紅月 琥珀

Open App
2/28/2025, 1:09:47 PM

 それは幸せな日々の記憶。
 優しく撫でる手。目を細めて笑った顔に、あたたかくてゆったりとした声。
 僕にとってあの日々は、今でも鮮明に思い出せる程幸せなものだった。

 あの人に出会ったのは、冷たい雨が急に降ってきた日で、ずぶ濡れになりながら近くで雨宿りしていた時―――震える僕に優しく声をかけて、ふわふわのタオルで包んで温めてくれた。
 それからその人はよく、その近辺に来てくれるようになり、僕も会えたら挨拶を交わす程度には仲良くなっていたと思う。

 それから長い月日をその様に過ごしていく間に、その人は僕をお家に招いてくれ、そこで沢山のものを受け取った。
 それは愛情であったり、小さなおもちゃであったりと多種多様で、でも僕にとってはとても新鮮なもの。

 あの日から幾年月が経っただろうか?
 突然倒れたあの人をずっと待ち続けたけど、結局戻ってくることは無かった。
 それでも待ち続けていたある日―――その子はやってきた。
 何かを探す素振りをして、私と目が合うと駆けてきて話しかけてきたのだ。

『こんにちは、はじめまして。ここに住んでいたおばあちゃんは覚えてる? 私はその人の孫なの。おばあちゃんに頼まれて、あなたを私の家にお迎えしたいの。良いかな?』
 僕に目線を合わせて、ゆっくりと瞬きしながらそう言った彼女に⋯⋯私はなぁおと返事をするとその手に頬を擦り付ける。
 懐かしいような違うような⋯⋯そんな匂いがして少し切なくなったけど、僕は大人しくその人についていった。

 あれから更に歳を重ねて⋯⋯僕ももう立派なおじいちゃんになった。
 あの人の面影のある彼女は、撫で方が違えども話し方と声の感じが似ていて、とても安心する。
 あの幸せだった日々は終わってしまったけど、始まったのは不幸ではなく新しい幸福の日々だった。

 あぁ、はじめこそ酷いものだったけど⋯⋯案外良い猫生であった。
 僕は幸せな思い出と、今も続く幸福を噛み締めながら―――段々と遠くなる意識の中で、なぁおと感謝を伝えて微睡みの淵へと落ちていった。

2/27/2025, 1:43:35 PM

 空はラムネ、綿菓子雲にカルメ焼きの太陽。
 海はサイダーで土はチョコクランチ、抹茶味の茎と色別に味の異なる花の植物クッキー。
 水はその土地によって、味の異なるフレーバーウォーター。
 私の目に映るのは―――とっても可愛いお菓子の世界!

 小さい頃に見ていた世界は色褪せていて、全然可愛くないものだった。でも、ある不幸続きの1日に、盛大に階段から落っこちて気絶し⋯⋯目が覚めたらお菓子の世界が広がっていた!
 なんとも不可思議で、可愛い世界に興奮した私はお母さんにその事を話すも、何故か脳外科に連れていかれ⋯⋯検査の結果は異常なし。

 私の日常は一変し、両親と友人はとても心配そうにしていた。
 それでもお菓子が大好きな私は、毎日様々なお菓子に囲まれて、とても幸せに過ごしている。

 見上げた空から天気飴。手のひらで受け止めた飴を一口食べれば、広がる控えめな甘さに夢心地。
 それを見て怪訝そうな顔で通り過ぎる人々を横目に、私は今日も⋯⋯この素敵な世界で生を謳歌していく!

2/26/2025, 1:53:25 PM

 30XX年3月7日
 最後の力を振り絞って、この音声記録を残している。
 現在私は深淵の中におり、その調査の為に未だ人類が到達した事のない奥地まで足を踏み入れた。
 そこには深く暗い森が広がっており、今まで出会ったことのない新種の深淵生物を発見。
 捕獲を試みるも不思議な力でねじ伏せられ我々の方が捕食されてしまった。

 私は何とか逃げ出し奴らに見つからないように、息を潜めているが、傷が深く血が止まらずに動くのもままならない状況だ。
 だからこれからこの場所へと立ち入るであろう誰かのために、先程遭遇した新種の深淵生物について分かっている事を、私の時間が許す限りで音声記録に残しておく。

 新種は恐らく犬型の派生。狐に良く似た形状をしているが、頭部以外に背中と尻尾部分にも顔があり、それは推定5メートル程であれば伸ばすことが出来、我々調査隊の何人かはその伸びてきた顔に食いちぎられた。

 次に奴が吠えると不可視の攻撃が来る事。
 顔が3つあると前述したが、これらの吠え方には3パターンあり、1つは頭部のみが吠えるもの。
 この場合は前方に強い衝撃波がくる。
 2つ目は恐らく背中と頭部が同時に吠えるもの。
 この場合はかなり距離の離れた味方が一瞬で細切りにされた。
 3つ目は全ての顔が同時に吠えるもの。
 これが1番厄介で、見えない何かに体を貫かれた。
 私も最後の攻撃で、ここまで追い込まれた。
 全て一瞬で、何が起きたのかすら理解できなかったが、もしも、これを見つけて、この記録を聞いた後続の調査員が居るのならどうか気をつけて欲しい。
 そして、少しでも私の記録が人類の役に立つことを願っている。

