【今年の抱負】
「あれ、おっかしいな……」
洗面台から、君の困惑した声が聞こえてくる。
バタバタと慌ただしく足音を立てるかと思うと、僕の方に向かって、腕を掴んできた。
「ど、どうしたんだい?」
「……俺、この前よりも太ったんだよ」
至って真剣な顔で見つめてくる。そんなに太っているようには見えないが……
「まぁ、少しくらいは体重が増えても良いんじゃないか?そんな変わってるようにも見えないし」
チッチッチ、と君は人差し指を立て、左右に揺らす。
「いやいや、それは違う。クールな男っていうのは、常に体を引き締めないといけないんだ」
……クール?と一瞬疑問に思ったが、口には出さない事にした。
「……そうだな。今年の抱負って事で、俺は今年が終わるまでにムキムキになってやるぜ」
「今年の抱負?」
「あぁ。今年の目標って事にしときゃ、やる気が出るだろ」
今年の抱負か……そういえば考えてなかったな。
まぁ、あるとすればアレだな。
「なるほどね。じゃあ僕も目標を決めて、君と一緒に頑張ろうかな」
「良いな!で、お前は今年の抱負、何するんだ?」
「料理だね。君の胃袋を掴めるくらいには上達したいかな」
「それじゃ俺が太るだろ!」
いやいや、邪魔はしないよ、と言ったが、内心ぽっちゃりした君を見てみたい……という思いがある。
それを悟られないために、僕は笑って誤魔化した。
「まぁまぁ、お互いに頑張ろうよ。僕だって筋肉をつける料理、作ってあげる事もできるしさ」
君は一瞬悩んだ様子を見せるも、すぐに笑顔を見せた。
「ま、そうだな!一緒に頑張ろうぜ!」
君を言いくるめる事に成功した僕は、一緒に頑張ろうと言いつつ、どうやって君を僕の料理の虜にできるか、しめしめと考えていた。
【新年】
「はぁ〜、新年ってちょっとスッキリするよな」
こたつに頭以外の全身を入れ、寝そべりながら君は脱力していた。
僕たちは暖房が効いた部屋で一日中ゴロゴロしている。新年早々神社に行くわけでもなく、かといって家の大掃除をするわけでもなく、ずっと。
僕はダラダラしている君を見て、みかんを食べるのに夢中だった口を、喋る方に使う事にした。
「僕もそんな感じがする。なにか気持ちがリセットされるみたいな、そんな気分になるよ」
「だよな〜」
会話が終わると同時に、君はこたつの中に顔をすっぽり埋めた。熱くないのかそれ……
そんな事を思いつつ、僕は番組を変えようとリモコンを手に取る。
……しかし、あまり自分の興味がある番組が見つからなかった。
「ま、新年ってそんな感じだよな……」
そんな事を呟いた。
その瞬間、僕は体を力強く掴まれる。
「うわっ?!」
こたつの方に体を半分引きずり込まれたところで、少し君の顔がこたつから出ている事に気づいた。
「驚いたじゃないか……一体何をしているんだい?」
「はは、こたつから顔出したら、お前のつまんなそーな顔が見えたもんで」
「……次からはもっと優しくしてくれよ」
「はーい」
そう君に注意をし、僕は君と同じように、こたつに体半分を入れて寝転がった。
「……僕、ここで寝れるかも」
「おい寝るなよ!まだ昼にもなってないからな!」
君は笑いながら僕を眺める。
「……」
少し眠くなってきた僕も君と向かい合うように寝転がり、君を見つめる事にした。
「な、なんだよ。そんなに俺の事見て」
そんなに俺、カッコよかったか?と自画自賛をしている。
……そういえば、君は照れた時、少しナルシストっぽくなる癖があったよな。
そう思うと可愛い。
「あのさ」
僕は口を開く。こんな真正面で伝えるのは初めてかな。
「……なんだ?」
「改めて、新年明けましておめでとう。……そして、今年もよろしくね」
君は、なんだそういうことかよ、と苦笑を浮かべると、そのまま君も、真正面で僕に伝えた。
「こちらこそ。今年だけじゃなくて、これからもずっと、よろしくな」
【良いお年を】
「蕎麦、あと五杯頼む!」
いつのまにか、机には和を感じる赤いお椀が山のように積み重なっていた。
「だ、大丈夫かい?もう九十五杯ぐらい食べているじゃないか……」
どうやらこの人は年越し蕎麦と題して、たくさんの蕎麦を一気に食べるつもりのようだ。
「俺は年を越すまでに、年越し蕎麦を百杯食べるって決めてんだ……!」
