それは幸せな日々の記憶。
優しく撫でる手。目を細めて笑った顔に、あたたかくてゆったりとした声。
僕にとってあの日々は、今でも鮮明に思い出せる程幸せなものだった。
あの人に出会ったのは、冷たい雨が急に降ってきた日で、ずぶ濡れになりながら近くで雨宿りしていた時―――震える僕に優しく声をかけて、ふわふわのタオルで包んで温めてくれた。
それからその人はよく、その近辺に来てくれるようになり、僕も会えたら挨拶を交わす程度には仲良くなっていたと思う。
それから長い月日をその様に過ごしていく間に、その人は僕をお家に招いてくれ、そこで沢山のものを受け取った。
それは愛情であったり、小さなおもちゃであったりと多種多様で、でも僕にとってはとても新鮮なもの。
あの日から幾年月が経っただろうか?
突然倒れたあの人をずっと待ち続けたけど、結局戻ってくることは無かった。
それでも待ち続けていたある日―――その子はやってきた。
何かを探す素振りをして、私と目が合うと駆けてきて話しかけてきたのだ。
『こんにちは、はじめまして。ここに住んでいたおばあちゃんは覚えてる? 私はその人の孫なの。おばあちゃんに頼まれて、あなたを私の家にお迎えしたいの。良いかな?』
僕に目線を合わせて、ゆっくりと瞬きしながらそう言った彼女に⋯⋯私はなぁおと返事をするとその手に頬を擦り付ける。
懐かしいような違うような⋯⋯そんな匂いがして少し切なくなったけど、僕は大人しくその人についていった。
あれから更に歳を重ねて⋯⋯僕ももう立派なおじいちゃんになった。
あの人の面影のある彼女は、撫で方が違えども話し方と声の感じが似ていて、とても安心する。
あの幸せだった日々は終わってしまったけど、始まったのは不幸ではなく新しい幸福の日々だった。
あぁ、はじめこそ酷いものだったけど⋯⋯案外良い猫生であった。
僕は幸せな思い出と、今も続く幸福を噛み締めながら―――段々と遠くなる意識の中で、なぁおと感謝を伝えて微睡みの淵へと落ちていった。
2/28/2025, 1:09:47 PM