『今日のカラオケお前もくるだろ?』
「俺は遠慮しとく」
『はぁ?ノリ悪ッ!!』
『なんか冷たーぃ』
『来ないの!?』
「ハハ」
『次こそは強制だからなー!』
強制、ねぇ……
強制なんてものを他者にする資格なんて誰にもないだろうに。
特に何の意味も孕んでいない言葉。立ち止まる必要なんて、考える必要なんて、無い。そんな言葉。
そんなものにも一つずつ立ち止まって考える俺。
過剰だとか言われるようで。繊細だとか、変人だとか、独特だとか、賢いだとか、思慮深いだとか。
そんな言葉たちも何だかなとかそれにも立ち止まる。
どうでもいいようなこととされるものを流せない、流さないような奴はきっと世間から面倒な奴と見られるんだろうな。
変なところで引っ掛かっているぞ、ということは今になって言われなくとも今までに散々言われてきたし自覚済みだ。でもそれが俺なんだよ。
願わくば何が正解とか、もうそんなのを決めるような生き方をしたくない。その表れなのか、考えて考える割には最終的にどんなものも自分に貼らず、嵌め込まずじまいだ。
『みんなに優しく、みんな仲良く。』
協調性を持って、空気を読んで、愛想笑いをして、気を利かせて、他者の気持ちを積極的に汲み取る。そこに自分の都合を入れてはいけない。
そうやって壊れていった。
『嫌なことは嫌って言いなさい。』
ハッキリ言ったら言ったでいつの間にか腫れ物扱いと化していって、自己主張も大事だなんてよく言ったもので。
言っていいのかダメなのかの線引きは割と曖昧なもので、でも確かに人それぞれながらも無いと困るもので。
だからその線引きってのが何だか分からず見つけられなくて、いつだって無いままの俺にはもうなす術がない
何が、どんな形でいるのが正解なのかとか、考えていくうちに邪推して拗れて。
教論や大人たちに掲げられたモットーに忠実にしているだけじゃきっとダメなんだ。
割と自然についていくはずの処世術や生きる要領ってのが、いちいち一つ一つ全てに気づいてしまい、立ち止まり、疑問や思考を抱くような人間は、総合的に生きづらいだとかで。そのままいくと社不という烙印が押される運命らしい。
大人の言うことに忠実であれと育てられ、ある程度歳がいけば途端に“私らは一切関与しないので己の頭で全て考えて言動しろ”と突き放され、自分なりにあくせくした結果否定され怒鳴られ。一切の関与は無いと断言しつつ支えはせずも縛るばかりの一方で、
「全ては貴方のため。」
最初から大人っていう型の中に正当化されて嵌め込まれた正解っていう、さぞ大層なものを教えてくれればいいのに。
察しろなんていうのはあまりに世知辛い。
これもまた成長過程。
全ては成長過程。
理不尽に思うことも理不尽を飲み込むのも成長過程。
結局成長過程なんてものは終わりを知らなくて、一生それの繰り返し。
ある程度積み上げ立ち止まって振り返って仕舞えば、気付いてしまう。それを恐れて意識的に知らないふりをしているだけ。
今まで言い聞かせて飲み込んだものたちは己に何の意味も成さないことだったりする。
ただ何かの歯車になる為だけの貢献。
必要なことと求められることはまた違って、理不尽は噛み砕いて飲み込んでいくしかない社会。
それって結局何の為に成っているの?
それって本当に、しなくちゃならないの?
