「やっほー、久しぶりだな。会いに来てやったよ、雨。」
「久しぶりだね、いつき。1年ぶりだね。」
いつきが笑顔で話しかけてくる。
久しぶりに会うけれど何一つ変わってなくて、
少し笑ってしまう。
「いやぁ、1月にも会いに来ようと思ってたんだけど、
急遽予定入っちゃって来れなくなっちゃったんだよねぇ。」
「いいよ全然。むしろ忙しいのに会いに来てくれてありがとう。俺の方からも会いに行けたら良かったんだけど…。」
そう言うと、いつきは全然気にしてないかのようにカバンの中を漁り始める。
「いつき、これ好きだったよな?持ってきたんだけど。」
そう言いながらお菓子を取り出す。
俺の好きなお菓子。
「いつもありがとう。毎回お菓子持ってきてくれて。」
そう言うと、いつきは笑顔で俺の前にお菓子を置いた。
「あ、そうそう。聞いてくれよ、雨。最近な……」
いつきは自分の近況を楽しそうに話し始めた。
時々、愚痴が入っているが、とても楽しそうに話す
いつきの話を聞くのが昔から好きだった。
ふと、いつきが黙り込んだ後で、ぽつぽつと話し始めた。
「……雨が生きてたら、今頃何してたんだろうなぁ。
理系で賢かったし、コンピュータに強かったから、
情報系とかに進んでたのかなぁ。」
「そうかもね。でももう死んじゃってるからそんなこと
考えたって意味ないよ笑」
俺は自嘲するように笑った。
「雨と、もっとたくさん話したかったことあったし、
やりたいこともあったのになぁ……」
「俺もいつきともっと色んなことしたかったし、
もっと生きたかったよ。」
俺のお墓の前で泣いているいつきを見て、
俺も泣いてしまった。
でもね、そんなのただのないものねだりに過ぎないんだよ。
人間は何かを失った時に、失ったものの大きさに気付く
って言うけれど、
とても皮肉だよね。
ないものになってからじゃ、遅いっていうのにね。
『ないものねだり』
「おかえり、いつき。今日の晩御飯は
いつきが大好きなオムライスよ」
家に帰ると、母が台所から顔を出して言う。
別に俺はそんなにオムライスが好きなわけではない。
子供の頃は好きだったが、高校生になった今、
オムライスで喜ぶほど子供ではない。
何度か母にそう伝えたことはあるが、「そう?」なんて
言ってあまり相手にされなかったため、今では指摘するのも面倒になり、流すことにしている。
「いつきー、ご飯できたわよー」
リビングに行くと母がちょうど料理をテーブルに
運び終えていた。
ふたりがテーブルにつく。
「いただきます。」
スプーンをとり、オムライスを口に運ぶ。
「どう?美味しい?」
別にそんなに好きじゃないのに、
俺を見る目はとても優しさと愛情に溢れていて。
子供の頃から好きだったオムライスを作ってくれているのは、
ただ喜んで欲しいという親の愛情なのだろうか、
なんて考えてしまう。
そう思うとなんだか照れくさくなってきて。
誤魔化すようにオムライスを食べながら言った。
「美味しいよ。俺、お母さんの作るオムライス好きだよ。」
「そう、よかった。」
母はきっと勘違いをしている。
俺はオムライスが好きなんじゃなくて、お母さんが
俺のためを想って作ってくれるご飯が好きなんだよ。
『好きじゃないのに』
[今日の天気です。今日は全国的に晴れますが、ところにより雨となるでしょう。最高気温は……]
雨が降っている。
朝の天気予報でそう言われたはずなのに、
残酷にも現実は予報通りにはいかないらしい。
全国的に晴れじゃなかったのかよ、なんて吐き捨てるように呟いた言葉は、雨の音にかき消されていった。
田舎の農家の家に生まれ育った俺は、子供の頃から
「雨が降っているのは、優しい神様が私たちのために雨を
降らせてくださっているからだ」と教えられた。
