ただの白昼夢

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9/27/2024, 12:40:12 PM

通り雨

教室の窓に触れる雨。

愛想笑いと退屈のハーモニーはあまりに息が詰まる。

宇宙は霧に覆われた

声に出そうとしてつっかえた言葉は、宙に浮いて雲になり、やがて雨になる。


細くて弱々しい猫を見つけた。そいつは重い瞬きを一つしてから、じっ…と静かにこちらを見つめてきた。
そんな静けさとは裏腹に眼から湧き出るオーラはゾクゾクした。

二度と会うことはなかった。

湿った土の匂いからは、なんとも言えない虫の味覚。

雨の囁き声から、窓を叩きつけるようになった雨粒は怒鳴り声となり俺を不快にさせた。

正門を出てすぐ、
ガキが水溜まりに飛び込んで跳ねた泥水が、斬るように頬に飛び込んできた。それは怒りと共にもったりと垂れてきたので、傘をなぶり続けると同時にものすごい速度で堕ちゆく怒声と共に流した。





雨で濁った川に餓鬼共がガキのランドセルを投げ入れた。
餓鬼共はひっくり返るような甲高い声を上げ、走り去っていった。それは上の橋にいる俺の耳を刺した。

ゆらゆらと流れるランドセルをガキはただただ観ている。

餓鬼共の声が聞こえなくなった頃、ランドセルはもうすぐ見えなくなる。

ガキは靴を脱ぎ、揃えて置いた。
沸々と、気持ちの悪い線香花火を炊いた香りがした。

ガキは川にそっと入り、どんどん歩く

水深腹あたりまで来た

とまる様子はない


置いてけぼりの傘と息を忘れて走る俺。



むせ返るような息遣いで首まで川水に浸かったガキのフードを掴んで川から出した。

抵抗も反応も何も無い

そいつをおぶって橋まで歩いた

直に当たる酷い怒声は俺を萎縮させようとするが、背中にある生ぬるい氷のような感触だけが俺を支配した。

下ろすとそいつは、静かに、もうランドセルは見えない川をじっ…と見つめた。

俺も川に目線に移してからまたそいつに戻した時にはこちらを見ていた。



怒声がよく聞こえるな


そいつはどこから持ってきたか分からない傘を俺に差し出した。

逃されないそいつの眼を見つめたから、
受け取った

怒声が通り過ぎて
急に晴れが顔を覗かせた。真っ白な強い日差しで宇宙が覆われた

「お兄さん、晴れましたよ。」

そいつはその一言残してどこかへいった












「あの眼に似てたな」

7/24/2024, 11:48:35 AM

椿咲いてツバキ散る。

僕の名前は咲幸。1人の家族がいる。現在38歳だ。
10歳の年、暖かく心地良い風が吹き、花々が満開に咲いていた春の日。闘病中の母は持病により、人生の幕を閉じた。そして父は、最愛の妻を失ったショックに耐えきれず、妻が死んだその日に、自らに手に加え自分も妻の元へと旅立った。
たった1人の息子の僕を残して。
母さんと父さんの葬式中、僕の身元引き受け先について親戚たちは大騒ぎしていた。
僕は両親に置いてかれた無力感に苛まれた。抜け殻のような生き物となってしまった。そのせいで僕は「気持ち悪い、うちから出て行け」などと言われ、親戚中をたらい回しにされた挙句、結局児童養護施設へ送られた。当時12歳だった。
児童養護施設に来た日は、冷たい風が頬を切るようにして吹いていた。雪が足元を掬おうとしてくる。
それでも一生真冬でいいのにと思った。春なんて来なければいい—。

児童養護施設に入ってから、専門家による心のケアだとか色々されたけれど、僕は相も変わらず抜け殻状態だった。
そんな中、元気のいい1人の男の子に出会った。
男の子
「俺、ツバキ!花の”椿”って漢字でツバキ!お前は?」
咲幸
「……」
ツバキ
「なんだ、だんまりかよー。無視はあんまりじゃねえか?」
咲幸
「……」
ツバキ
「まあいいよ、話したくないなら話したくなるまで話しかけ続けるまでだからな!」
咲幸
「……」

特に相手にしていなかった。どうせすぐ飽きるだろうと。

でも—そいつは飽きるどころか毎日毎日僕に会いにきては、僕に相手にもされてなくとも、1人でペラペラとずっと喋る。1時間ほど経つと、気が済んだのだろうか、「じゃあまた明日な!」と太陽みたいな笑顔で僕に手を振って、走って帰って行く。
そんな彼に、僕は無意識のうちに心を開き始めていた。

ツバキ
「やっほー名前教えてくれない奴!今日も来たぞ!」
咲幸
「…こんにちは?」
ツバキ
「…!!!!やっっと話したくなったか!4ヶ月毎日顔合わせといて初めて声聞いたわ!」
咲幸
「しつこかったんだよ…」
ツバキ
「それが俺の長所でもあり短所でもある!」
咲幸
「…そう」
ツバキ
「じゃあ自己紹介しようぜ!前も言ったけど俺はツバキ!花の”椿”って書いてツバキだ!12歳!4月生まれ!!好きなもんはピアノで嫌いなもんはガラスだ!」
咲幸
「…僕はさゆき。咲く幸せで咲幸。僕も12。」
ツバキ
「咲幸。咲幸か!縁起のいい名前だな!」
咲幸
「…名前だけはね。」
ツバキ
「へぇー。」
咲幸
「ツバキって変わってるよね。僕みたいな奴によく飽きもせず声かけ続けるよね。」
ツバキ
「なーんかしんみりしたオーラ出す幽霊みたいな奴だからさあ。笑ってくれねえかなって思って話しかけてみた!」