幼い子供が大人に聞いた答え。大人たちが正解とした思想に侵されていき、また同じものが量産されていく仕組み。
総合的に集まったものを見て一般的を固めて、それを中心に定めた。いつしか固定され、その他が中々見えなくなる。そんな視野に視点。そんなものは子供には無い。
この子は自由な考えをするなぁ なんて。
この子は小さいのに大人びた考えをするなぁ。 なんて。
凝り固まった大人の視点から、積み重ねた知識から、知ったかぶりで、言う。貼り付けたり、縛り付けたり、描くのも、彩るのも、大人たち。
人なのだから。そして子供なのだからより一層、自分の考えはどんなものなのか。そんな思考や概念は無い。
狭い世界で自分が中心。自分と他を照らし合わせるなんてこと。
無垢で無知な子供はあまりにも素直で、間違いも正解もするすると飲み込んでしまう。
子供たちはあまりにも無力で、いつしか成長してどこから間違えてしまったんだ、なんて考えてもどうしようもないものなのかな、なんて思ったり思わなかったり。
自分の考えはどんなものなのか。それはわりかし人々が避けたがることだったりするようで、そんなことを日常的に考えてる俺は、あぁだからおかしいと言われているのかなと謎に腑に落ちる気もするんだ。
共感して繋がる人間。
同じ意見だと喜んで心から共感したら、蓋をあければ全くの別物だったり。
そこに自分なんていなくてもとりあえず飲み込まれていく事勿れ。
それにより引き起こすものが己の多大なる障害になるか否か。それはまだ分からないけど。いずれ分かることだろうけど。
共感が多いものが正解。
多数決で決まる世の中。
それが最善。見えていないのか、はたまた見て見ぬふりなのか。明るく単純な方だけを見て暗く複雑な方には目を向けたがらないのは人間の性。
理解できないものへの理解はあまりに難しいから見たくない。
誰だって知ってか知らずか自分の殻に閉じこもっているだろう。
“輪を乱すのは悪”
“個人の尊厳を侵害するのは悪”
目を凝らして見てみると、
“輪を乱す(自己主張)は悪”
“個人の尊厳(の一部)を損害するのは悪”
全体を思ってのことだと見せかけて、実はごく一握りの人々にとってのご都合主義で固められた法則だったり?
『普通みんなそうじゃんか』
『それをいちいち難しく言うお前は、』
『悪だよ。』
なんか、そう言われるたびに、
汚いなぁ って思うんだ。
多数に少数を述べるのは、みんな同じの中に異物混入。そういう感じで。
少数が多数より多くなり、立場が逆転すれば、するっと手のひら返しで元少数の意見が善とされる。
そんなのしているうちに思うけど、世の中に真理もクソも無いんだなと。
俺に何かを聞いたとしても、誰かに何かを聞いたとしても、人々から返ってくるのはあくまでも偏った主観での答えなわけで。
その人にとって答えとされているだけで
人間という生物が人間視点で勝手に名前をつけているだけで
最善といいながら何を持ってしてなのかは曖昧で
誰もがよく知りもしない誰かの思想を被って生きている
自分の犯した間違い
他人と絡みつくいざこざ
それらはよく咀嚼しても喉に詰まりがちだから
大体手元に水は無いから
息続けるには吐くしかなくなる
そうして吐き出されたものはやっぱり綺麗なものなんかじゃ無い。なんならより一層汚くなっていて。
結局全てを自責にすれば楽だから
ゴミはゴミ箱にやって
臭いものには蓋を。
そうして時効で消え去るのを耐え凌ぐしかない。
別に一人がいい、寂しくなんかない、そんなわけじゃないけど。表面上の意思疎通、そんなのも困難な自分は人と関わるのは億劫だ。
考えてしまう。考え続けている。考えたい時に思いっきり考えている。
いちいち真摯で誠実で、真っ直ぐいようとする姿勢は尊いものだけど、あるだけ苦しいだけだ。
そんなつもりはないけれど。
誰かにそうだと言われたらそれもありとしなければいけない時代だし、偉い人にそうだと言われたらそうだということにしなければいけない。
特に嫌がらせをされたわけじゃないけど、極力もう二度と会いたくない人とか結構いるし。
いい人だなと思う人でも、
初対面は普通にやり過ごして
次の機会には良い感じで
その次の三回目の交流になると急に相手への距離感を生み出してしまう。
なんだろう。
人とどうやって仲良くなっていたのか忘れた。
そもそも仲が良かったのかも定かじゃ無い。
馴れ合いに意味をもたらすのは悪循環の元なんだろう。
そうなんだろ。
人と人は分かり合えるなんて主張は、世間知らずとでも言われあしらわれる。
期待するだけ無駄。そう切り捨てた方がいいのか、
分かっていても、希望は捨てずに信じることを貫き通す方がいいのか。
良いというのは何を持ってして?