君は心底苦しそうに度々呻き声を上げながら、箸を進めていた。
「これじゃ年越し蕎麦じゃなくて、わんこ蕎麦だろう……」
そう呆れながら、僕は最後の五杯を君の前に置く。
それを見て一瞬箸が止まっていたが、一気に蕎麦にがっつき始めていた。
「無理はしないでくれよ……」
嗚咽混じりに食べる君を見て、少し心配になってきた。
君は一杯、二杯と食べ進めていたが、三杯目で箸が止まった。
「ヤバい、気持ち悪くなってきた……」
「そりゃ、そんなに食べたらそうなるだろう……君は休憩した方が良い。後は僕が片付けるから……」
「いや、まだ俺は諦めない……!」
僕のお椀を片付ける手を制し、真剣な顔で僕を止めた。
……その真剣な顔が、決意から来たものなのか、はたまた満腹の苦しさから来たものなのかは分からないが。
「年越し蕎麦を百杯食べるのが、前から夢だったんだ……!簡単には止めないぞ」
「前からって……いつからだい?」
「……二週間前」
「最近じゃないか」
そうだと思った、とため息をつく。
そんな僕をよそに、その会話で気合いが回復したのだろうか、君はまた蕎麦を食べ始めた。
三杯、四杯と食べ進み、最後の五杯目まで辿りつく事ができた。
「年越しまであと一分ぐらいだ。食べれるかい?」
「いけるぞ……よしっ!あと一杯、いくぞ!」
喝を入れたと思うと、残り一杯を飲み込むように、喉に流し込んでいた。
「……よし、百杯いけたぞ……!」
「凄いな……本当に百杯食べれたじゃないか」
「吐きそう……」
椅子にもたれかかって項垂れている君のお腹をゆっくりさすり、時計を見ながら新年が訪れるのを待つ。
そしてその時が、来た。
「3、2、1……ハッピーニューイヤー!」
「ハッピー、ニューイヤー……」
僕は元気よく新年の決まり事を言ったが、お腹が大きくなっている隣の人は、眉間に皺を寄せながら弱々しく呟いていた。
「最後に良い挑戦できたじゃないか。きっと今年は良い年になると思うよ」
「そう、だな……」
そう言いながら君は、君のお腹をさすっている僕の手に触れる。
「俺のこと支えてくれて、ありがとうな……今年も良い年……ちょっとまて」
突然君は口に手を当て、バタバタとトイレの方に駆け込んで行った。
「あ、ちょっと……大丈夫かい?!」
僕の新年の始まりは、嘔吐の音と共に始まったのだった。
【みかん&一年間を振り返る】
「今年も早かったよな」
こたつでじんわり温まり、テレビを見て談笑している時に、ふと君はそんな事を言った。
今年は特にこれといった大きな事をしていないからなのか、確かに早かった気がする。
「そうだね。もう新しい年が来るなんて……少し寂しいな」
みかんの周りについている白い皮を剥がしながら、僕は呟いた。
寂しい、と言ったのは本当だ。
君との時間が、どんどん失われるような気がして。
だいたい僕は人間とか、そういう寿命の短い生物じゃない。
けど君はそうだ。
それは仕方のない事……と割り切ってはいるつもりだったが。
「ま、来年は早く感じないような、デッカいなんかが起こるといいけどな」
「……そうだね」
ある程度みかんの皮を剥き終わると、僕はみかんを一房手に取り、口にした。
……このみかん、酸っぱいなぁ。
「お、綺麗に剥けてんじゃん。一つくれよ」
「いいけど……それあんまり甘くないよ」
と、言い終わる前に、君は食べてしまった。
「あー、確かにハズレだなこれ!」
お前、運悪いな!と腹を抱えて笑われた。
その様子に、僕もつられて表情を崩してしまう。
あぁ、これがいつまでも続ければいいのに。
「……君はこれからも、一緒にいてくれるかい?」
ふと、口から溢れた。
突然の言葉に、君の、鳩が豆鉄砲を食らったような顔が見えた。
「なんだよ急に」
「いや……ちょっと、聞きたくてね」
自分でも下手な嘘をついたな、と思う。
どうせ君が、僕よりも先に旅立つ事は分かっている。
けど知りたかった。君がどう答えてくれるのか。
「当たり前だろ?俺はずっとお前の側にいる。お前が鬱陶しくなるくらいにはな」
ニッと口角を上げ、元気を持った声で言う。
「……そうか。ありがとう」
……やっぱり、先の事を考えるなんて、杞憂だったかな。
この笑顔を見ると、そう思えてきた気がする。
今は、この時間を楽しもう。
僕は内心笑みを浮かべて、そう思った。