太陽みたいな笑顔に太陽みたいな性格…。。
ここにくる子達は辛い想いをした子ばかりだと思っていたけど—。

咲幸
「ふーん……ねえ、ツバキは。。どうしてここにいるの?」
ツバキ
「聞いちゃう?」
咲幸
「ごめん。無神経だった。」
ツバキ
「いや、いいんだけどさ、しんみりしたりすんなよ。」
咲幸
「分かった…」
ツバキ
「俺の父ちゃんは今檻ん中。母ちゃんは精神病んで病院。
俺が小1に上がったくらいだったかなー。
父ちゃんが母ちゃんを殴るようになったんだよ。
父ちゃんを止めよう、母ちゃんを守ろう、とは思った。けど成人男性に抗えるほどの力が自分にないことを知ってる。
俺は妹を第一に守るべきだと判断した。あ、俺2つ下の妹が1人いんだ。
んでまぁ父親だとしても頭が狂った奴だ、下手に出たら俺まで殴られる可能性も充分有り得る。
だから俺は精々毎回散々に殴られ蹴られ倒れてる母ちゃんに手当てするぐらいしかできなかった。
一応致命傷は与えないようにはしてるらしくてさ、母ちゃんが父ちゃんの暴行から死にそうになることはなかった。
けど父ちゃんは必ず毎日母ちゃんを殴り続けた。
それから2〜3年間、そんなこんなな日常で、父ちゃんとは顔すらろくに合わせることもなかったけど、家事は全部しっかりやってくれてた。学校にも普通に通ってた。妹の小学校入学式の日には、新品のランドセルが部屋に置いてあって、中身には学校に必要なものが全部揃ってた。
当たり前だけど一方母ちゃんは、毎日殴られ精神病んでまともに日常生活ができないまでの状態になった。だから俺がずっと介護してた。
常に妹と一緒に行動した。
殴られてるところなんてのをまともに見てたら俺も妹も父ちゃんみたく頭が狂うって思ったから、母ちゃんが殴られ始めたらさっさか妹連れて公園で行って、数時間したら帰るってサイクルだった。
警察にさっさと行けばよかったんだけどなぁ
元の優しくて面白い父ちゃんに戻ってくれるって信じて疑いたくなかったんだよ。
そんで、ある日妹が母ちゃんを殴ってる父ちゃんの様を目の当たりにして“父ちゃん、もうやめてよ”って震えながら言ったんだよ。
俺はその状況に混乱してた。
なんで急にそんなことを?どういうつもりなんだ?なぜお前が単体で行動してんだ?父ちゃんはどうするつもりだ?
そんな中父ちゃんが、のっそりと妹に向かって近づいて行ったんだ。妹が危機に直面してやっと、警察にすぐに行かなかったことを後悔した。この事態がどういうものなのかやっと理解できたって感じだったな。
妹の腕を引っ張ってそのまま担いで全速力で家から飛び出して逃げた。すぐに警察に行った。
そのまま父ちゃんは逮捕、母ちゃんは病院へと搬送された。
俺たちに駆け寄ってきた、知らない親戚の人に”もう大丈夫だからね。安心していいよ。”って抱きしめられた。
妹は泣きじゃくり出してから抱き締め返して、”怖かった、すごく怖かった”って。多分こいつなら上手くやれる。親戚に引き取られた場所で。
んで俺は、俺は〜…。。
何も感じなかったんだ。ああ全て終わったとか、怖かったとかよかったとか、全く思うことなくて、ただただ無だったな。
それからその親戚の人が、俺ら2人を引き取るって言った。
でも俺、妹のためにも、俺のためにも、お互い離れて暮らした方がいいと思ったんだよ。どうしてかはうまく言葉にできないけど。
妹には今まで子供らしく居られなかった分、幸せになれるといいなと思った。父ちゃん母ちゃんのことも、俺のことも、全て無かったことにして、幸せになって欲しかった。
んでまあ結局俺は自分の意思でここ、児童養護施設に行かせてもらうことになった。
きっとこっちの方が俺にとっての幸せだ。
うん。これで全部だ!」
咲幸
「…ツバキって随分とオープンな性格だね。」
ツバキ
「まあ俺的には特に隠すようなもんでもないしな。それでも誰彼構わず言ってるってわけではないぞ!」
咲幸
「あーはいはい。分かってるよ。」
ツバキ
「んでお前は?まあ聞き逃げしてくれてもいいけど。」
咲幸
「そんなつもりはないよ。僕は…母さんが持病で死んだ日に父さんが自殺した。親戚宅に引き取られることになったんだけど、ツバキも見たような抜け殻みたいな僕をみんな気味悪がって追い出して他の宅に押し付けてを繰り返されて、たらい回しにされた挙句、ここに送られた。」
ツバキ
「ふーん。シンプルな解説だな。俺が喋りすぎなのか?」
咲幸
「…ふーんて、それだけかよ。」
ツバキ
「これ以上に何かあるか?これそもそもが難しい話題だし何とも言えねえってのが本音だ。」

僕はまともに人と話したのは2年ぶりだ。
それなのに思ったよりもスラスラと喋れたのはきっと、相手がツバキだったからだと思う。
ツバキの家庭の話を聞いた直後、平静を保ったような一言を放ったが、だいぶ戸惑っていた。それだけ壮絶な過去がありながらもそんなにも明るくあれるツバキが正直よく分からなかった。なんなら僕よりツバキの過去の方が辛いものかもしれない。それなのに抜け殻のようになった僕とは大違いだ。

