旅舟

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4/18/2024, 12:09:22 PM

詩『土砂降り』
(裏テーマ・無色の世界)


 今日は朝から土砂降りだ。時々稲光が空を切り裂き遅れて雷鳴が鳴り響く。まるで人の感情のようだ。喜怒哀楽の刺激を受けてから遅れてその意味がわかることがある。
 無色の世界。
 人は感情を失うと色を無くすようだ。
 あの日からだ。
 君が自殺しようとしたことより、その予兆に気づいていたのに知らない振りをしたことより、心の中の君への愛を否定し続けた日々が僕から色を奪った。

 大人しい僕は時々いじめにもあった。でもそんなに激しいものじゃなかったから、台風のようにしばらくじっとしていれば通り過ぎていった。
 すべてが守り。目立たないように生きてきた。

 母のパート先の人で、母が親しくなったおばさんに会ったのは近所のスーパーだった。母の買い物について行った僕は、趣味である料理の材料を探していた。今度はシュークリームに挑戦するつもりだった。
 そして、おばさんに会って紹介されて挨拶したときにおばさんの横にいたのが君だった。おばさんの一人娘で、障害者。目がほとんど見えないのだ。歳は僕と同じだった。
 僕は生まれて初めて本物の目の見えない障害者に会い、どう接したらいいのか何て声を掛けたらいいのか戸惑ってしまった。
 君は無表情で面倒臭いようにぶっきらぼうにして、立て続けに喋りだした。
「お母さん、驚いてドン引きされてる?」
「まぁいいや、この人、イケメン?」
「私の名前は◯◯◯、よろしく」
 そう言って手を差し出してきた。慌てて僕も名前を言って挨拶して手を握った。小さくて白いその手は少し冷たかった。でも、とても大切なもののように感じた。
 たぶん、もうそのときには好きになっていたと思う。

 それからは家族ぐるみの付き合いになっていった。君の家にも何度も行って一緒に食事もした。君が障害者と忘れそうになるくらい普通に付き合えた。そもそも君は数カ月生まれが早いからと僕を子分のようにいつも命令口調で話してきた。でも慣れるとそれが居心地が良くなっていた。意地悪じゃなく、僕への思いやりを感じられたからだ。

 出会ってからニ年も過ぎて早生まれの君は就職した。僕は大学の受験のために勉強で忙しくなり、二人はあまり会わなくなった。その頃から君の様子が変わってきた。ある一人の先輩から壮絶ないじめを受けていたことはあとから知った。

 僕が大学生活をエンジョイして、君のこともあまり思い出さなくなったある日の朝に、その電話はあった。
「◯◯◯ちゃんが自殺したって…」
 母からだった。
 それは土砂降りの朝だった。

 スマホのLINEに君からのメールが残っていた。
「出会ってから、楽しかったー」
「ありがとうっス」
「好き、じゃないっス」
「じゃ、また?笑」

 土砂降りの朝は、いつも君を思う。
 どこかで障害者の君を差別していたのかもしれない。君の未来を背負うには若すぎたと言い訳もできるけど、本気で好きになることが怖かったんだ。まだ本気じゃないと思っていたから。

 大学を卒業して地元に就職できて故郷に帰ったら、花束を持って君の病院に会いに行くよ。
 人生の色を取り戻すために。
 そして、プロポーズ?…するために。

4/17/2024, 2:25:16 PM

詩『ピクニック』
(裏テーマ・桜散る)


 私は勉強が苦手というか大嫌いだ。
 当然ですが成績も悪くて高校受験も希望校は落ちて最低の滑り止めの高校にギリギリ入った。

「桜散る」
 希望校を落ちたときLINEでみんなにそう送ったけど、お花見してたの?…とか、ヤケ食いする?…とか返信してきた友達もいたけど、母だけは既読スルー。返信の言葉が思い浮かばず祖母の話では泣いていたらしい。
 私は期待してなかったから、本当に平気だったから遊び半分で「桜散る」って書いたのに、母のせいで悲しくなった。

