娘の周囲にいくつもの手の平大の金属板が浮かぶ。
テトラと呼ばれる機材は術者の能力に反応して、それぞれが反射し合う性質を利用し、魔力、もしくは念波を増幅させる装置だ。
「いったいどこで手に入れた」
「ケイン。見ていたの」
それには答えずに、装置室のケインは黙ることで続きを促した。
「遠い昔よ。覚えていない」
娘の周囲には強風が流れていた。
黒か紫か分からなくなるほどボロボロな外套に、手入れのされたことのない伸び放題の薄い色素の髪。見た感じでは浮浪者の小僧にしか見えない。
娘はナタを背負って、肩幅ほど足を開いて立っている。
雄々しいというか…少しは嗜みを覚えないのかこいつは…。これでは野生児ではないか。
娘のもとに、背景の透けるスクリーン付きでケインの表情を送る。無表情で落ち窪んだ寝不足な顔が映った。緋色の髪も、距離と揺れる画面ではあまり見えない。体格もいい。なのに頭脳派だから惜しいとよく言われる。意味は分からない。
「覚えていないと?一つ渡すんだ。送れ」
「無理よ。精神を保ってないと消えちゃうもの」
精神…??
古の魔術大陸から出土する産物によく似ている。科学技術と魔術、力学が繁栄した古代の人間にしか扱えないはず…。
キン!!と高い音がした。娘の側に金属片が落ちた。
「今戦闘中!」
ナタを構えた瞬間に、2人の兵士が降り立つ。仲間だ。
大きな掛け声と共に二重の結界が張ったのが分かった。同時にテトラが青緑に輝く。周囲に炎が散った。隣の2人にも反応が伝わっていく。動く度にテトラは増えて確実に周囲を破壊した。
なんなんだ、こいつは…。
遠くで乱闘の様子を見ているケインはぞわりと胸の内をくすぐられた。
興味と恐怖の入り混じった不思議な感覚で、おおよそ天井打ちの科学力を彼女はいとも容易く抜けていく。
もっと知りたい
身体中に回復の緑の光が宿る。
「オレはお前が抵抗するなんて思わなかった。なんで阻害したヤツを守ろうとするんだよ」
紫の悪魔が髪を乱して吠えている。
「耳を貸すな」
隣でギールスが剣を抜いている。
なんでそういう話になるんだよ。
「あの村には子どもがいっぱいいる、壊したらいけなかったんだ」
「それがなんだ!」
「子供は未来なんだよ、なんでヴィルが分からないんだ」
ずっとヴィルの後ろに隠れて、ミレーヌに守ってもらっていたカノンが初めて大声を出した。
「子供?」
怪訝な顔でヴィルは嘲笑う。魔力が増幅され突風との刃となって飛んできた。また傷が増えるけど、それ以上に、ヴィル達親子が歩んできた背景が覗き見えて胸を抉るようだった。
「子供だからなんなんだ。芽は潰すべきだろ」
「確かにヴィルは酷い目に遭ったかもしれないよ。でも子供が残酷な事をさせるのも大人のせいだって、なんで自分で思わないの…」
カノンがただの気弱な少年に戻った。
憎しみが考えることを拒絶している。暴走が俯瞰する目を防いでいるのだ。
空気が揺れる。
長い遠雷がこの世界にまた嵐を呼んでいた。
愛と平和
よく笑う元気な娘だった。嫉妬深いけど分かりやすく喜怒哀楽を示してくれるから、面倒くさいこともない。
母の知り合いの娘だって言うから、話を合わせるつもりで付き合っていたけど、大学も同じ年齢も一緒じゃ、どうしたって同じ時間を過ごすことになる。
免許取り立ての先輩と一緒に夜の高速に乗ったり朝までカラオケしたりファミレスでだらだらしたり。色んな知り合いができていくから忙しないけど退屈しない時間だったな。
春の風がビルを吹き上げてくる。遠くに複雑な路線の半地下の駅が見えた。
今彼女は新しい彼氏と電車に乗ったところだ。
元気そうじゃん。
「そうだね」
「えっ」
「ん」