咲幸
「………。」
ツバキ
「どした?」
咲幸
「ツバキに比べたら僕のことなんてちっぽけなものかもしれないなとか思って…それなのに僕の方が抜け殻みたいにだなんて…」

僕らしくない。思ったとしても「どうした?」なんて言われて素直に口に出すようなこと、僕はしない奴だ。
ツバキ…恐るべしだな。。

ツバキ
「人の苦痛は比べるものじゃないぞ。なんてったって測りきれるものじゃねえんだからさ。辛いことがあったから辛いって想うんだろ?咲幸が憎いだとか悲しいだとか負の感情抱いたんなら、理由はそれで充分だろ。」
咲幸
「…うん…」
ツバキ
「…何があったかよりも何を想ったかだろ。」
咲幸
「…それは違くない?」
ツバキ
「あ?なんだとコノヤロウ」
咲幸
「ははははw」

笑ったのはいつぶりだろうかな。

—数日後
ツバキ
「だぁから!!ガラスのコップは割れちまうかもしれないからだめなんだって!」
咲幸
「いやプラスチックのコップは幼児用しかないから。」
ツバキ
「俺は幼児用コップ使うから咲幸は俺の分の飲み物まで持ってこなくていい」
咲幸
「何でそんなにガラスを警戒してるんだよ。いつも割れるなら、それはお前のモノの扱いが雑なだけなんじゃないのか?」
ツバキ
「違うしそんなことねえって!!窓ガラスを割った小3の時の担任の、元々ヤバい顔してんのにも関わらず、過去一怖かったあの時の顔を思い出しちまうんだよなあ。…冷や汗止まんねー」
咲幸
「なんだ、それトラウマじゃん。ツバキがトラウマになるような顔ってどんな顔なんだろう。」
ツバキ
「想像もつかない顔だよ。見たらきっと後悔するぞ。あれはもはや人間の顔じゃ無かった…」
咲幸
「それはもう人間じゃなかったんじゃない?なにか別の…」
ツバキ
「おいやめろよ!!俺が心霊系無理なの知っててやってるだろ!!」
咲幸
「あバレた?笑」
ツバキ
「咲幸ィーーー!!!逃げんなあああ!!」

—数週間後
咲幸
「ツバキにピアノって意外だよね」
ツバキ
「何が言いたいんだよ。弾けることが?好きなことが?」
咲幸
「どっちも。どちらかというとサッカーとかの方が好きそうな感じ。」
ツバキ
「完全偏見じゃねえか。意外とか言うなら俺の演奏お手並み拝見してみるか?」
咲幸
「望むところだよ」

ツバキはピアノ椅子に座り、そっと鍵盤に触れた。軽く、力強い音が一つ、響き渡った。と思ったら、
重く痺れる音を響かせ、異なる音を組み合わせて一つの音になっている。確かにそう聴こえるが、それぞれの音も聞こえてくる。きめ細やかな音を刻みながら、それぞれの音を際立たせる。
かと思ったら次は際立たせるのではなく異なる音がまるで元々一つで連なっているかのように滑らかに、軽やかでありつつ芯が重く質の良い音が鳴り響く。
音程も何もかもが完璧で、胸が高鳴り目が輝きながらも、とても心地よかった。
なんだこれ…見える…ピアノの演奏に合わせ、この日のために猛練習したダンスを気高く、会場の皆が同じ足音をならし踊っている貴族達が、煌びやかでありつつ気品のある装飾に包まれた城内が、見える。
ツバキの指ってこんなに細長かったんだな。
一本一本の指が自我があるかのように鍵盤の上を踊る。一本の指が1人のバレリーナみたいだ。
僕も鍵盤を押し、音を出してみたが、ツバキのようにはならなかった。
想像以上だった。いや、そんなものじゃない。ツバキには確実に才能がある。

—数ヶ月後
ツバキ
「おい言ったなお前!!」
咲幸
「あはははw」
幼児1
「おいツバキー!!おれとトラックで遊んでええー!」
ツバキ
「おーおー分かったから服引っ張っるな。あと顔擦り付けんな。ハナタレ小僧め、鼻水が付くのは御免だぞ。ほらちーん」
幼児1
「ちーん!」
ツバキ
「よくできましたー」
幼児2
「ねえねえツバキ!お父さん役やってえー」
ツバキ
「ほいほい順番こなー」

ツバキは割と面倒見が良く、人からも好かれやすい。ヤンチャながらも良し悪しの分別はしっかりとできる、周りからの人望も厚く、人懐っこい奴だ。


ツバキと僕は四六時中、毎日一緒に居た。ツバキはあまりにもうるさいから、一緒に居るとどうしてもツバキに気が行って、他のこと。…両親のことを、考える時間が無かった。
今思えばそんなツバキにとても救われていたなと思う。


—n年後
咲幸
「なあツバキ。俺らもう大学合格したし…それより成人するだろ。ツバキはこれからどうするつもり?」
ツバキ
「おう。なんだ?俺がここから出て行くと思うと寂しくなったのか?」
咲幸
「黙れ笑」
ツバキ
「そうだなー実は結構考えててさ、大学からも遠くないし、その他もいい条件のアパート見つけててな。」