もう、分からない。
何も、分からない。
ぐちゃぐちゃで、
「わっ」
気づいたら自分が泥まみれになっている
息苦しい
虚言で塗り固めてできた笑顔の鉄仮面を持つ人。それが世渡り上手って称号。
こんなの誰が言ったんですか
誰だって だとか
こうだ。 とかさ
理屈云々 なんて、
そんなことを言えば正しく見えるね
どうせ小さい箱の中では求められることだらけで、あくせくしているんだから、箱の外にいる時くらい自分で自分に求めたりするのはやめてどうにかなるくらいになってないと
死にはしないけど生きた心地もしなくなりそうだ
よくわかんないし
まぁなんでもいいし
どうでもいいなんて投げ出してはいけないのかもしれないけど
涼やかな風の匂いが鼻腔をくすぐる。ブルーライトばかりを与えられる眼に、青空の色はあまりにも眼に優しく心地良い。
もうどうでもいい気がして、ちっぽけな人間として見るどこまでも広がるような空を見ているだけで。
有意義だとかそういう云々は関係無しに、ただこの空と風に気分を乗せていたい。
じぶんを振り返るのは、もうたくさんだ。
往生際の悪い。
捨てたものに執着せずに、
ただ前を見ろとも言わないが、
堂々としてろよ
永遠や無償の愛だなんて言う類のものは所詮でまかせで幻想だ。
ただ、それに縋らなくてはやっていけない時があるから、こんな言葉が存在して、なくならないんじゃないか?
物語の主人公は、暗い過去を抱えながらも大体報われてたりする。
現実でも世の中そうできていると信じたい。
でも自分の生きる世の中が冷え切っているのは分かっている。それが世の中だけのせいじゃないことも。まぁ、何にせよ信じたくとも信じるには及ばない。保身が働く。余計な期待するだけ痛手を負うだろう。
世間的に風当たりのいい、それとなくまとめ上げられたハッピーエンドのストーリーは意外と腐るほどあって。
そういうのに当たってしまう度、あぁやっぱ人間が描いてるなぁとしみじみ思う。
クリエイティブって別に自由でもない
優しさって何だろう。
優しさ、すなわち高級ワイングラスに入った青酸カリとはよく言ったものだ。
私も優しいと言われてもそんな風に、言わば卑屈に受け取ってしまうから、頷ける言葉だ。
曖昧なものだ。
優しさとは相手にとって都合が良いとか、理想に沿った言動をしたということで、
「優しいね」とは「我は満足したぞよ。」とでも言った私への評価なのだ。
自己犠牲に対し一個人のご都合から語り「優しい」なんて響きのいい歪んだことを言うから、それに侵されてしまうような人はバタバタとドミノ倒しになっていく世界なんだろうと私は思う。
恋人、友人、仕事、宗教、お金、時間、嗜好、etc…
何にも執着せず生きる世界は、どんな風に映るんだろうな。
ここに綴っても続きが見えない文字たちに、なかったことしてしまいたいと言葉をそっとどこかに残して隠す
時効で消え去るといい
夏の日陰は好んで歩く。避暑地だ。
冬の日陰は避けて歩く。できるだけ温かい陽を。
日向は疲れる
日陰は虚しい
日向は暑い
日陰は寒い
日向は明るい
日陰は暗い
日向は温かい
日陰は涼しい
思い出すのは嫌なことばかりで
あぁなんでこんな人が…と思いかけて、今こうして生きられているだけで随分と恵まれたことじゃないか。衣食住揃っていて、なんの文句もないだろう。
そう言い聞かせる。こんなことばっかだ
世の中どうやったって糞みたいなことばっかで…でもだからこそ優しさや喜びが感じられて、そう思うとそんな糞にも感謝したくなる。
確かにそうだよ。そうだけどさ、もうそういうのいいよ。もうたくさんだ。お腹いっぱいで苦しいよ。
そんな感情から目を背けるために言い訳とか綺麗事並べて
そんなわけないじゃん
恵まれてるからなんだよ
恵まれてるから幸せだとは限らない
不幸と比べて幸だというのは苦し紛れだと分かってたんだ
糞はどうやったって糞でその事実は揺らぐことなくて、嫌なもんは嫌だよ
あの人がこんな風なこと言ってた。言い訳とか綺麗事とか全部引き算していって残った感情は本心で、そうやって本心を見つけて認める
こういうのが必要なんだよな多分
この師ブームもまたいつ終わんのかなとか
明日とか?笑
雪が降った日、私は麦わら帽子をかぶった
快晴の空の下、私は鼻唄うたいながら蛇の目傘をさして町を歩いた
気まぐれな人間なんだから
それでいいんじゃない?
