時よ止まれ
——とまでは、思わないけれど。
このままずっと、この仲間とこの間柄が続けばいいのに、と願ったことは何度もある。
子供時代は、親の転勤で引越すことが多く。
友好関係は築いては無くなり、を繰り返した。
悲しい、寂しい、悔しい——
そんな思いを繰り返すうちに、『ずっと』は望めない、望んでも無駄なのだと、諦めた。
『ずっと』がある人も、もちろんいる。
けれど私には、なかった。
そういう星回り的なものかもしれない。
もしかしたらこの先にあるかもしれないけれど……、多分ないのじゃないかな。
でも、いいんだ。
『ずっとこのまま』
そうありたいな、と思う時は、結構たくさんあったもの。
そして『ずっと』はありえないから、その時を精一杯、できる限り満喫しようと思って過ごしてきた。
思い出は、たくさんたくさんあるの。
キラキラ光るようなことばかりでもないけれど、とても大切な思い出だ。
『ずっと』はなくとも。
揺らいで延々と変容していくのも悪くないな、と思うのです。
早朝、真冬の大気はどの地にあっても澄んでいるように感じる。
寒さは大の苦手だけれど。
空を仰いで冷たい空気を吸い込むと背筋が自然と伸びて、凛とした気持ちになる。
大昔だけれど。
ふわふわイヤーマフにマフラー、コート。
そしてミニスカロンブー。
お気に入りの冬定番な格好。
バイト先のパートさんたちに「見てるだけで寒い!」なんて言われてたなぁ。
そう、あの頃は意味わからなかった。
寒くはあるけれど、寒さで肌がギュッと締まる感じで、耐えられないということはなかった。
夜勤帰り。
駅前で裾にフワフワついた可愛いワンピースを着た若い女の子二人組を見かけた。
生足ハーフブーツ。
ひえぇ〜〜、寒い!!
……そうか、見ているだけで寒いとはこういうことか、とようやく知れた。
こちらはジーンズの下にレギンスだし。
足の裏と甲にカイロ貼ってるし。
お腹にもカイロ、マフラーにもカイロ。
だってねぇ。
寒さが身に沁みて、どころじゃないのよ。
骨身に染みる、感じなの。
肌がギュッと締まる感覚ではなくて、細胞の隙間から骨を軋まされるような感じ。
昔よりふかふかお肉があるのに、まるで役に立たないわぁ。
……やっぱり、筋肉ないとダメなんでしょうね。
基礎代謝も落ちているのでしょうし。
今年はストレッチだけじゃなく、少し負荷かかる運動してみようかなぁ。
パワー!!(を下さい)
二十歳
式典のお知らせは、母に破り捨てられた。
「あなたには必要ないでしょ」と。
一方で、高価な反物で着物を作ると言う。
もう逃げられない、と思った。
だから何もいらない、何もしないと宣言した。
「精神的に『大人』になったと感じた時に、お祝いしてもらうから」
そう笑ってみせたらやや不興げに、それでも母はこちらの意を飲んでくれた。
おそらくは。
精神的に『大人』ではない、つまりは『子供』のままで、母の手の内にあると思ってくれたのだろう。
逃げられないと思いながら。
——絶対に離れなければ、と自覚した瞬間だった。
「夕御飯、どうする?」
「ん〜。式典終わったらみんなで飲み行くし、そん時食べるからいらねーかな。○○ン家泊まる予定だし」
「そっか。飲み過ぎないようにね。何かあったら連絡してね。パパに迎え行かせるから」
「はいよ」
真新しい、見慣れないスーツ姿。
既成品外の体格ゆえ、仕立てるしかなくて高くついたスーツだけれど、良く似合っている。
行ってくる、と歩き出した立派な背中に。
かつて諦めた私の過去も、ほんの少し預けてしまったのは、内緒だ。
『自分とデート』
——何かのお一人さま特集でのキャッチコピーだったかな。
上手いなぁと感心してしまった。
人生には色んなフェーズがある。
今の私が欲しているのはまさに、
『自分の人生を自分のものとして、楽しんで生きたい』
なので、そのキャッチコピーが指標のように思えて印象深かった。
クリスマスはちょうどシフト公休と重なって、そのままお休みがとれた。
……直前に「明日出れない?」と言われたけれど、今回はそのままお休みさせてもらっちゃった。
帰宅後、のんびり朝風呂して猫ちゃんのお世話しながら家事やって、就寝。
おやつな時間少し前に起きて、のんびり『朝食』——というか、パーティータイム!
