村人ABCが世界を救うまで

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5/17/2026, 2:20:38 AM

明け方に熱が上がってきた。
何度か汗を拭い、彼女がやっとこちらを向く。
「あれ…なんでここに私いる」
「自分で帰ってきましたよ貴方」
そうだっけ…と荒い呼吸の中、朦朧とした目が彷徨う。
「部屋明るくしますか」
いい、と首が動く。上半身を支えて水を与えるが上手に飲めないらしい。声もかすれている。
支えているうちに下半身に湿り気を感じた。
彼女も違和感というか不快感に気づいたらしい。
「く、そ。アイツら…」
忌々しげにこの部屋にいない男達を憎む声を聞いた。
この地域は医療機関は揃っているが自分が知っている世界とはだいぶ勝手が違っていた。特に女性を女性と思わない設備と法。法は抜け道を探すもの。この世界は異常なまでに個人に焦点が置かれていた。
「自分で、やる」
「動けないでしょう」
彼女の下着を変えてやる。やめろと熱い手が握ってくるけどあまりに震えていて気の毒に思った。
「なんで、色んな奴の手垢がついたやつの下着触れるの」
「黙って」
血液とたくさんの体液が付いた布をバスルームで洗ってくると、また呼吸が荒くなっていた。
額に手を差し込むと熱に浮かされた瞳がこちらを見てくる。

「手、冷たくて、気持ちいい」
副反応なんだろう。視線が定まらない。きっと今のこの時間も忘れてしまうだろう。
「なんで、ってことでしたか」

数時間前に彼女を診た治療師は、悲しげに眉を寄せて、何も言わなかった。それが全てだ。
「今の貴方をただ守りたい。それ以外にありますか」
ふふ、と呼吸を漏らして彼女は静かになった。
もちろん腹は煮えくり返っていた。今すぐにでも彼女を屈辱の底に叩き落とした奴らを切り裂いてやりたい。でも――決して許されぬこと。
この世界ではやたらこの世界の個人が保護される法ばかりまかり通っているからだ。




愛があれば何でもできる

5/16/2026, 3:32:04 AM

白い素肌に火傷の跡が増えていた。抑える手は弱く、手首を抑え込めば軽くソファに転がす事ができた。彼女は途端に震え出す。
呼吸は激しくなり抵抗は増すばかり。だけど声が掠れて出ていない。何かは喋っている、でも、ひゅうひゅうと空気の音だけ。
背筋にぞわりと熱いものが駆け上がる。
彼女は喉を――。
ガクガクと震える両膝が、ある時ぐったりと糸が切れたように落ちた。
名前を呼ぶ。目線が合わない。彼女の食いしばった口から早い呼吸だけが抜け出ていく。



後悔

5/15/2026, 8:45:05 AM


日差しの加減で翡翠色に見える髪は、ほんのりと香油が香った。甘さの少ないシダーの香り。彼女の髪を指で梳いて、背中に流していく。
本当に可愛くて。でも芯は強い。
彼女は自らの細い脚で、この荒波の中必死に立ち続けていた。その姿に惚れ惚れした。ひょっとしたら僕らを鼓舞する戦女神なのかもしれない。
やがて、なぁに?と、目覚めたのかろれつの回らない唇が問うてくる。
こんなに甘えてくれるなんて思わなかったけど。






