紅月 琥珀

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 30XX年3月7日
 最後の力を振り絞って、この音声記録を残している。
 現在私は深淵の中におり、その調査の為に未だ人類が到達した事のない奥地まで足を踏み入れた。
 そこには深く暗い森が広がっており、今まで出会ったことのない新種の深淵生物を発見。
 捕獲を試みるも不思議な力でねじ伏せられ我々の方が捕食されてしまった。

 私は何とか逃げ出し奴らに見つからないように、息を潜めているが、傷が深く血が止まらずに動くのもままならない状況だ。
 だからこれからこの場所へと立ち入るであろう誰かのために、先程遭遇した新種の深淵生物について分かっている事を、私の時間が許す限りで音声記録に残しておく。

 新種は恐らく犬型の派生。狐に良く似た形状をしているが、頭部以外に背中と尻尾部分にも顔があり、それは推定5メートル程であれば伸ばすことが出来、我々調査隊の何人かはその伸びてきた顔に食いちぎられた。

 次に奴が吠えると不可視の攻撃が来る事。
 顔が3つあると前述したが、これらの吠え方には3パターンあり、1つは頭部のみが吠えるもの。
 この場合は前方に強い衝撃波がくる。
 2つ目は恐らく背中と頭部が同時に吠えるもの。
 この場合はかなり距離の離れた味方が一瞬で細切りにされた。
 3つ目は全ての顔が同時に吠えるもの。
 これが1番厄介で、見えない何かに体を貫かれた。
 私も最後の攻撃で、ここまで追い込まれた。
 全て一瞬で、何が起きたのかすら理解できなかったが、もしも、これを見つけて、この記録を聞いた後続の調査員が居るのならどうか気をつけて欲しい。
 そして、少しでも私の記録が人類の役に立つことを願っている。

 クソっもう来たのか⋯⋯何とかこれを⋯⋯――――――。

 ◇ ◇ ◇

 そこは酷く獣臭くもあり、血生臭い場所だった。
 妙に落ち葉の溜まった変な地面に、最初は罠を疑ったが⋯⋯あの獣達にそんな知能が備わっているとは思えず、掘り返してみることにした。
 そうして見つけたのは、ある先遣調査隊の最後の記録。
 死を覚悟し、後を託す為に紡いだ声の記録だった。
 私はそのボイスレコーダーをコートのポケットに仕舞い、遠くに聞こえる獣の咆哮に耳を傾ける。

 君の意思は私が引き継ごう。どうか今一度、私と共に戦ってくれ。
 そう心の中で、見ず知らずのその人に語りかけてから―――私は聞こえた咆哮を頼りに駆け出していく。
 両手に武器を⋯⋯この心臓に神炎を宿し、私は咆哮を上げた獣へと突撃する。
 頭部が上を向く動作と同時にサイドに避けながら一気に距離を詰めた。
 もう一度吠えようとしたのを見計らい、私は左手のショットガンを奴の胴体に放つ。
 怯むような声を上げ、獣がノックバックする。その隙に更に距離を詰めて心臓の位置を確認し、右手に握った神炎の槍で―――その獣の心臓へ投擲して貫いた。

2/26/2025, 1:53:25 PM