だよな。ツバキのことならそうだろうと思った。何年もずっと一緒に過ごしてきた俺たちにもこういう時は来るよな…

咲幸
「ツバキ、あのさ。」
ツバキ
「なんだー?」
咲幸
「僕来週でここから出てくよ。」
ツバキ
「えっ?急だな。」
咲幸
「実は僕、もう亡くなってるおばあちゃんなんだけど、自分が過ごしてた思い出の家を僕にあげたいとのことで権利書をもらってたんだ。」
ツバキ
「そうだったのか…すげえいいじゃん!一軒家かよ、かっけえじゃん。」
咲幸
「どうも。それでなんだけど、ツバキさえよかったら、そこで僕と一緒に暮らさない?」
ツバキ
「本気か?お前はほんとに寂しがり屋だな…まあ俺今すげえテンション上がってるんだけどな!!ははは!そう言ってもらえるんなら喜んで住まわせてもらうぞ!」
咲幸
「ツバキならそう言うと思ったよ。家賃は無くとも家事は分担だからな。」
ツバキ
「あったぼうよー!」
咲幸
「…それと言っておくと、、上質なピアノもある」
ツバキ
「…!?すっげえ心躍ってキタァ!!!」

—一週間後:元おばあちゃん家の庭にて。
ツバキ
「うおっ、縁側ある!というか家自体もでかいけど庭もデカッ!?立派な桜の木もあんじゃん!?花きれーだなあ。春最高だな!」
咲幸
「この際言うと実は僕春嫌いなんだよね。」
ツバキ
「なんだよ、俺の生まれた季節なのに!咲幸って花粉症あったっけ?」
咲幸
「いや、母さんと父さんが死んだ日もこんな日だった。両親を1日にして失った。それでも世界はそんなの関係なく花々を咲き誇らせて今日も今日としてただ終わろうとしてる。嫌な現実突きつけられてるみたいだろ。」
ツバキ
「ふーん?現実突きつけてるんじゃなくて慰めてくれてんだよ。今日は自立した俺たちを祝福してくれてるんだろ。」
咲幸
「なっ、そんな無理くりな」
ツバキ
「いいんだよそれで。全てを咲幸のもんにしちまえ。”俺ら”のもんにしてくれてもいいけど?」
咲幸
「ツバキ、ちゃっかりしちゃってんなお前って奴はほんとにいつも…笑」

—n年後:今
ツバキ
「おい見ろよ!花買って来たんだよ!」
咲幸
「あんま無茶して出歩くなよ」
ツバキ
「分かってらー」
咲幸
「って、げっ!黒色の花?」
ツバキ
「綺麗だろーこれ椿の花なんだぞ」
咲幸
「…俺様だァ⭐︎って顔に書いてあるぞ。」
ツバキ
「ははははw黒い椿の花言葉は気取らない優雅さだってよ!俺にピッタリだろ!」
咲幸
「バカ言えw」
ツバキ
「なんだとコノヤロウ。咲幸からのお供えの花はこれにしてくれよな。」
咲幸
「了解。」

椿は32歳の時難病を患った。治療法は存在しない。死を待つしかできない。幸いなことにと言うべきか、特にどこかが痛むわけでも不自由になることもなく、この難病を患ってからは、5〜10年ほどで突如として眠るようにして寿命が尽きるというものだ。ツバキはもう末期だ。

ツバキ
「世界に名を残した天才ピアニストの人生もここまでかあー」
咲幸
「天才は早死にするもんなんだよ。潔く運命を受け入れろ。」
ツバキ
「おいおい照れるじゃねえか!珍しく褒めてくれんじゃん。そんな咲幸くんには特別に、そんな天才ピアニストの演奏をご清聴いただこうではないか。」
咲幸
「そりゃ光栄だ、世界の天才ピアニストの椿さん。」
ツバキ
「あったぼうよー!」

初めてツバキのピアノを聴いたあの日と全く同じだ。

懐かしい。
—ああ優雅だ。





ツバキ
「ご静聴ありがとうございました!」
咲幸
「こちらこそ。」
ツバキ
「なんだ咲幸ィw泣いてんのかよ!……自分の死を泣いてくれる人がいるのはシンプルにすげえことだし、心の友と生涯一緒にいられたのは嬉しいなあ。ま、婚期は逃したが笑」
咲幸
「僕の生涯も一緒にいろよ…」
ツバキ
「おう。ご希望であれば取り憑いてやらあw」

2人は涙を流し、背中をバシバシと叩き合いながら、最期の熱いハグをした。

ツバキ
「椿の花瓶はプラスチック製のを使ってくれよな。」
咲幸
「見栄えが悪いだろ。」
ツバキ
「ええっ〜…………心の友よ。首を長〜〜〜〜〜くして上で待っててやるから、精々長生きしやがれよ。」
咲幸
「当たり前だ。次にツバキに会う時には、お前はろくろっ首になってるだろうな。」
ツバキ
「なんか怖いからやめろよな…」
咲幸
「言い出したのはツバキだろうがw」
ツバキ
「…今までほんっっっとうにありがとう!じゃあまたな、兄弟。」
咲幸
「ああ。僕も、本当にありがとう。またな。親愛なる我が兄弟。」
ツバキ
「…………——————。」

ああ、少し前までの僕は、あんなにうるさいツバキがこんなに静かになる時が来るなんて思いもしなかっただろうな。そしてこんなに冷たくなるなんて…—。

ありがとう。ありがとうツバキ。

やはり春は僕から全てを奪って行く。そのくせ綺麗に花々を咲き誇らせ非情な現実を突きつけてくる。
ツバキをこの世に咲かせたのも、奪ったのも、春、お前か。
まあでも、僕の心で咲き誇るツバキは、慰めてくれてんだよとかなんとか言ってるから、そう思って僕らのものにしておこう。