それが、いいんじゃない。
題:帽子をかぶって
小さな勇気、それが何となく湧いた
すると何となくそのまま脅威を溶かした
驚く程何気ない
それもきっと、
隣にあの子が居たから。
隣のあの子を信じたから。
冷たいシーツの温度は鮮明に覚えている
隣の家からはいつも和気藹々としたひだまりが聞こえてくる
静まり返った僕独りの家の中にそれがよく響く。
あの人がこの家で吐いた霜は消えることなく残り続けていて、ずっと侵食が止まない。
ずっと居れば、きっと僕ごと凍りついてしまうだろう。
たまらなくなって階段を駆け上がって、ベットへ飛び込む。
布団の上でシーツに包まる
天窓から差し込む朝の光はどうにも眩しくて
どうにも何処にも無いような気持ちが浮き彫りになる。
だけどそんなのもどうでも良い気がする
ただ無抵抗に、眩しさと温かさに当てられたい。
いつもの通学路。
丸まった背中と俯いた頭に脚が上がっていない歩き。
前に見つけた人物へと駆け寄る。
「涼くーん!おはよー」
「蛍ちゃん…おはよう…」
「今日寝坊しちゃったけど走ったら全然間に合った!」
「そうなんだ…良かったね…」
私は去年の小学5年生の時に涼くんの隣の家に越してきた。同級生の涼くんとはそのよしみで仲良くしている。
涼くんはいつも暗めでどこかビクビクしていて、弱々しくて小さい声で話す。
笑顔は苦手のようで、眉尻は下がり目元はふにゃふにゃして悲しそうで、頬は引き攣っていてどこか強張っているような笑顔をする。
「蛍ちゃん…僕のこと、好き?」
一日に一回は必ずされるいつもの質問。
俯いたまま呟くように私に問う涼くんの手は微かに震えていて、そっと私を見て返事を待つ。何故かとても恐そうで怯えた目をしているのに、ちゃんとこちらを向いて返事を待つ。
私はしっかりと涼くんの目を見て、いつもと同じ返事をする。
「大好きだよ」
涼くんは私の返事を聞いて、肩の力が抜けたように息を吐く。毎日見ていて思うが、あの質問をするとき涼くんは息が止まっている。
それほど緊迫した想いを抱えているのだろうか。私は踏み込めない。涼くんの繊細なところに、間違って土足で踏み入るなんてことがあれば私は立ち直れないから。涼くんが話してくれる日が来なくてもいい。ただ側にいて欲しい時に側にいれるように、もし話したくなった時はしっかり聞けるように、友達としてちゃんと力になりたい。
涼くんがふにゃっとぎごちなく私に笑いかけるので、私も満面の笑みを返す。
「うわっ、またその笑み! 気持ちワルっ!」
通りすがりの男子が涼くんを指さして小馬鹿にする。
「うっさい! どこが気持ち悪いんだよ!! お前の方が気持ち悪いから安心して黙れ!!」
「はぁ!? ふざけんなブス蛍!!!」
男子は吐き捨てるようにして走っていく。
「蛍ちゃん…ごめんね…」
「何で涼くんが謝るの!」
「蛍ちゃんに迷惑かけちゃって…」
「私、迷惑だなんて思ってないよ。勝手に言い返してるだけだしさ。涼くんは何も悪いことしてないでしょ、謝らないで。一人で抱え込まないでもっと頼ってくれていいんだよ」
「うん…ありがとう…」
俯いたまま返事をした涼くんは、殻に閉じこもって独りぼっちみたいだ。
「友達なんだからさ、どんなことでもいいから手助けさせて欲しいな。私は涼くんと友達だと思ってるんだけど、涼くんは違う?」
「蛍ちゃんは僕の大切な友達だよ…」
少し顔をあげて私を見て答えた涼くんは笑顔を作らなかったけど、どこか温かい目をしていて、微笑んでいる気がしたのはただの気のせいでしかないだろうか。
そんなことをふと思うと、すぐにまた俯いてしまい、涼くんの暗がった虚ろな横顔だけが見える。
それはどうにも私の心にささくれのようなものを作る。
「涼くん、気持ち悪くなんてないんだからね。あんなのを気に留めなくていいよ」
