【1件のLINE】
午前3時。1件のLINEが来た。
幼馴染の流花から。
内容は「神聖なる檻から逃げてきた」と、一言。
流花のお父さんはこの田舎町の神社の在住だ。
流花は8歳の頃から本格的に神社で働かされており、15歳現在も変わらず働かされ続けている。言い方によりなんとなく分かるとは思うが、流花の意思で働いてるわけじゃない。流花パパに強制されているのだ。
流花パパは流花に対しての執着心や依存心気味だものが猛烈に強い。その為束縛がかなり激しい。流花を絶対に逃がさないという強い意志を感じる。
2年前の中一の夏休みの最後、夏祭りに二人で行った時。その日は1日中流花の様子がおかしかった。
祭りからの帰路、2人で静かに歩いていると、急に横からポタポタと何か液体が垂れるような音が聞こえてきた。
「?ちょっと流花、水筒の水こぼれてんじゃ…!?」
流花は夕暮れを見つめながら息もせず静かに泣いていた。
そんな流花の横顔が、儚くて脆くて、掴んだら消えてしまいそうで、泣いてる流花にすぐに声をかけて抱き寄せてあげたりでもしてあげたいけれど、恐くて、…”下手に動けない”そんな想いが忘れられない。
その日初めて、流花が自分の話をした。
流花は自分の話を一切しない。強くて明るい、太陽みたいな笑顔をする麗しい子。
私はそんな流花の涙も、話も、細い体が冷たくなった小刻みな震えも、初めての光景だった。
家族の話、家の話、流花の想い、きっと誰かに話すのは初めてだっただろうけど、一生懸命話してくれたのを今でも昨日のことかのように覚えている。
流花ママは流花が4歳の頃に離婚して家を出た。
流花は流花ママ似の外見で、とても麗しい。小さい頃っきりだが、流花ママの美貌は今でも鮮明に頭に焼き付いている。
流花のことについて知っているのはこれだけだ。いつでもどこでも一緒で、10年来の親友の私にも、流花から自分の話をしてくれたのはあの日の夏祭りの帰路以来二度と無かった。
そして「神聖なる檻」というのはきっと、流花の家の神社と流花パパの束縛を表しているのだろう。
そこから逃げたということは、言わば家出だろう。
「い、ま、ど、こ、に、い、る、の、?、送信っと…。」
親友の力になってやりたい。できる限り手助けしようと思う。
「学校近くのいつもの公園」
流花からLINEが届いた。パジャマから着替えて、バックに色んなものを詰め込んで家をそっと飛び出し、公園へと自転車を走らせた。
私「流花」
流花「あっ来てくれちゃったの!?あの後来なくていいからねって送ったのに既読付かなかったから寝たかと思ったよー!」
私「失礼な。私が流花の危機に無視して駆けつけない奴に見える?流花は私のたった一人の親友で幼馴染なんだから」
流花「…そっか笑」
私「…で、これからどうするつもり?」
流花「ちょっと遠いところに私の母方のおばあちゃん家があるって言ったの覚えてる?」
私「あーうん、なんか言ってたね。」
流花「覚えてくれてたらならよかった!そこに私のママが住んでるの!お父さんも知らないところにあるって小さい頃にママに聞いた!地図ももらってるの!これ!」
私「行く宛はあるのね、了解。私の自転車後ろ乗って。ナビは任せた。」
流花「ありがとう!安心して任せてよね!」
流花は自転車が乗れない以前に買うことが許されない。これも流花パパの理不尽な束縛の一つだ。
私が思うに行動範囲を狭める為だと思う。というかこれくらいしか私の脳みそでは思いつかない。
でもこんな田舎は自転車もないとなると本当にどこにも行けない。学校と公園にやっとの思いで着くくらいだ。言ってしまえば完全どこにも行かせないようにしているようだ。
何故そうする必要があるのかまでは分からないけど。
と、まあだからいつも徒歩で行ける公園かお互いの家くらいでしか遊ばないようにしている。
私も流花を後ろに乗せて走れば比較的遠くにも行けるし、近場にも早く付けるだろうが、そうする度に酷い筋肉痛になるから極力控えている。
こんな田舎町に逃げるところなんてない。
だから逃げるには駅を超えなきゃいけない。駅まで行くには自転車でも時間がかかる。
自転車を持ってきて正解だった。
流花「着いたー!!ありがとね!」
私「ゼェハァ…ぜぇ、ハァ、うっ、…」
とても大きい敷地に広々とした庭があり、そこにはテラスと大きな邸が立っていた。全てがアンティーク調のものだ。
流花「お疲れ様〜!…ねえ…息切れやばくない!?大丈夫じゃないね!?えどうしよ!?どうしたらいい!?水飲みな!?これ!あ、これはなっちゃんだ、えっとこれもちがくてこれも、」
私「ちょ、落ち着けって…ふぅ…もう大丈夫。」
流花「あ、そう?ならいいんだけど。じゃあ行こ!」
私「切り替え鬼かよ」
ザッザッザッ……〕
ピーンポーン〕
??「はい。」
流花「ママ!!私だよ!」
ガチャッ キィーー—〕
ルカママ「…花愛?花愛なの?」
…?