インテリア担当と料理担当じゃないツバキ、いや、キッチン出禁のツバキは知らなかったかもしれないが、うちにはプラスチック製のものしかないんだ。安心しろよな。

咲幸
「…でもやっぱりプラスチック製の花瓶は見栄え悪いって。」


ツバキが買ってきた一輪の椿。漆黒だ。けれど、窓からの強い日差しに当たり、溌剌とした輝きをしている。笑っているような気がする。ある意味ツバキとそっくりかもな笑

“黒い椿の花言葉は気取らない優雅さだってよ!俺にピッタリだろ!”
優雅か…ははっw
一見優雅とはかけ離れた奴に見えるが、ツバキはどんな誰よりも優雅な奴だよ。はは笑…

咲幸
「…椿って意外と可愛い花だったんだな。—こんなに柔らかで繊細な花とは思わなかったよ。」

ツバキの顔を見る。

—散ってなんかいなかった。ツバキの顔には、いつもの太陽みたいな笑顔はなかったが、ツバキらしくなく、穏やかで、ツバキらしく、満足気で強気な笑顔だった。

春、つばきを咲かせてくれて、ありがとう。


椿咲いてツバキ笑った。


【花咲いて】

7/18/2024, 3:06:57 AM

【遠い日の記憶】

クローバーでいっぱいの細道を抜けると沢山の立派な紅葉の木に、柿色の葉が満開に広がる校庭。
気づけば心地よく風を切って走っていた。
肌に触れる風は涼しげでありながら、心の中はとても温かだった。
脚が前へ前へと先陣を切る。
不意にハッとして、人目を気にした。
でもあたりには誰もいない誰も見ていない。そう思った。いや、そう思うことにした。と言った方がいいのだろうか。
とても軽く、早く、走れる。
自分の体じゃ無いみたいだ。
体が動く動く。とても、とても。
息も乱れず、楽しく走る。
自然と顔に満開の笑顔が出来上がる。
咲き誇る暖色の紅葉が目に優しく、なんだか私を歓迎してくれているようで、居心地が良い。
走る先には、太陽がいた。紅葉の木から日差しがちらちら覗いている、木漏れ日だ。
真っ直ぐ行けば花壇にぶつかる。でも止まりたくない。—止まるわけないっしょ!!
心地よく走り続け、花壇をひょいっと一っ飛びで飛び越え、日に包み込まれた—
目が覚めた。
珍しく何年振りかにいい夢を見た。
悪夢をみない日なんて、ごく稀で。
いい夢なんて奇跡に値するもので。
リアルな感覚だった。気持ちが良かった。人生で一番心地良い瞬間だったと言えるだろう。

7/12/2024, 3:48:17 AM

【1件のLINE】

午前3時。1件のLINEが来た。
幼馴染の流花から。
内容は「神聖なる檻から逃げてきた」と、一言。

流花のお父さんはこの田舎町の神社の在住だ。
流花は8歳の頃から本格的に神社で働かされており、15歳現在も変わらず働かされ続けている。言い方によりなんとなく分かるとは思うが、流花の意思で働いてるわけじゃない。流花パパに強制されているのだ。
流花パパは流花に対しての執着心や依存心気味だものが猛烈に強い。その為束縛がかなり激しい。流花を絶対に逃がさないという強い意志を感じる。

2年前の中一の夏休みの最後、夏祭りに二人で行った時。その日は1日中流花の様子がおかしかった。
祭りからの帰路、2人で静かに歩いていると、急に横からポタポタと何か液体が垂れるような音が聞こえてきた。

「?ちょっと流花、水筒の水こぼれてんじゃ…!?」

流花は夕暮れを見つめながら息もせず静かに泣いていた。
そんな流花の横顔が、儚くて脆くて、掴んだら消えてしまいそうで、泣いてる流花にすぐに声をかけて抱き寄せてあげたりでもしてあげたいけれど、恐くて、…”下手に動けない”そんな想いが忘れられない。
その日初めて、流花が自分の話をした。
流花は自分の話を一切しない。強くて明るい、太陽みたいな笑顔をする麗しい子。
私はそんな流花の涙も、話も、細い体が冷たくなった小刻みな震えも、初めての光景だった。
家族の話、家の話、流花の想い、きっと誰かに話すのは初めてだっただろうけど、一生懸命話してくれたのを今でも昨日のことかのように覚えている。


流花ママは流花が4歳の頃に離婚して家を出た。
流花は流花ママ似の外見で、とても麗しい。小さい頃っきりだが、流花ママの美貌は今でも鮮明に頭に焼き付いている。

流花のことについて知っているのはこれだけだ。いつでもどこでも一緒で、10年来の親友の私にも、流花から自分の話をしてくれたのはあの日の夏祭りの帰路以来二度と無かった。

そして「神聖なる檻」というのはきっと、流花の家の神社と流花パパの束縛を表しているのだろう。
そこから逃げたということは、言わば家出だろう。
「い、ま、ど、こ、に、い、る、の、?、送信っと…。」
親友の力になってやりたい。できる限り手助けしようと思う。
「学校近くのいつもの公園」
流花からLINEが届いた。パジャマから着替えて、バックに色んなものを詰め込んで家をそっと飛び出し、公園へと自転車を走らせた。