自分のためにおかず系おつまみ作って。
好きなお酒をお気に入りのグラスに注いで。
珍しくおっかけしたドラマの最終回観ながらお食事!
いい気分になったら、軽くお片づけしてベッドへGo。
……いいのいいの、一人気ままなんだから!
好きな漫画をタブレットで眺めて、ちょっとうとうとして。
夜になって起きだして、軽く体操しながら猫ちゃんもストレッチさせて猫ちゃんのお食事。
私も晩酌。
ゆっくりまったり過ごせました!
さあ年末まであと少し!
……職場は年末も年始もない業種だからキリも何もないけれど。
気持ちの問題。
頑張っていきましょっ!
——やっぱり来てくれないか。
シティホテルのロビー。
整然と整えられた庭が臨める窓際の席はうっすらと冷気が伝わってくる。
仕事に忙殺され、彼女に勧められて購入した推理小説を半年以上ぶりに引っ張りだして広げていたが、内容はまったく頭に入っていなかった。
——大事な話があるの。
今夜もしくは明日、何時になっても構わないから、折り返しの電話を下さい。
一ヶ月前に聞いた、録音電話に吹き込まれた彼女の声はとても静かだった。
頭の奥で、警笛が鳴り響くほどに。
慌てて、メッセージを送った。
『本当にゴメン! 来月は必ず休みを取るから心配しないで。俺も報告したいことがあるんだ』
昇進が近いこと、すなわち幹部ポスト前の支社異動が迫っていること——などを、続けて送る。
そして暗に、着いてきて欲しいという望みを匂わせる。
一ヶ月後は十二月、それもクリスマス・イブだ。
この最高のイベント日に落とし込めば、何もかも『チャラ』に出来るだろう、と思っていた。
メッセージの既読マークがついてから一週間、彼女からは何のリアクションもなかった。
正確には、何のリアクションもないことに不安が過り、メッセージアプリを開いたのが一週間後だった。
メッセージは、届いていた。
『報告を聞きたいわけじゃなかったの。もう、いいよ』
愕然として。
早急にメッセージを送る。数時間経っても既読にならず、通話しても応答はなかった。
……切られた。
当然か、と冷静に思う一方。
なぜわかってくれない、それなりの付き合いだったはずなのに、という怒りめいた感情が渦巻く。
心中がどれほどグチャグチャになろうと、朝になり職場に行けば通常通りに仕事はこなす。
いつも通りでいなくては、という矜持が仮面と鎧を生み出し、普段以上の普通、を演出していたかもしれない。
ホテルのレストランの予約は、半年前から入れていた。
当日になれば、もしかしたら。
彼女の性格から、それはないとわかっていたけれど、キャンセルをかけることは出来なかった。
……結局、こんなものか。
席を立ち、フロントで淡々とキャンセルを告げる。
事務的に進む手続きに、どうせフラれるならドラマチックに、などと考えていたのだなと思い知らされる。
深い悲しみも、同情もなかった。
あるのはただ——虚しさだけ。
フラフラと、散策するように街を進む。
どこもかしこも人だらけ。
カップル、友人、グループ。
楽しそうに歩く人達だけではなく、少し前の自分と同じように眉間に皺を寄せた仕事人間と思しき人達も。
色んな人がいるな、とぼんやり思っていたその時、壁のようなものにぶつかった。
「うっ……!」
「ちょっ! 痛いじゃない!!」
古ビルの極小エントランスから現れたらしい人物が頭上に怒声を降らせてきた。
ショッキングピンクの長い髪。
派手の定義を超えた、目立つためのメイク。
思わず、喉の奥でヒッと息が詰まった。
「ご、ごめんなさい……」
ギロリと睨まれ、謝罪がこぼれ落ちた。
「気をつけてよね!!」
カッと高くヒールを鳴らして去っていく逞しい背中を呆然と眺めるうち。
なぜだか、涙もこぼれ落ちていた。
——ああ、謝れたんだな。
こんな風に、ただ素直に謝れば良かったのかもしれない。
今更のように思いながら。
幼い子供のようにすすり泣きをしながら、駅へと向かった。
だって、明日も仕事があるから。