不安だらけで壊れそうだ。過ぎゆく時間と迫り来る時間が紙一重にのしかかってくる。とっくにキャパオーバーなんてもの迎えてる。
来週のカウンセリング。「ただ聞いてもらえたら」なんてきっと嘘。
それ以上を求めてる。
これで充分だよ。だなんて自分に言い聞かせて、自分のありたい自分であろうとする。
それが悪いことだなんて言わないけどさ
どんなトラブルが起きたとしてもいつだって冷静に対処する人がいた。
そのあまりの冷静さにパニックの渦だった周りも拍子抜けして調子を取り戻していく。そんな姿が格好良くて。
僕が焦燥感に蝕まれそうになっている横で、その人は何食わぬ顔で『あーあ』なんて呟いて。僕の視線に気づくと、『まぁなるようになるよ』なんて余裕気に口端をあげたのが格好良くて。
どうして冷静でいられるのかって聞いた。
その人は少し考えるように唸って、口の中で飴玉を転がしながら言った。
『どうなってもいいんだよ。』
『私なんてさ、産まれたついでに生きてるだけだから。』
『どうせ終わりは来るんだ。焦らなくなっていいよ。なんなら頑張らなくたっていいかも。でもいつだって今を素敵に生きたいからそれなりに頑張りはするんだよ。』
なんて。
理由は思ったよりかっこいいものではなかった。いや、文面だけ見るとかっこいいのかもしれないな。ただその人の横顔はぼんやりとしていて、どこも見つめていなかった。どんなものならかっこよかったなんて自分でも分からなかった。
輝かしい希望みたいな大人を見たかったのかもしれない。
ただ見えない何かに期待を膨らませて夢みたいに淡い理想を押し付けるエゴは人間の性でしょう?
でも今思えば、あの頃の僕は少年ジャンプの主人公が言うような、デカくて強くて堂々としたものが聞きたかったんじゃないかな。年相応の理想だ。
今聞いたなら、その人の言うことが心地良く聞こえたと思う。
「ただ話を聞いてほしい」なんてのは嘘になるかもしれないけど、自分でも何が言いたいのか分からないから。誰かが拾ってくれるに甘えてただ待ってる。
それでも僕の言葉に価値があるのか決めるのは貴方だから。
愛の名前を知れたなら。
僕の感情がその名前だったなら。
そうしたらラブ&ピースハッピーエンドで物語を締めくくれたのかな。
自分を愛せとまでは強いらないけど、せめて許せたのなら。
顔も名前も知らない誰かの顔色窺って自分取り繕うこともなかったのかな。
誰も傷つけずに生きるのは不可能なのと同じく、誰にも傷つけられずに生きるのは不可能だ。
零が並ぶデジタル時計を横目で見て、夜に染まった世界と一室のなか、まだ青い光浴びてる。
誰かに届いて欲しい独り言。
自分をもっと分かってあげられたらよかったのにな
「期待を裏切るわけにはいかないんだ。周囲からもそうだし、自分へも。今ここで“ただやりたいから”だなんて理由で軽率な選択をしてはいけないんだ。ここまで積み上げてきた努力を一瞬で否定するなんて、自分へあまりに無礼だ」
「んー…俺は優等生くんとは違ってほーんとテキトーに生きてるからさ、そういうのよくわかんないけど…俺は“ただやりたいから”はちゃんとした理由になると思うよ。その想いって欲しくても手に入らない大切なものだよ。大事にして欲しいよ。そんな無下にするような言い方しないでよ。それこそ自分への無礼だよ。その気持ちって生きる糧になるんじゃないの?そういうの全部取り上げたら何の為に生きてるのか分からなくなっちゃわない?」
「…お前には分からない。僕のことなんて。僕はお前とは何もかもが違うんだよ。間違ってはいけない。正しい選択をしなくちゃならない」
「正しい選択って何? 安定した収入と約束された未来、一流企業に勤めるエリート人生。それが優等生くんのあるべき正しい姿ってこと?」
「そうだよ」
「それって、楽しいの?」
「…は?」
「素晴らしいことだとは思うよ。どこへ行ったって社会にそりゃあ高く評価されることだと思う。でも楽しくなきゃ生きる意味無くない?」