 私「流花」
流花「あっ来てくれちゃったの!?あの後来なくていいからねって送ったのに既読付かなかったから寝たかと思ったよー!」
 私「失礼な。私が流花の危機に無視して駆けつけない奴に見える?流花は私のたった一人の親友で幼馴染なんだから」
流花「…そっか笑」
 私「…で、これからどうするつもり?」
流花「ちょっと遠いところに私の母方のおばあちゃん家があるって言ったの覚えてる?」
 私「あーうん、なんか言ってたね。」
流花「覚えてくれてたらならよかった!そこに私のママが住んでるの!お父さんも知らないところにあるって小さい頃にママに聞いた!地図ももらってるの!これ!」
 私「行く宛はあるのね、了解。私の自転車後ろ乗って。ナビは任せた。」
流花「ありがとう!安心して任せてよね!」

流花は自転車が乗れない以前に買うことが許されない。これも流花パパの理不尽な束縛の一つだ。
私が思うに行動範囲を狭める為だと思う。というかこれくらいしか私の脳みそでは思いつかない。
でもこんな田舎は自転車もないとなると本当にどこにも行けない。学校と公園にやっとの思いで着くくらいだ。言ってしまえば完全どこにも行かせないようにしているようだ。
何故そうする必要があるのかまでは分からないけど。

と、まあだからいつも徒歩で行ける公園かお互いの家くらいでしか遊ばないようにしている。
私も流花を後ろに乗せて走れば比較的遠くにも行けるし、近場にも早く付けるだろうが、そうする度に酷い筋肉痛になるから極力控えている。

こんな田舎町に逃げるところなんてない。
だから逃げるには駅を超えなきゃいけない。駅まで行くには自転車でも時間がかかる。
自転車を持ってきて正解だった。






流花「着いたー!!ありがとね!」
 私「ゼェハァ…ぜぇ、ハァ、うっ、…」

とても大きい敷地に広々とした庭があり、そこにはテラスと大きな邸が立っていた。全てがアンティーク調のものだ。

流花「お疲れ様〜!…ねえ…息切れやばくない!?大丈夫じゃないね!?えどうしよ!?どうしたらいい!?水飲みな!?これ!あ、これはなっちゃんだ、えっとこれもちがくてこれも、」
 私「ちょ、落ち着けって…ふぅ…もう大丈夫。」
流花「あ、そう?ならいいんだけど。じゃあ行こ!」
 私「切り替え鬼かよ」

ザッザッザッ……〕



ピーンポーン〕

??「はい。」
流花「ママ!!私だよ!」



ガチャッ キィーー—〕

ルカママ「…花愛?花愛なの?」

…?

流花「そうだよ!久しぶりだね!」

え?

ルカママ「こんなに大きくなって…!!!寂しかったよね、ごめんね…」
流花「パパがいる限り会いたくても会えないって分かってるから」

感動の再会のハグをしている中申し訳ないけど、花愛って何?誰?

ルカママ「あら…後ろの子はもしかして…」
流花「流花だよ!」

どういうこと?私のことを流花って…何言ってるの?だって流花はあなたじゃ—

ルカママ「流花ちゃん!!久しぶりね。花愛と一緒にきてくれたのかしら。あらもうどうしましょうか…とりあえず話は中でしましょう、2人とも上がっておいで。」

—ないの?

ルカママ「?早く入っておいで。」
流花「…行こう」

キィーー— バタンッ〕

ルカママ「とりあえず座って…2人ともどうしたの?そんな険悪な顔しちゃって…」
流花「流花に…ママにも…話してない、話さなきゃいけないことがある。長くなるけどちゃんと聞いてほしい。」
 私「…分かった。」
ルカママ「…ちゃんと聞くわ。」
流花「まず前提として流花に言わせて。後で一から説明するから。あなたの名前は流花なんだ。」
 私「違う…私は、私は、…か、、か…?」

あれ…私の名前って、なんだっけ?
ゾワッ〕
なんで分からない?どうして?どういうこと?こんなのって、こんなのってまるで—

流花「記憶障害。」
 私「あ…」
流花「私の名前は花愛。
とある日に流花は交通事故にあって、後遺症として記憶障害を患ったんだ。
あなたは記憶障害治療をした。それで少し改善されたところもあるんだ。だけどそれでも治らなかった記憶障害は、自分自身の名前が覚えられないのと、過去のエピソードの記憶が部分的に無くなるっていうもの。
私”るか”っていう響きも好きだったけど、初めて流れる花って書いて”流花”って知った時とても感化された。澄んだ青色が咲いている。そんな印象を受けて、とても綺麗で素敵な名前だなと思った。そして何よりも誰よりもこの名前はあなたが一番ぴったりだなと思った。
あなたが忘れたとしても私が覚えていればいい。そう思うようにした。でも流花っていう素敵な名前が流花、あなたなんだっていうのを忘れて欲しくなかった。
でもそうはいかない。独りよがりで自己中な私の願いだった。それでも諦められなかった。
だからと言ってはなんだけど、あなたが自分の名前を覚えられないなら、せめて流花って名前だけでも忘れないようにと思って、私の名前として覚えてもらった。
滅茶苦茶で混乱するよね。本当に、本当にごめんなさい。」

