【良いお年を】
「蕎麦、あと五杯頼む!」
いつのまにか、机には和を感じる赤いお椀が山のように積み重なっていた。
「だ、大丈夫かい?もう九十五杯ぐらい食べているじゃないか……」
どうやらこの人は年越し蕎麦と題して、たくさんの蕎麦を一気に食べるつもりのようだ。
「俺は年を越すまでに、年越し蕎麦を百杯食べるって決めてんだ……!」
君は心底苦しそうに度々呻き声を上げながら、箸を進めていた。
「これじゃ年越し蕎麦じゃなくて、わんこ蕎麦だろう……」
そう呆れながら、僕は最後の五杯を君の前に置く。
それを見て一瞬箸が止まっていたが、一気に蕎麦にがっつき始めていた。
「無理はしないでくれよ……」
嗚咽混じりに食べる君を見て、少し心配になってきた。
君は一杯、二杯と食べ進めていたが、三杯目で箸が止まった。
「ヤバい、気持ち悪くなってきた……」
「そりゃ、そんなに食べたらそうなるだろう……君は休憩した方が良い。後は僕が片付けるから……」
「いや、まだ俺は諦めない……!」
僕のお椀を片付ける手を制し、真剣な顔で僕を止めた。
……その真剣な顔が、決意から来たものなのか、はたまた満腹の苦しさから来たものなのかは分からないが。
「年越し蕎麦を百杯食べるのが、前から夢だったんだ……!簡単には止めないぞ」
「前からって……いつからだい?」
「……二週間前」
「最近じゃないか」
そうだと思った、とため息をつく。
そんな僕をよそに、その会話で気合いが回復したのだろうか、君はまた蕎麦を食べ始めた。
三杯、四杯と食べ進み、最後の五杯目まで辿りつく事ができた。
「年越しまであと一分ぐらいだ。食べれるかい?」
「いけるぞ……よしっ!あと一杯、いくぞ!」
喝を入れたと思うと、残り一杯を飲み込むように、喉に流し込んでいた。
「……よし、百杯いけたぞ……!」
「凄いな……本当に百杯食べれたじゃないか」
「吐きそう……」
椅子にもたれかかって項垂れている君のお腹をゆっくりさすり、時計を見ながら新年が訪れるのを待つ。
そしてその時が、来た。
「3、2、1……ハッピーニューイヤー!」
「ハッピー、ニューイヤー……」
僕は元気よく新年の決まり事を言ったが、お腹が大きくなっている隣の人は、眉間に皺を寄せながら弱々しく呟いていた。
「最後に良い挑戦できたじゃないか。きっと今年は良い年になると思うよ」
「そう、だな……」
そう言いながら君は、君のお腹をさすっている僕の手に触れる。
「俺のこと支えてくれて、ありがとうな……今年も良い年……ちょっとまて」
突然君は口に手を当て、バタバタとトイレの方に駆け込んで行った。
「あ、ちょっと……大丈夫かい?!」
僕の新年の始まりは、嘔吐の音と共に始まったのだった。
12/31/2024, 12:14:04 PM