「それは……生きる意味以前に…間違って愚かな選択をしたことで野垂れ死んだら元も子もないだろうが」
「まぁ確かにそうだけどさぁ…ちょっとやそっとでそんなことにもならないって。どうにかなるようになってるんだよ」
「適当なこと言うなよ。未来なんてわかりやしないだろ」
「そうだよ。どうにかなるかもわからないけど野垂れ死ぬかもわからないでしょ? 憶測でしかないよ。不安に駆られちゃだめだ」
「……」
「そんなに完璧エリート様であることに固執する必要あるかね。優等生くんが生きる世界は俺には分からないものだろうし、優等生くんが何に縛られているのか分かんない。ただ息苦しそうに見えるよ」
「…」
不安の滲む僕の顔が、目の前の奴の瞳に映る。
「大丈夫さ。たぶん」
いつものどこまでも楽観的で屈託のない笑顔で言う。あまりに曖昧で信頼に値しない言葉。
そもそも見てくれからしてそうだ。校則違反の下品な色の抜けた髪色にピアス。整えられているのを見たことのない寝癖。第一ボタンは留められておらず、首元がはだけている。
「愚かな選択って、漫画家になる選択のこと?」
「え、」
「優等生くん、漫画家さんになりたいんでしょー?」
「…僕はそんなこと一言も言ってない」
「漫画描くの好きじゃん」
「だから、ただ好きとかやりたいからって職業にできるわけじゃないだろ」
「それでも、ほんとは漫画家になりたいんでしょ?」
「っ…しつこい! そもそもお前に関係ないだろ。僕のことに首を突っ込むな…! 余計なお世話なんだよ!!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。大声出して人が来ちゃったらどうするの。俺はいつものことだから別にどーでもいいだろうけどさ、優等生くんが仮病使って保健室でおサボりなんて。バレるわけにはいかないんじゃないの?」
「…誰のせいだと思ってんだよ」
「ごめんね。でも俺、優等生くんの描く漫画好きだからさ。ちょっとムキになっちゃった。結局は優等生くんの人生は優等生くんだけのものだから。周りの大人の期待も外野の言葉も俺の我儘も、それで優等生くんがどうあるべきかだなんて決まることじゃないからさ」
いつもと何ら変わらず、何を考えてんだか何も考えてないんだか分からない。お気楽な様子で、大の字にベットに寝転んで窓を横目で眺める奴の横顔を黙って見つめれば、「今日はお昼寝日和だね」だなんて笑いかけてくるのに、「どんな日だよ」だなんて返す。
…まぁ、確かに
柔らかい日差しが心地良くて、瞼が緩むな。
自分が何を求めているのか分からない。
愛? 金? 友達? 食? 娯楽?
全てが全て疲れる。
日常生活がキツイ。歯磨きも、入浴も、食事も、睡眠も、排便も、起き上がることすら。
共同生活が嫌だ。自分のリズムを他人に介入されて乱されるのが耐えられない。他人のせいで完璧に組み込んだルーティーン通りに事が進まなくなるのが嫌だ。
皮膚に爪をつきたてても何も変わらないのは分かってる。
怒声を荒げたって、物に当たったって、誰かに八つ当たりしたって、何も変わらない。
何が自分をそうするのか分からない。
ただ切羽詰まってる日々に頭痛を抱えるだけ。
悪化して荒んでいくだけの自分が歯痒い。
胃から込み上げて胸をイラつかせる気持ち悪さが心地悪い。
今日何を食べたのか思い出せない。
なんであれが好きだったのか思い出せない。
楽しかったことを思い出せない。
淡く広がる温かい胸の想いなんてのが思い出せない。
笑っていた記憶が薄い。
そもそも記憶自体が全貌が曖昧で危うい。
流れる時に惜しみも感じず。ただどうすれば時間の流れに自分を置かないかに必死になって逃げ惑う。後悔だとか以前に何もないから。
生の消費の仕方に苦しめられて、全てがどうでもいいなんて思いつつ開き直ることはできない。
あちこちが痛む。