あー、だからかな?
なんで今更気付くかな。私の記憶の中でも流花に、いや、花愛に、私の名前一度も呼ばれたことないや。

 私「……分かった。全然分かってないけど分かった。今はもっと私の知らない事実ってものを早く知りたい。」
花愛「うん。中1の夏休み最終日、街外れに大きな夏祭りがあって、祭りが終わって帰っていた道中、
その時期私はお父さんのことについてとても思い詰めていて、突如そのタイミングで耐えかねなくなって、
流花が隣に居るにも関わらず気付けば泣き出してた。
それから私は確か、”実は…パパの家に代々続く血筋に関する言い伝えが色々あるらしくて、パパはおばあちゃんからの教育で、子供の頃からその言い伝えに対し熱狂的信者の様子なんだよね。
私も小さい頃から今でも、パパからその言い伝えに関して教育を受けてる。けど、非現実的すぎて、何が何だかちんぷんかんぷんなんだけどね。
それで話は戻ると、私が物心つく、きっと3歳くらいの頃から何を思ったのか、私に特別な力があると信じて疑わないようになって、そんな私の〈力〉ってものに執着してて…それのせいでパパとママとのすれ違いが激しく起こって、私が4歳の頃、2人は離婚したんだって。
毎日お父さんに意味のわからない部屋に閉じ込められて、何時間も延々と解放されず立ちっぱなしで、ぶつぶつ崇められて。もう意味がわからない、怖いよ、嫌だよ…”ってことを流花聞いてもらったんだ。だんだん涙も収まって、流花に背中をさすられながらまた帰り道を歩き始めた。
街外れのそこは車通りが多くて、私たちの住んでる街と違って横断歩道もあった。私達は赤信号で止まっていた。
でも交通の怖さも知らず、私は横断歩道のギリギリの目の前に立っていた。そして、慣れない遠出と人混みの疲れが出て、力が抜けて少しふらついただけで横断歩道を飛び出してしまった。
その時にはもう目の前に軽トラックが居て、息が止まったかの様な表情をした、運転手さんと目が合って、もうダメだ。と全てを悟った瞬間、
後ろから歩道へとものすごい勢いで引っ張り飛ばされた。
次の瞬間に流花は私を歩道へ引っ張り飛ばした勢いで、そのまま私の代わりとなって横断歩道へ出てしまい、1秒の間もなく軽トラックに道路で轢き飛ばされた。
私は打撲、流花は重体だった。けれど一命を取り留めて、そこからは順調に回復していった。
さっき言ったように、記憶障害という一つの後遺症を残して。それからは—


あの夏祭りの日、花愛が私に話してくれた内容、覚えてなかったな、私。
“自分のことについて話してくれた”それだけだった。
あの夏祭りの日、私は死にかけたんだ。
そうなんだ、全部そういうことだったの?
脳裏で色々なことを不思議に思ってたの、私だけ…?

私の知ってる記憶と違う。知らないことだらけの現実を付けつけられて受け止められない。
なんだ、あれ。私、本当に記憶障害なんだ。

あれ?…じゃあ流花は自分のことを話さない子なんじゃなくて、話してるのに…話しても話しても…全部私が忘れてるだけ?


なんて残酷なことだろう。ごちゃ混ぜの感情が絡まってゆく。

花愛「って、感じなんだ…。流花、急にこんなこと言われてすぐ受け入れられるはずがないよね。ごめんね、ゆっくり、ゆっくりでいいから。」

流花「ちょっと待って…花愛、あんたは私に花愛パパの事打ち明けてくれたのに、唯一どうにかできる望みのある私が忘れたばっかりに、いまだに苦しみ続けてるの?」

嘘でしょ、こんなの…”親友の力になってやりたい”なんて言って…悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔し
花愛「そっちこそ待ってよ!!」
流花「え、?」
花愛「流花のせいみたいな言い方しないでよ。そんなんじゃない。元々私のせいで流花を命の危険に晒して、記憶障害を患うことになっ」
流花「ちょっと、もういい。分かった。どうしようもないことなんだね。聞いてらんないわ。あんたのせいじゃないでしょ。」
花愛「だから流花のせいじゃないでしょ!!」
流花「分かった分かった、誰も悪くない。これでいいね。」
カアイママ「花愛、そろそろ時間じゃない?」
花愛「えっ?あっほんとだ!?じゃあ庭で2人で遊んでこようかな!流花!早く行くよ!」
流花「え?なに?急展開だな…」

タッタッタッタッ〕

花愛「ふー!!庭の人工芝最高!!ふわふわ!!流花はどう!?」
流花「…うん気持ちいいよ。ただ…流花って呼ばれるのが慣れない。」
花愛「あはは笑だろうね!」
花愛「…ねえ聞いてよ、流花っていう花を愛すのが私、花愛なんじゃないかなと思って。」
流花「へぇ。」
花愛,流花「…」
花愛「ねえちょっと塩対応にも程があるくない!?」
流花「いや、本当になんともロマンティックな奴だなと思って。」
花愛「なにそれー!!からかってるでしょ!?」
流花「あはは笑」
花愛「ふふ笑……実は夏祭りの帰りの日は〈力〉なんてよく分からない、パパがおかしい、なんて言ったけど、実は本当にこんな不思議な力があったみたいなの。ふふ。」
流花「え?なに?こんな力って、どういうこと?」
花愛「忘れないといいな。。またね!。」
流花「え、?だから何が?—

——ハッ!!ここは…ベットの上?