 何かあると食べられなくなる可愛い女の子は多いけど私はヤケ食いするタイプなのです。そのことを知ってるからなのか合格祝いにもう準備していたためかは分かりませんが、落ちは日の夕食はご馳走でした。

 就職も全滅して大変だった。
 担任の先生と母がタッグを組んでものすごく頑張ってくれたみたいで思いのほか希望に近い会社に就職が決まったときは、三人で抱き合って喜んだ。

 初めてできた彼氏と別れた夜は、生まれて初めて食べられなくなった。二日目には母が気づいて心配して、うるさく食事だけは食べてと言うから怒鳴って母を泣かせた。


「お母さんは卵焼き作って」
「私はおむすび作ったから次は唐揚げ」
 桜のお花見にみんなで行く予定だっけど、今年は思っより早く桜は散ったとテレビで言ってた。
 私は旦那さんに荷物持ちと運転手をさせて、赤ちゃんの娘に哺乳びんでミルクを飲ませながら母と後部座席で桜の名所の公園を探した。
 やっぱり、ほとんど散ってた。

「これじぁーお花見じゃなくて、ピクニックだね」
 母がそう言うから、
「うるさーい! ピクニック最高!」
 そう叫んでやった。

 結局、いつも私の一番の味方は母だった。
 少し口は悪くて、おせっかいだけど、どんなときも助けてもらっている。今もそうだ。
 なかなか、ありがとうって言えないけれど、長生きして欲しいと思いながら卵焼きを食べた。

 母の卵焼きの味を今度は覚えて作れるようにがんばろう。みんな歳を取ってゆくから。

 あれ?
 私、泣いてる?
 花粉症だね。(笑)


 
 

4/16/2024, 9:29:26 PM

詩『駅』
(裏テーマ・夢見る心)


 私は田舎の駅のホームのベンチ。
 百年近くもここにいる。
 観光地でもあるのでそれなりに人は来るけれど、少しずつ減ってきてはいる。

 春夏秋冬それぞれに楽しみがありますが、新入生や新人さんの初々しい顔が見られる四月が大好きです。

 さっきまで大柄なお婆さんが座ってました。
 病院の帰りのようで薬を飲んでいました。
 かなり心臓が悪そうです。
 実は80年前の桜が舞っていた頃に、あのお婆さんは真新しいランドセルを背負って私の上に座っていました。
 しくしく泣いてました。
 お父さんが戦争で亡くなりお母さんの実家があるこの町に来たようで、お父さんに買ってもらったランドセルを学校以外でもずっと背負っている女の子でした。

 私はこの子の将来が気になりました。

 思春期になり、二十歳になり、彼氏とデートもして、結婚して、子供が産まれると家族旅行でみんなで私に座ってくれました。

 本当に幸せそうで、子供の成長や未来を想像して夢をいっぱい見ているようでした。
 あの日までは。

 ある年の梅雨の季節に近くの川が増水して氾濫したのです。大災害となり少し高いこの駅までずぶ濡れになりました。私はその後の乗客の話しか知りませんが、たくさんの人が亡くなられたようです。どうも家が水没したり流された人もいたようです。

 あの子と家族が心配でどうしているか知りたかったのですが、私はベンチです。ここから離れることはできません。

 やっとあの子を見つけて安堵したのは冬でした。
 隣町の弟さん夫婦の家に行くようでした。
 あれからあの子の家族を一度も見ていません。

 駅のベンチの私にも、夢見る心はあります。
 何かになれたり出世もありませんが、人の悲しい顔はあまり見たくはありません。
 誰かの幸せそうな顔を見たいのです。いっぱい見たいのです。それが私の夢なのです。その幸せそうな顔を見るだけで、私も心から満たされて幸せになれるからです。