風に身を任せ

5/14/2026, 8:14:43 AM

青年は何が起こっているのか理解が追いつかなかった。
寝ている自分の上を跨った少女が、一枚上着を脱ぎ捨て、さらに襟元をほどこうとしているのだ。
「待っ…何しているの」
「わかんない」
彼女の瞳はゆれていて、とても正気な状態じゃなかった。
いつも底抜けに明るくてこちらまで元気にさせてくれる彼女が、どうして1人で男の部屋に忍び込んで服を脱いているのか…
良く鍛えられた脚はとっくの前に素足を晒していて。
「ふうっ」
と、呼吸を漏らして、また一枚彼女は服を脱ぎ捨てる。
青年は慌てた。
生まれてこの方見たこともない女性の裸体を、自分の手のひらを顔に押し当てて必死に視線を遮った。見ていないという意思表示でもある。
「服っ着て!!な、なんで?!」
「だって…」
細い幼い声がまるで直ぐ側で聞こえてくるようだ。2人の吐息が続く。この部屋の空気は凍りついて止まってしまった。
「私、あなたにたくさん酷い事を言ってしまったわ。お坊ちゃまはいいわねって。それに、助けて貰ったお礼も…私じゃ何もできないから」
いつもはハキハキと小気味よく喋る彼女が、必死に言葉を探していた。
「お礼って…」
お礼を言われるようなことは何もしてない。いや、むしろ彼女の倫理観が分からない。
育ちの違い?環境の違い?そんなわけがない。
とりあえず手近にあった自分の上着を叩きつけるようにして彼女に被らせた。
「お礼なんて、ただのありがとうでいいじゃないか。第一そんな、そんな男って思われてるなら、正直不愉快だし、正気を疑う!」
よそを向きながら手探りで彼女に服を着せる。
職業柄か生まれ持った体格のせいか、ずっと友人たちと比べて小柄だとバカにされる人生だったが、流石に彼女が男のものの服を着ると布地が余った。
「く、臭かったらごめん」
「くさく、ないよ」
彼女の呼吸は震えている。ようやく視界は自由を得た。大きすぎる服の中で、彼女は床をぼんやりと見ていた。もう一度問わなければいけないか。
「なんでこんなこと、したの」
「だって、私には何も、ないから。どうしたら貴方がどこにも行かないでくれるか、考えたらもう…本当に私何もなくて」
「自分を…大切にしなよ…」
確かに自分は明日朝一番で故郷へ帰らなければいけないが。
彼女の頬に涙が一筋落ちた。ぽろぽろと、透明な水滴が男物の服に溢れていく。
青年は、なんて短絡的な…と思ったけれど、ちょうどいい言葉が見つからない。
「私、ずっと姉さんたちが身体を売ったお金で食べてきた。いっぱい働いて病気になって動けなくなるまで…私にはもっと何もないの、どうしたらいいか分からなくて気付いたら…」
青年は、少女の手を取った。冷え切った、小さな手だった。よく見ればあかぎれや切り傷だらけの肌で、普段の安っぽい薄布を巻き付け化粧を施した肌とは雲泥の差だった。
始めて彼女を見た時、可愛いなと思った。
でも同時に、住む世界が違うなとも。
戦時下でなければ絶対に会うことはなかった……。
太陽の下でも酒場の中でも、彼女は、ひたむきに前を向いて皆に笑顔を振りまく花のような少女。
今、嗚咽を抑えている子とは全くの別人のよう。
「僕を、思ってくれたんだね」
それだけは確かだった。混乱しているけど、ゆっくりと状況を理解していく。
「行かないで」
潤んだ瞳が夜の僅かなランプの光をともして揺らめく。
「お願い、お願いよ行かないで一人にしないで」
少女はしくしくと小さな子供のように泣き出した。
取った手は震えている。
まるで幼い頃の自分のようだなと少し思った。大勢に囲まれているのに孤独で、誰にも気に留めてもらえなかった子供時代。



1年後

5/13/2026, 6:56:39 AM

夜を渡り伝を繋いで会いに行く。
何度試しても何度繰り返しても現実は不可逆。
時間も心も消耗が激しくて、持つもの全てを犠牲にしていかなきゃいけなかった。
歩む度に思い出は戻り、記憶は朽ちていく。
陳腐だった。大した名目もない。戻りたい。それだけで口を塞いで嗚咽を抑え込む。
伸びてくる手を、振り払うことができなくなってきて焦がれた心が戻ってくる。

叫び声を上げて朝の光のなか目を開けた。
心配そうに相棒がやってくる。

子どものままで



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