、刹那の時を過ごしていく。
ここで過ごした懐かしい記憶や、私の知らない彼女達の思いでまで、沢山のことを話していた。
そうして彼女達と過ごしている間に、少しずつ人が減っていくのがわかった。もうすぐ終わりを迎えるであろうこの時間を、私は噛み締めるように過ごす。
そんな私を元気付けるように、一際強い風が吹く。
少女達は髪を軽くおさえながら、風が収まるのを待っている。
少しして風が凪ぐと、少女達は軽く髪を整えて私を見ながら呟いた。
「今年も綺麗に咲いてくれてありがとう」
今日一番の綺麗な笑顔に、私は『元気でね』と返す。
決して届かない言葉ではあるけれど……それでも私はこの気持ちを届けたくて必死に伝える。
今の私に出来る最高の笑顔で、あなた達のこれからが素敵なモノである事を祈った。
「……今、桜が笑った気がする」
大人しそうな少女がそう言って私に触れた。
暖かな手のひらと少女の鼓動が幹を伝い、私に届く。その熱を感じた瞬間――――愛おしさが溢れ出す。
それと同時に少しの切なさが胸を締め付け……私は花びらを散らした。
✶ ✶ ✶
冬を越えて春を謳う。
季節が巡り、別れの日が訪れた。
たくさんの祝福と、少しの切なさを含んだ詩は……また新しい出会いを引き寄せ巡る。
この花が緑に変わる頃、新しい思い出と共にあなた達を思うでしょう。
別れるその日まで、たくさんの記憶をくれたあなた達へ……私に出来る最高の祝福を送るから――――。
どうか、思い出したなら会いに来て欲しいと、しじまに沈んだ校舎を眺めながら……聞こえぬ声で涙を流した。
木漏れ日の日々に 了
4/4/2025, 11:07:40 AM