 酔っぱらいのオジさんに吐かれて汚されると死ぬような思いにもなります。そういう日はよけいに幸せそうな顔を探します。

 実は今日、駅を改築する工事が始まります。
 私の仕事は終わりました。

 撤去されて、トラックに乗せられ、ゴミの集積場に向かう途中、車椅子に座って散歩をしているお婆さんを見かけました。あの子です。
 若い女性とその子供らしい幼い男の子が、一生懸命に車椅子を押していました。
 どうやら弟さんの孫とひ孫みたいですが、近くに住んで仲良くしてるようでした。

 なんだか、嬉しくなって、胸が熱くなりました。

 お元気で、さようなら。

4/15/2024, 2:12:40 PM

詩『Love Letter』
(裏テーマ・届かぬ想い)


実家の押し入れの奥にあるダンボール箱
その中に突っ込んであるラブレター

何日もかけて書き直して
必死にきれいな文字で書いたラブレター

なのに渡せなかった

親友のあいつと付き合い出したと
聞いたから

なんとなく距離をとった
少しずつ会わなくなっていった

そして、歳月は流れた

今日は黒いネクタイをしめて出掛けた
香典の金額に少し悩んだ

会場は狭くて
人も少なかった

君の子供らしき女の子が
はしゃぎまわって遊んでた

棺(ひつぎ)の君は
大人の女性になっていて美しかった

君のお母さんとも挨拶して少し話もできた
「ああ、名前は覚えてます」
「同級生で娘の初恋の方ですね」
「あっ、怒られちゃうかな?」
「秘密だったかも」
そう言って笑ってから少し泣かれていた

初恋?

その言葉の後は何も聞こえなくなった
考え込んでしまった

君はどんな人生だったんだろう
無性に知りたくなった

久しぶりに親友と連絡をとって
ある日、酒場であった

お父さんの仕事が大変だったことは知っていたが、そんなに借金で苦しんでいたとは知らなかった。君はお父さんが大好きで優しい人だった

水商売で支えていたが父親は自殺して、お客の不倫相手との間に子供ができてからはシングルマザーでかなり無理をしていたらしい

居眠り運転による事故だと言われているが、自殺の疑いも消えていないと言っていた

それから、親友とは付き合っていなかった
親友は告白したが振られたらしい
だが、昔は恥ずかしくて黙っていたらしい

実家に帰った

押し入れからダンボール箱を引き出して
ラブレターを読んだ

もう、届かぬ想い

もしも届いていたら君の人生は変わっていたのだろうか、俺は何もできずに君は同じ人生を生きたのだろうか

遅すぎたけれど
愛してる!

心に残っていた恋に
やっと気づいた

そして
子供のように声を出して泣き続けた

4/14/2024, 2:45:00 PM

詩『究極の二択』
(裏テーマ・神様へ)


あれは17年前の夏でした
激しい通り雨が降ったりやんだり
蒸し暑い残暑でした

有名なテーマパークでした
私の母はそこで意識をなくした
救急車で運ばれた

人生どんでん返しの瞬間でした
楽しい家族旅行が爆発しました
脳出血で危篤です

そこで究極の二択を急かされる
医者から母を、生かすか殺すか…聞かれる
長くて短い1時間でした

母は脳幹を圧迫されていました
言葉を話したり理解する脳も壊れてました
助かっても要介護5です

「たぶんあなたの人生が壊れます」
「地獄のような日々を耐えられない人が多い」
「死なせるのも孝行です」

そして究極の二択を決めました
会話もできず暴れても生きて欲しかった
母のためより私のわがまま

私は神様とも約束をした
助けてくれるなら私はすべてを捨てると
母の介護だけに生きると

まさに17年間は地獄でした
おまけで父の認知症の介護まで増えてた
去年、母が亡くなるまで

私は神様へ話しかけた
あなたとの約束は最後まで守りました
有り難うございました

血の涙が出るような日々も
まるで砂金の山のようにキラキラしてた
幸せな延長時間でした



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