別に俺自身は神様を信じている訳では無いが、もしそうなら
神様は俺の涙を隠すために雨を降らせてくれたのだろうか。
雨のおかげか、周りには人ひとりいない。
目を瞑り、天を仰ぐ。
傘も持たずに出てきた俺に容赦なく雨は降り注ぐ。
でも、涙を誤魔化してくれる雨は今の俺にとっては好都合で。
俺は膝から崩れ落ちるようにその場に蹲り、
声をあげて泣いてしまった。
俺の声と雨の音だけが響いている。
雨が降ったあとに太陽の光がさして、虹が出るように、
きっとまた立ち上がれるから。
だから、今だけはどうか心ゆくまで泣かせて欲しい。
雨はそんな俺を、俺の声を隠すように更に強く降り始めた。
『ところにより雨』
満天の星空の下に青年が二人、
芝生に寝転んで空を見上げていた。
他に人は居ない。二人だけがそこにいる。
ふたりだけの、秘密の場所。
「やっぱここから見る星は綺麗だねぇ」
「そうだな」
二人はそれきり言葉を交わさない。
でも気まずい空気が流れている訳でもなくて。
むしろ、隣にいるだけで安心できるような、
そんな空気が流れている。
「ねぇ、いつき」
1人の青年がふと口を開く。
「なんだよ」
「いつきはさ、これでよかったの?」
いつきと呼ばれた青年は、何を言っているのか分からないという顔で青年を見た。
「何の話だよ」
「だって、今日で終わっちゃうんだよ?世界。
最期は恋人とか、大切な人と過ごさなくてよかったの?
それか好きなところに行くとかさ」
青年は心配しながらも少しからかうように問いかけてきた。しかし、その表情は不安そうで、どこか寂しそうに見える。
いつきはため息をついたあと、めんどくさそうに答えた。
「俺に恋人はいねぇし、お前以上に最期に会いたいやつも、ここ以上に最期に来たい場所もねぇよ。言わせんな。」
「……そっか、ならいいや」
青年は安心したような顔をして、微笑む。
青年はそれを見て、恥ずかしそうに顔を逸らす。
ふたりはまた、星を眺める。
「なぁ、れい」
「なぁに、いつき」
「来世でも友達でいような」
「もちろんだよ」
地球最期の刻まで、あと……
『二人ぼっち』
俺は、目が覚めた瞬間に「これは夢だ」と気付いた。
大学の寮のベッドで寝ていたはずなのに、何もかもが違うからだ。
目を開けた時に見える景色も、布団の寝心地も、聞こえてくる音も、カレンダーの日付も。
しかし、俺はその全てに覚えがあった。
ここは、間違いなく俺の実家の自室だ。
「いつきー、ご飯できたわよー」
遠くから俺を呼ぶ声に耳を疑う。
もう二度と聞くはずのなかったはずの声だった。
いや、もう二度と聞くことが出来ない声だったから。
布団から飛び起き、声が聞こえたであろうリビングへ向かう。
そこには、テーブルに料理を並べる母の姿があった。
「母さん……?」
「なによ、そんな焦った顔して。」
母は俺を見て、困惑したような顔をしている。
たちまち俺は泣いてしまった。
あぁ、これは夢なんだ。
母さんはもう死んでしまったのに。
当たり前だったこの景色が、もう二度と見れないのだという
現実を突き付けられたような気がして耐えれなかったのだ。
「いつきはほんと昔から泣き虫ねぇ。」
母はそう言いながら俺の頭を撫でてくれた。
昔からそうだ。俺が泣く度に母さんは頭を撫でてくれた。
俺が反抗期の時も、ずっとそばに寄り添ってくれた。
その時にふと思い出した。
ずっと伝えたかったこと。
でも、恥ずかしくて、伝えられずに終わってしまったこと。
言えなかった後悔がずっとあって、ここで伝えたからって、所詮自己満足なのはわかってる。
それでも、どうしても伝えたかった。
あぁ、夢が醒める前に……!
「母さん、俺をここまで育ててくれてありがとう」
『夢が醒める前に』