「蛍ちゃん…でも本当のことだよ…うまく笑えないし…ほんと、気持ち悪いよ…」
「涼くん…私は気持ち悪いなんて一ミリも思ってないんだからね!! だけど私がそう思ってたとしても、涼くんの笑顔がどうかなんて人が決める権利無いんだよ。涼くんのものは涼くんが決めるの。自分で気持ち悪いって思ったら気持ち悪いことになっちゃうんだよ。涼くん、自分で決めて」
「え、えぇ…自分で…? そう言われても…」
「さっき気持ち悪いって言ったアイツと気持ち悪く無いって言った私、どっちの言葉を信じたいの?」
「そんな……分からないよ」
「友達を信じてみてもいいんじゃない?」
「なら…——蛍ちゃんを…信じたい、かな…」
「じゃあ私を信じるって決めてね。涼くんの笑顔は、気持ち悪く無い」
「分かった…ごめんね」
「次からはごめんねじゃなくてありがとうが聞きたいかな」
「はっ、はっ…け、けいちゃ…蛍ちゃん待たせてごめん…!!」
「大丈夫? 水飲みな。焦ることないよ、そんなに待ってないしさ」
「……」
俯き込んでしまった涼くんの顔が全く見えない。
「涼くん? どうした?」
「僕のこと…嫌いになった…?」
「えっ、嫌いになんてならないよ」
「蛍ちゃんは他にたくさん友達いるのに…僕なんかと帰ってくれてるわけで…それなのに待たせるなんて…もう一緒に居たくないよね…嫌いになったよね…」
真っ黒で何も映ってない涼くんの眼は心の窓で、涼くんの心の中の禍々しい煮詰めたような闇が垣間見える。
涼くんはたまにたくさんの不安が溢れてしまう。
「涼くん、大丈夫だよ。大丈夫だから。私はこれからもこれまでもずっと涼くんが大好きだよ。不安になればいつでも聞けばいいし、何度でもいつでも私は涼くんが大好きなことちゃんと伝えるよ」
少しずつ涼くんの眼に私が映っていく。
「私は涼くんと一緒に帰りたいから帰ってるんだよ。私が涼くんを待たせちゃう時もあるしお互い様だよ」
「あ…蛍ちゃん…」
「うん。ここにいるよ。帰ろっか」
「じゃあ蛍ちゃん…ばいばい…」
「また明日ねー!」
《プルルルルル…プルルルルル…》
「…もしもし………え、」
「涼くーん! 私鍵を家の中に忘れたみたいでさー、誰もいなくて入れないからごめんけど涼くんの家お邪魔してもいい?」
「蛍ちゃん…僕今から行かないと…」
「あ、これから出掛ける?」
「総合病院…お母さんが交通事故で救急搬送されたって…」
「えぇ!?」
「さっきスマホに…病院から連絡あって…」
「早く行かないとじゃん! でも車は無いし…自転車か?」
「歩き…」
「へ!? 自転車ならまだしも徒歩だと結構距離あるよね」
「僕…自転車なくて」
「私の貸すよ!」
「僕…自転車乗れないんだ…」
「え!? えーと、えーと…あ、私のママチャリだから後ろ乗れるよ! 私が漕ぐから後ろ乗って!」
「蛍ちゃん、ごめんね…大丈夫?」
「だ、だいじょぶ…早く…院内入って…病室案内してもらいな…」
「…蛍ちゃんも一緒に来てくれない?」
「………え?」
病院への道のりは何故か坂道が多くて、涼くんは見かけによらず重かった。着いた時はもう脚がガクブルしてて息も上がって酸欠でクラクラしていた。
涼くんに頼まれて、肩を貸してもらいながら一緒に病室へ向かった。
病室前の椅子に座らせられるかと思いきや涼くんはそのまま私を連れて病室に入ろうとするので一応引き留める。
「涼くん、私はここで待機してた方がいいんじゃ…」
「……お母さんと二人きりなんていつぶりかな…蛍ちゃんも一緒に来てよ。友達だから手助けさせて欲しいって…私を信じるって決めてって…言ってたよね。嘘だったの?」
「ぐっ、涼くんかわいくない…」
「かわいくなくて結構だよ…」
確かにそうは言ったし全然良いのだけれど…何か、なんか…言い方よ…!!
