細い歌い方だった。ビブラートもかからない機械的に澄んだ声。幼い少女が歌っているようでもある。
風は一瞬で凪ぎ、水面は森を映す。
あの細い身体のどこから出るのだろう。
彼女の歌声が好きだった。魂さえ浄化するような伸びやかで健やかな声量。鼻に掛かる部分はひたすら甘く保護欲を掻き立てる。
その喉を。
一体何度泣かせたんだろう。
怒りで口内に血の味が滲んできた。呼吸が乱れ肩が張る。噛み締めて震える吐息を噛み殺す。
心は千々に乱れ、唆されれば悪魔にさえも心を委ねてしまうかもしれない。
愛を叫ぶ。
「良く分かりませんが、なんとなく分かりました…。分かりたくないですけどね」
呪文のようなことを言いながら、相棒は同じベッドに座ってきた。ため息を吐きながら、洗ったばかりの髪を後ろに撫でつけている。
座っても彼のほうがずっと坐高は高い。いつの間にか大きくなった体格。出会った頃とは違う細い筋肉質な身体は長期戦にも耐えうる自然と身についたものと、ドーピングによるものだ。刀傷はいつの間にか消えている。
「平気だ。慣れた」
まるで怪しげな宗教に身を支えげるおぞましい儀式のような夜は、もう何度も超えた。
私は最初こそ怯えを隠せなかったが、ついに何も感じず決められた言葉を繰り返す生き物となった。
「知ろうとする機会はいくらでもあった、なのに行動に移さなかった自分にも非があります」
「自分で決めたことだ。お前に話すこともないでしょう」
「そうやって、決定権を持っていて自分で選んだ。有名な逃げられなくする仕組みです」
「仕組み?」
ぎし、と音がした。
大きな手のひらが手首を握り、そのままベッドに押し付けてきた。
「貴方は震えています。これは条件反射です。自分にも覚えがありますが…逃げれないと分かると人間傷つかないようにへつらって、必要最低限しか行動しなくなるんですよ」
息を吸った。怒鳴ってやろうと思った。
彼の髪から雫が落ちてくる。下半身は押し付けられ動かない、両手首も骨がなるほど握られている。声が出なかった。
「羽根をもいで遊ぶ」
それと同じです。
モンシロチョウ
誰にも知られたくない汚れた部分なのに、たった一人には全てをさらけ出して、受け止めてほしい……そんな矛盾した願いを抱えてしまうんだよね。
でも、知られてしまったら、今のこの繋がりが壊れてしまうんじゃないかって、それが怖くて仕方がない。……私たちが生きているこの場所では、そうやって怯えながら寄り添うことしかできないのかもしれないね。
誰に何を思われようと、君の胸の中にいるときだけは、少しだけ…自分が自分に戻れる気がするんだ。
本当に参っている時には触れてほしい。本当に自分本位で自意識過剰で、嫌になる。だけど暴かないで。
本当にすまない。
だから…
「口を閉じなさい」
私はせっかくいばらのツタをくぐり抜けて来てくれた貴方を遮る。
彼女の身体は軽かった。本当に小柄で。
ベッドルームに入った途端に、怯えるような息を詰まらせた声が上がった。同時に抵抗も始まる。
「今、降ろしますから」
暴れる彼女を横たえた瞬間に、身体はだらりと弛緩した。まるで気を失ったかのようで焦って名前を呼ぶと、
「もういい、出ていって」
「でも」
ガクガクと震えるのに、自分の体さえ支えられないでいるようだ。
「なにがあったんです」
「言えない…」
冷たい手が唇を塞ぎに来た。
1年前
人生で関わっていけない人間は2種類。
自分を食いつくそうとする人間と、踏み付けてくる人間。
無関心と嫌悪は別だから、これは感情ではなく、事実を見て判断する。
結果がすべてという言葉は嫌いではない。過程が重視されるのは義務教育まで。
関わる人間は、多ければ多いほどいい。複雑化する中で見分けていく。食い潰していい人種かどうか。
貪欲に恋しいと嘘をつき、幼子のように寂しいと隙を見せて、転がるように人は落ちる。いつか背から刺されると囁かれてきたけど、最後の泥の中見たのは、自分の為に泣く歌姫だけだった。
初恋日