暑いのか。寒いのか。眠いのか。寂しいのか。よく分からない。
いつだって連鎖で、終わりなんてなくて、『終わらせてくれない』なんて嘆くけど、終わっていいよと言われたところでそもそも自分に終わる勇気なんて微塵もなかった。
単純に何の為に生きているのか分からない。
生きる為に仕事をする。やりたくないことはやりたくない。でも生きるにはやらなきゃいけない。なんで。何をもって。どうして。そうしてまで。生きなきゃいけないんだろう。
生まれたことが悪い。
幸せになりたいだとか、過去に縋って戻りたいとか、努力もせずただ喚いて望むようなことしてませんよ。
ただ何がいけないなんてことはない。全てが恵まれているし、全てが不幸だ。
何のせいでもないから。でもただこの気持ちはなんだろう。ここに残る気持ちが何であれ、もうさっさと終わらせてしまいたい。静かに瞼を閉じたら、生から逃げられたのならいいのに。
自分の口先に宿る魂が他人の内に浸透していくのが恐ろしい。
誰だって被害者でありながら加害者で、加害者に見えて被害者だったり。真理なんてものが存在するなら犠牲なんて生まれることなかっただろうよ。
雨の音がうるさい夜と、心地よい夜がある。
内で葛藤し合うものが暴れてに暴れて外に溢れ出る。
目の下に隈を作って、顔を蒼白にした。
そうしていくうちに得られるものも何もないのに。
やることはあるのに。
有意義なことをしたいと思いつつも有意義だなんてそもそも存在しない。
歯の色を気にしているうちに歯茎の色は見えなくなってたみたい。
倦怠感と憎しみと虚しさと苛立ちと疲労と眠気。
おやすみなさい。
物語が嫌いなんだよ。
登場人物に起こるできごととか、何を思ってどうするのか。周りの人間にどんな影響を受けて与えるのか。
そういうの疲れる。
聞かれて述べた僕の意見っていうのはだいたい理解されないどころか伝わらないって、どうせ分かりきってるから、皆まで言うな。
好きになる理由は理解し難いけど、嫌いになる理由が分からなくもない。
好きになったきっかけが一目惚れだったなら嫌いになったきっかけは相手を知ったからじゃない?
出された料理の一口目を口にいれた時点で問答無用『美味しいよ』って微笑むけど、実際料理の味なんて分からないし
大体美味しいのって空腹時の一口目だけじゃん?
ミシュランなら飽きることない?美味しい?
人は限度を知らないじゃないか。肥え続けてしまうからさ
どうやったって現状に満足できないんだよ。いつだって何にだってそれ以上を求めている。
口先だけで甘い言葉を囁いて。「愛してる」「大好き」神経性の毒みたいだ。
本当に僕のこと何一つ知らないんだ。
そうやって思うたびに人とまた距離を置く。我ながら哀れで不器用なやつだと思う。
割り切れるといいんだけど、割り切ったところで人と繋がりを持つことへの価値を見出せず終いなんだ。
一時間かけて食べてた一パックの白米のこと嫌いになった。
その時に始まったことじゃなかったけど、その前からだんだんと食べ物を飲み込むことができなくなっていってて、
ずっと咀嚼だけ繰り返してて、
味も食感もよく分からなくて、
もう今が何時でここはどこで僕って存在がなんなのかもよく分からなくなっていった。
そんな食事は本当に最悪なもので、味はしないのに不味かった。
僕の言葉はいつだって意図があるんだかないんだか、どっちつかずで遠回しで分かりづらい。
僕の中でも全てが曖昧で混沌で、自分でもよく分かっていないからだと思う。
記憶の中で消え去っていっても確かに存在した時を追いかけるのは結構疲れる。
手がかりがないんだもの。
辞める理由に“飽きた”とだけ言えば納得してくれるような社会なら、ちょっと楽なのに。
自分がお腹空いてるのか口が寂しいだけなのか分からない。
何がしたくて何が不安なのかも。
だから一生向き合って考え続けて自分を見つめている。
それが変わってるって言われる全てのことに繋がってるのも分かってる。