流花「そうだよ!久しぶりだね!」
え?
ルカママ「こんなに大きくなって…!!!寂しかったよね、ごめんね…」
流花「パパがいる限り会いたくても会えないって分かってるから」
感動の再会のハグをしている中申し訳ないけど、花愛って何?誰?
ルカママ「あら…後ろの子はもしかして…」
流花「流花だよ!」
どういうこと?私のことを流花って…何言ってるの?だって流花はあなたじゃ—
ルカママ「流花ちゃん!!久しぶりね。花愛と一緒にきてくれたのかしら。あらもうどうしましょうか…とりあえず話は中でしましょう、2人とも上がっておいで。」
—ないの?
ルカママ「?早く入っておいで。」
流花「…行こう」
キィーー— バタンッ〕
ルカママ「とりあえず座って…2人ともどうしたの?そんな険悪な顔しちゃって…」
流花「流花に…ママにも…話してない、話さなきゃいけないことがある。長くなるけどちゃんと聞いてほしい。」
私「…分かった。」
ルカママ「…ちゃんと聞くわ。」
流花「まず前提として流花に言わせて。後で一から説明するから。あなたの名前は流花なんだ。」
私「違う…私は、私は、…か、、か…?」
あれ…私の名前って、なんだっけ?
ゾワッ〕
なんで分からない?どうして?どういうこと?こんなのって、こんなのってまるで—
流花「記憶障害。」
私「あ…」
流花「私の名前は花愛。
とある日に流花は交通事故にあって、後遺症として記憶障害を患ったんだ。
あなたは記憶障害治療をした。それで少し改善されたところもあるんだ。だけどそれでも治らなかった記憶障害は、自分自身の名前が覚えられないのと、過去のエピソードの記憶が部分的に無くなるっていうもの。
私”るか”っていう響きも好きだったけど、初めて流れる花って書いて”流花”って知った時とても感化された。澄んだ青色が咲いている。そんな印象を受けて、とても綺麗で素敵な名前だなと思った。そして何よりも誰よりもこの名前はあなたが一番ぴったりだなと思った。
あなたが忘れたとしても私が覚えていればいい。そう思うようにした。でも流花っていう素敵な名前が流花、あなたなんだっていうのを忘れて欲しくなかった。
でもそうはいかない。独りよがりで自己中な私の願いだった。それでも諦められなかった。
だからと言ってはなんだけど、あなたが自分の名前を覚えられないなら、せめて流花って名前だけでも忘れないようにと思って、私の名前として覚えてもらった。
滅茶苦茶で混乱するよね。本当に、本当にごめんなさい。」
あー、だからかな?
なんで今更気付くかな。私の記憶の中でも流花に、いや、花愛に、私の名前一度も呼ばれたことないや。
私「……分かった。全然分かってないけど分かった。今はもっと私の知らない事実ってものを早く知りたい。」
花愛「うん。中1の夏休み最終日、街外れに大きな夏祭りがあって、祭りが終わって帰っていた道中、
その時期私はお父さんのことについてとても思い詰めていて、突如そのタイミングで耐えかねなくなって、
流花が隣に居るにも関わらず気付けば泣き出してた。
それから私は確か、”実は…パパの家に代々続く血筋に関する言い伝えが色々あるらしくて、パパはおばあちゃんからの教育で、子供の頃からその言い伝えに対し熱狂的信者の様子なんだよね。
私も小さい頃から今でも、パパからその言い伝えに関して教育を受けてる。けど、非現実的すぎて、何が何だかちんぷんかんぷんなんだけどね。
それで話は戻ると、私が物心つく、きっと3歳くらいの頃から何を思ったのか、私に特別な力があると信じて疑わないようになって、そんな私の〈力〉ってものに執着してて…それのせいでパパとママとのすれ違いが激しく起こって、私が4歳の頃、2人は離婚したんだって。
毎日お父さんに意味のわからない部屋に閉じ込められて、何時間も延々と解放されず立ちっぱなしで、ぶつぶつ崇められて。もう意味がわからない、怖いよ、嫌だよ…”ってことを流花聞いてもらったんだ。だんだん涙も収まって、流花に背中をさすられながらまた帰り道を歩き始めた。
街外れのそこは車通りが多くて、私たちの住んでる街と違って横断歩道もあった。私達は赤信号で止まっていた。
でも交通の怖さも知らず、私は横断歩道のギリギリの目の前に立っていた。そして、慣れない遠出と人混みの疲れが出て、力が抜けて少しふらついただけで横断歩道を飛び出してしまった。
その時にはもう目の前に軽トラックが居て、息が止まったかの様な表情をした、運転手さんと目が合って、もうダメだ。と全てを悟った瞬間、
後ろから歩道へとものすごい勢いで引っ張り飛ばされた。
次の瞬間に流花は私を歩道へ引っ張り飛ばした勢いで、そのまま私の代わりとなって横断歩道へ出てしまい、1秒の間もなく軽トラックに道路で轢き飛ばされた。
私は打撲、流花は重体だった。けれど一命を取り留めて、そこからは順調に回復していった。
さっき言ったように、記憶障害という一つの後遺症を残して。それからは—
あの夏祭りの日、花愛が私に話してくれた内容、覚えてなかったな、私。
“自分のことについて話してくれた”それだけだった。
あの夏祭りの日、私は死にかけたんだ。
そうなんだ、全部そういうことだったの?