ピコンッ〕

午前3時。1件のLINEが届いた。
幼馴染の流花から。
内容は「神聖なる檻から逃げてきた」と、一言。

え?これってさっきの…夢、?
現実になってるってこと、なの?
(こんな不思議な力があったみたいなの。)って、。。。



(忘れないといいな)花愛のあの一言…
私の記憶の限りには、正確なタイムリミットがあるわけでもない、から、忘れないように夢の全てのことを書こう。

よし、できた。今、ただ忘れないように、覚えているうちに、早く花愛の所に行こう。
たった1人の親友兼幼馴染を救う為に。

覚悟はできた。

7/11/2024, 4:45:28 AM

【目が覚めると】


早朝にいつもの土手に行き、寝そべって気づいた時には眠っていた。そして目が覚めると、そこは宇宙だった__

僕の視界に一目散に飛び込んできた立派な木の枝枝に、柿色の紅葉が満開で空が見えない。
葉が心地良い風に乗って、ひらひらと瞼の上に飛んでくる。
紅葉を乗せてすーっと時折通り過ぎてゆく風は、涼やかな温度で僕を暖かく包み込むように、ふんわり肌に触れてくる。
その心地よさに自然と瞼を瞑らされる。
肺にたっぷり空気を吸い込む。
風の、空気の匂いだけがする。
葉と葉が触れ合う音がサァーっと過ぎ去るように聴こえてくる。

ふわふわとした地面を見てみると、一面が紅葉の葉で重なり埋め尽くされていた。山吹色の葉も混じり混じりまるでふかふかの布団のように積もっている。

そっと立ち上がると

鳥居が目の前に立ちすくんでいる。笠木と貫と楔と柱、それだけで作られた至ってシンプルな鳥居だ。だが、お地蔵さんと同じ肌質と肌色をしている鳥居だ。苔が所々にしがみ付いていて、なんだか”時の止まった鳥居。”そんな表現が一番相応しい鳥居だ。静かで少しばかり寂しさを感じさせる鳥居だなと思った。
こんな白昼夢のような光景にただただ一人呆けていると、腰あたりに軽く、柔らかく、暖かい、何かが何かを打ちつけてきた。
僕はこの感覚を知っている—
「ねこ?」
「 にゃーん。」
そう言って振り向くと、目を少し細めて口角を綺麗に上げながら、小さく響くあどけない返事が返ってきた。
さっきの感覚は、猫が頭を擦り付けてきた感覚だ。
僕はその猫を見た瞬間、目を見開いて息を呑んだ。
とても綺麗だ。
艶々とした煌めく短毛の真っ白な猫だ。はっきりと輝く黄金のような黄色の眼。深く透明で、繊細な猫の眼。
そんな瞳はしっかりと真っ直ぐに僕の眼を見ていた。
長く華奢な尻尾は根元から力強く、毛先にかけてふんわり、直角で一直線に上がっている。
大分人慣れしているようだ。野良猫には感じさせない余裕や気高さと、穏やかさも感じる。誰かに世話をされているのだろう。そして、それもとてもとても手をかけてもらっているのだろう。
勿論元の顔立ちも、顔は小さく目は大きめで、鼻は小さくほんのり桜色に色づいていて、
口元は柔らかく美しい印象を与え、耳が薄くて、透き通った桜色が愛らしい。
髭が柔らかく、同時に力強くはっきりと艶やかに生えている。
白い目元の光り輝く毛が、睫毛のようにぶわっと隙間なく綺麗な形で長く、生えている。そしてスタイルが抜群。本当に。
とてつもなく美しく、バランスの取れたビジュアルをしているが、
何よりも毛並みや清潔感、全身何から何までの隅々が、どこの、どんな飼い猫をも勝る綺麗さだ。それが美しい顔立ちをより引き立て、全体的にたおやかな印象を与える。この猫を一目見ただけで世話をしている人がとても几帳面な人であり、この猫に対して溢れる丁寧な愛を持つことがひしひしと伝わってくる。
そんな猫の首に首飾りを見つけた。
どうやらちゃんと飼い猫のようだ。
小ぶりで和風なシンプルデザインでありつつ、繊細なデザインだ。小さい鈴が付いていて、それは静かに揺れ、ちらちら”チリ、チリン”と囀りのような音が聴こえてくる。
小さな手足とすらっと長い脚で、お淑やかに僕の周りをくるくる回り歩きながら、目を細めつつ頬をふんわり擦り付ける度、ちらっとまた真っ直ぐな瞳で僕の眼を見つめてくる。
そんなことを繰り返ししている間にも僕は全く猫に触れることはできなかった。僕からこんなにも綺麗な子に触れるのはいけない気がして。そんなこんなで変わらず繰り返して、少し経ってから、
猫は僕の目の前に静かに座り、すっと尻尾を身体に沿わせ、ゆっくり顔を上げてまた真っ直ぐと力強く僕の眼を見つめた。そんな美しくたおやかな動作を前に、僕は背筋がしゃんとし、座り込んで正座になり、こちらも猫の瞳を見つめた。すると猫はどこかいたずらな表情をし、すっと立ち上がり上がった尻尾を満足気にゆらっと揺らして、真っ直ぐ進んで鳥居を潜った。そしてたおやかに歩き進みながら、こちらをちらりとも見ずに、
「にゃ〜ん」
と、一言残し、何処かへ行った。
もう少しばかりあの猫と一緒にいたかったなぁ。飼い主にも会ってみたかったなぁ。と思いつつも、自然と鳥居を潜る気は微塵もなかった。
そうしているうちに直ぐ、“そろそろだ”僕の直感がそう言っていた。それからの記憶は曖昧だ。

また目が覚めて、気がついたらそこはいつもの土手だった__





内容の薄いような濃いような…長いような短いような…そんな夢だったな。



よくできたリアルな、不思議な夢だった。


そして、___

これまでに感じたことのないほど、とても心地良かった。






「…」



「にゃーん」
…!?

後ろから聞こえた気がしたが、振り向いたところには何もいなかった。

壮大に、青い原っぱが広がる土手。何もない。


サァー…

相も変わらず今日も、この土手に広がる原っぱは、風に撫でられるようにして一方向に靡いている。

いつもと違うものと言ったら、不思議な白昼夢からの僕の感情の揺れ。





「……気のせいか」



ザッザッザッザッザッ……………______






チリ、チリン

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