涼くんと私は一緒に病室へ入りカーテンを開けると、ベットには涼くんのお母さんが横たわって眠っていた。頭に包帯を巻いて首と腕にギブスをし、顔にはガーゼが。酸素マスクが曇っていた。
「……」
一言も話さずただお母さんを見つめる涼くんからは、驚く程何の感情も見えなかった。
ここまで病院に来るまでも着いても病室までの道中も、涼くんはやけに冷静で、それもそれで大丈夫かと心配でたまらない。
確かに家が隣で涼くんの友達なのだけれど、涼くんのお母さんは家にいることが無く、お父さんはいないようなので涼くんの家族との面識は一切無い。やはり状況を整理してみると何だか私はこの病室の中で部外者感がある気がしてきたのでなるべく気配を消していたその時だった。
お母さんが目を覚ました。
「…お母さん、調子はどう?」
「………せっか、く…近頃顔を合わ、せず…忘れられてた、のに…でき、れば二度と…見たくなかっ、た…顔だわ…」
「……」
お母さんは出し辛そうな掠れた声で、酸素マスク越しに話した。だがしかしだ、まさかのドン引き発言に私は驚きつつも、何も言わずに立ち尽くす涼くんの感情はやはり見えない。強いて言うならば、どこか冷ややかなような…
そういえば薄々思ってたけど、なんだろう。どうしてか今の涼くんは背中がまっすぐで、いつものビクビクした様子がない。
「お母さん、僕のこと、好き?」
あれ、いつもの質問だ。
でもいつもと違うのは、俯くことも怯えることもない。ハキハキとまっすぐお母さんを見下ろして、問う。
「嫌い」
お母さんは先程のように掠れることなく、やけにハッキリと通った一言を放った。それは冷たく鋭く、狭い病室によく響き渡った。
パキッ、パキ…っと鼓膜に響く音。病室がじわじわと霜で覆われて、凍っていくようだ。
「はははっ」
その時、霜や凍りも涼くんの笑い声で全て消え去った。
全てを溶かすように。
私はこの時初めて涼くんの笑い声を聞いた。
溢れるように出た高めの笑い声が、静かな病室に響き渡った。
「知ってた。」
弱々しくも小さくもない、普通の声。呟くような一言と共に、初めて涼くんは普通に笑った。
普通の笑顔だった。
ふにゃふにゃもしていないし、引き攣って強張ってもいない。
涼くんの自然に溢れるような笑顔。
もしかしたら、私はこの時初めて涼くんの笑顔を見たのかもしれない。
唖然と瞬きを繰り返す私に、涼くんは構わず普通に話しかける。
「蛍ちゃん、ありがとうね。帰ろう」
「……ん? え、何? ふあ?」
「…」
涼くんはアホらしい返答をする私へニコッと爽やかな微笑みを向けて、静かに私の腕を引いて病室から一緒に出る。
混乱しながらも大人しくそれに従う。
「…ちゃん、蛍ちゃん聞いてる?」
「んあ? あ、ごめん。何?」
「大変そうだったし帰りは僕が自転車ひくから、歩いて帰ろう」
「あ、はい。そうですね…」
「なんで敬語?」
「いや…」
笑い声も初めて聞いたし…見たことない笑顔見て…あの爽やかな微笑みができるのももうわけわからんし
笑顔苦手ってなんぞや??
しかも一番の違和感はやっぱこれ!
背筋伸びてんなぁ 口調ハキハキしてんなぁ
こんな身長高かったっけ?
何だか急にしっかりしちゃってさぁ…
親戚の少年が久しぶりに会ったら青年になってて成長や変化を感じると言うかなんというか…そのくらいの変化が短時間に起こればそりゃ混乱もするよ
涼くんが普通すぎるのが逆におかしいと思うよ!?
自分では分からないものかな…
「? 蛍ちゃん、そこで突っ立って何してるの。早く帰ろう」
「あぁ、はいはい」
「今日は一緒に来てくれてありがとう。筋肉痛になったらごめんね」
「うん、全然おっけー…だいじょぶ…」
やっぱりムズムズするなぁ…やりづらい!!
「あ、やっぱ歩きじゃなくていいよ。行きは坂でも帰りは下りだし。私スピード出して坂下るの好きなんだ」
「そっか」
「蛍ちゃん、ありがとうね」
「どういたしまして〜今日ありがとうって言われんの何回目だろこれ、ちゃんと伝わってるよ」
「どうしても言いたくなるというか…」
「そう? なら好きにいくらでも言えばいいよ。私も感謝される分には気分いいしさ」
「…病室であんな空気感見させられることになっちゃっても引かないの蛍ちゃんくらいだよ」
「もしかして私ディスられてる?」
「違うよ! ありがとうってこと」
「ならいいけど〜 デカい下り坂来るよー!!」
「はーい…ってうわああああぁあああ!?!?!?」
「ひゃっふぅ〜!!!きもちぃーー!!」
「なになに!?下り坂怖い!!蛍ちゃんスピード落として!!!」
「ちょ、何ー!? 風で聞こえなーい!!」
「ねぇ蛍ちゃん!? わざとだよね!? 絶対聞こえてるよね!?」
「……」
「無視やめて!?!?」