脳裏で色々なことを不思議に思ってたの、私だけ…?
私の知ってる記憶と違う。知らないことだらけの現実を付けつけられて受け止められない。
なんだ、あれ。私、本当に記憶障害なんだ。
あれ?…じゃあ流花は自分のことを話さない子なんじゃなくて、話してるのに…話しても話しても…全部私が忘れてるだけ?
なんて残酷なことだろう。ごちゃ混ぜの感情が絡まってゆく。
花愛「って、感じなんだ…。流花、急にこんなこと言われてすぐ受け入れられるはずがないよね。ごめんね、ゆっくり、ゆっくりでいいから。」
流花「ちょっと待って…花愛、あんたは私に花愛パパの事打ち明けてくれたのに、唯一どうにかできる望みのある私が忘れたばっかりに、いまだに苦しみ続けてるの?」
嘘でしょ、こんなの…”親友の力になってやりたい”なんて言って…悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔し
花愛「そっちこそ待ってよ!!」
流花「え、?」
花愛「流花のせいみたいな言い方しないでよ。そんなんじゃない。元々私のせいで流花を命の危険に晒して、記憶障害を患うことになっ」
流花「ちょっと、もういい。分かった。どうしようもないことなんだね。聞いてらんないわ。あんたのせいじゃないでしょ。」
花愛「だから流花のせいじゃないでしょ!!」
流花「分かった分かった、誰も悪くない。これでいいね。」
カアイママ「花愛、そろそろ時間じゃない?」
花愛「えっ?あっほんとだ!?じゃあ庭で2人で遊んでこようかな!流花!早く行くよ!」
流花「え?なに?急展開だな…」
タッタッタッタッ〕
花愛「ふー!!庭の人工芝最高!!ふわふわ!!流花はどう!?」
流花「…うん気持ちいいよ。ただ…流花って呼ばれるのが慣れない。」
花愛「あはは笑だろうね!」
花愛「…ねえ聞いてよ、流花っていう花を愛すのが私、花愛なんじゃないかなと思って。」
流花「へぇ。」
花愛,流花「…」
花愛「ねえちょっと塩対応にも程があるくない!?」
流花「いや、本当になんともロマンティックな奴だなと思って。」
花愛「なにそれー!!からかってるでしょ!?」
流花「あはは笑」
花愛「ふふ笑……実は夏祭りの帰りの日は〈力〉なんてよく分からない、パパがおかしい、なんて言ったけど、実は本当にこんな不思議な力があったみたいなの。ふふ。」
流花「え?なに?こんな力って、どういうこと?」
花愛「忘れないといいな。。またね!。」
流花「え、?だから何が?—
——ハッ!!ここは…ベットの上?
ピコンッ〕
午前3時。1件のLINEが届いた。
幼馴染の流花から。
内容は「神聖なる檻から逃げてきた」と、一言。
え?これってさっきの…夢、?
現実になってるってこと、なの?
(こんな不思議な力があったみたいなの。)って、。。。
…
(忘れないといいな)花愛のあの一言…
私の記憶の限りには、正確なタイムリミットがあるわけでもない、から、忘れないように夢の全てのことを書こう。
よし、できた。今、ただ忘れないように、覚えているうちに、早く花愛の所に行こう。
たった1人の親友兼幼馴染を救う為に。
覚悟はできた。
7/12/2024, 3:48:17 AM