 クソっもう来たのか⋯⋯何とかこれを⋯⋯――――――。

 ◇ ◇ ◇

 そこは酷く獣臭くもあり、血生臭い場所だった。
 妙に落ち葉の溜まった変な地面に、最初は罠を疑ったが⋯⋯あの獣達にそんな知能が備わっているとは思えず、掘り返してみることにした。
 そうして見つけたのは、ある先遣調査隊の最後の記録。
 死を覚悟し、後を託す為に紡いだ声の記録だった。
 私はそのボイスレコーダーをコートのポケットに仕舞い、遠くに聞こえる獣の咆哮に耳を傾ける。

 君の意思は私が引き継ごう。どうか今一度、私と共に戦ってくれ。
 そう心の中で、見ず知らずのその人に語りかけてから―――私は聞こえた咆哮を頼りに駆け出していく。
 両手に武器を⋯⋯この心臓に神炎を宿し、私は咆哮を上げた獣へと突撃する。
 頭部が上を向く動作と同時にサイドに避けながら一気に距離を詰めた。
 もう一度吠えようとしたのを見計らい、私は左手のショットガンを奴の胴体に放つ。
 怯むような声を上げ、獣がノックバックする。その隙に更に距離を詰めて心臓の位置を確認し、右手に握った神炎の槍で―――その獣の心臓へ投擲して貫いた。

2/25/2025, 1:41:56 PM

 これは、終章(エピローグ)から始まる物語だ。

 ただの村人として家族と日常を過ごしていたある日、国の王様に勇者選定を受けさせられ、見事に選定され、勇者として世界中を旅していく。

 その道中で出会った仲間達と共に修行しながら各地をまわり、困っている人々を助けながら魔王の城を目指していた。
 時には仲間が倒れる事もあったし、自身が敵の攻撃に倒れる事もあった。それでも、僕達は旅を止めることも出来ず⋯⋯ひたすらに人々を助けながらも旅を続けて、ようやく辿り着いた魔王の城。その最上階で苦戦を強いられるも何とか倒して、世界平和を成し遂げ自国に帰る。

 道中で出会った仲間達と、別れながらようやく終わった辛く長い旅。
 国に帰れば賞賛され魔王討伐達成を祝したパーティーが開かれた。それも終えて久しぶりに帰った我が家で安堵しながら眠る。
 そうして目覚めれば、いつも通りの日常に戻っていた。

 それなのに―――その数日後、また王様から選定の為の招集が掛かったのだ。
 魔王はもう居ないはずなのに、僕達が倒したはずなのに。もう一度勇者として選定され、また長い旅路につき⋯⋯見知った顔の仲間達と共に旅に出る。
 しかも、再開した彼等は僕を知らないと言う。
 何がなんだかわからないまま、また僕は魔王城で魔王を倒し国へと帰還する。全てを終えて眠りに就くと、またいつも通りの日常に戻り⋯⋯また勇者選定に呼ばれるのを繰り返している。

 だからこれは、終章(エピローグ)から始まる物語。
 永遠に終わらない魔王討伐の旅路。擦り切れていく僕の精神とは裏腹に上がっていく戦闘能力。もう、見慣れた顔に飽き飽きしながら⋯⋯完全に僕が壊れるまで、この物語は続いていくのだろう。

2/24/2025, 2:37:55 PM

 はじめてその人を見た時―――僕は時が止まる様な錯覚を覚えた。
 次いでその美しさに目を奪われ⋯⋯ここが戦場である事を忘れさせる。その戦い方はまるで踊るように優雅で、けれども確実に相手を屠る一撃をあたえていく。
 それが、僕と立浪 雨凪(たつなみ あまな)との出会いだった。

 僕達の住む世界にはある言い伝えがある。
 1000年前に世界を混沌へと貶めようとした悪い神様を、御使い様と六花の魔女が封印したと言う昔話。
 小さい頃に誰もが寝物語に語られた有名なものだった。
 誰かが作った迷信だと誰もが思っていたし、それを疑いもしなかった。それなのに、その1000年前の邪神は今⋯⋯一部の馬鹿の悪ふざけによって目覚めようとしている。それを食い止めるための戦いに、今僕達は身を投じでいた。

 一進一退の攻防ではあったが、後から止め処なく沸いてくる魔物達に僕らは少しずつおされ始めていた。彼等は昼夜問わず進行してくるため、僕達人類の兵士達は休む間もなく、日に日に疲弊していくばかりだ。
 中には気が触れてしまう者も少なくは無かった。
 そんな中である噂が広がったのだ。それは東方に生まれた魔女様の噂。

 曰く、その魔女は戦線に降り立つと舞うように戦い、魔物達を次々と屠っていくと言う。
 その姿はさながら蝶のようだと言われていた。
 その人が今、僕達のピンチに駆け付け⋯⋯噂通りの美しさで戦場を舞っている。

 その剣閃には雷鳴が轟き、その一突きは焔の咆哮。彼女がひらりと躱す度、舞い散る氷晶は敵を氷漬けにしていく。
 そのどれもが美しく、また魔物達にとっては何れ程恐ろしいものなのか、計り知れないものだった。

 漆黒の黒髪を靡かせて魔物達をどんどん倒していくその姿は、僕には蝶ではなく女神の様に映っていた。
 血湧き肉躍る凄惨な戦場に舞い踊る一輪の花。その花は凛々しくも儚げで⋯⋯しかし、その小さな体で人類(ぼくたち)の未来を背負い―――今日も戦場に舞うのだった。

Next