和樹も七海も、今は2人とも現代人のような格好をしている。紺と黒のジャケットに、スニーカー。ラフな休日パンツスタイルだ。身体にはまだ生々しい跡があるが痛みはほとんどない。
「今おれ口に出して言いましたっけ?」
「言ってたよ」
隣に座る女性が同じように春風に吹かれながら、大学生のままの彼女を見下ろしている。
時間が経ちすぎたように思う。
人混みに流れていく大学生の彼女と自分たちは違うのだ。
なんでか今の自分のリーダー…つまり社長?と仲がいいのが微妙っちゃ微妙なんですけどね。う。胃が痛い。
過ぎ去った日々
空は白く烟り、空気は濁り、カード型の測定機は見たこともない数値を叩き出している。
空想した未来都市は愕然とする薄汚さだった。遠くで機械がこすれ合っている音がする。換気扇のような音も。初めてなのになんだか既視感がある。不快な音がずっと地面から響いてくるのだ。
身体の表面をほんの数ミリで守る見えない防護スーツは常に危険信号。
「空気やばいですね…」
「分かるか」
分かりますよ…。激マズです。顔をくしゃりとやると、隣の女性の主は何が面白かったのか子供のようににんまりした。
世界にも時間にも環境にも見放された、文化科学の最果てのこの世界は、住む人も動物も、もうまともではない。
空は富裕層のために覆われ、太陽の光はすき間からしか届かない。
まるで地下のような地面。ここでは地表と呼ばれているが… 大昔の大地震などの大災害のあとはなんの手も付けてもらえなかった跡がある。
大地には雑草が茂り下水が垂れ流し。病原菌を持った動物や虫がうようよとしている。
「ま。私もそんなに居たくはないんだけどね」
「なんかここに用事ですか」
「そ」
瓦礫をひょいと飛び越え、地下の建物に入っていく。手すりは埃や煤だらけで触りたくもない。
崩れそうな地下に、その店はあった。明かりはランプ2つ。壁に1つ。周囲には雑然と小道具や鉄くずが積まれている。触ったら一斉に落ちてきそうだ。
「来たが」
店主がいた。色黒の年寄りが迎えてくれた。
「調子はどう」
「だめだね」
「またまた」
主が突然、馴染みのように饒舌に話し出す。
自分には老人の言葉はなまりがあるなと思った。耳と脳の間にある変換器が妙にずれる。
それにしても、主の人の変わったような笑顔はどうだ。まるで女子高生のようじゃないか。にこにことして、なんだか面白くない。
「そが男はなんだね」
「相棒だよ」
「それの分も作るってぇ話か」
「ああ、それは大丈夫。私の分だけ頼むよ。お代は弾む」
「惜しまねぇなおめは」
「当たり前だ」
最高品質な獲物のためならばいくらでも払う。彼女は、性能的な物への投資に糸目はつけないのだ。
「私の子達の命に比べたら安いものさ」
注文した青銀色のナタを水平に上げて、彼女は愛しげに囁いた。
子って…?と、思わず彼女を探すと目が合った。ふわりと妖艶に笑っている。
お金より大事なもの
遠くで獣の遠吠えが聞こえる。
それまで薄雲が空を覆い、陰鬱な夜の世界だったのに。ごうと上空の風が一際強く吹くと一気に雲が開いた。辺りが白銀色に染め上がっていく。
魔力の高まる夜の世界と誰が言ったんだろう。昼も夜も関係ない。
衣服は破れ、髪も乱れ、ただ1人空に手を伸ばす小さな魔族は、この世界の均衡を正そうと生命を削っている。風が吹いてまた夜が明るくなる。
街の子供は寝ただろうか。このように明るくて、人々は不気味に思うかもしれない。
私だけは綺麗だと思った。あの人の背中は必死に鍛えた跡があるけど、まだ小さくていじらしい。守ることが出来ないだろうか。そう思った瞬間、仲間の声を振り切り、私は石畳をはしりだした。
電流のような抵抗を感じながら、彼に近づく。風に揺らぐ身体を抱きとめて、覚悟を決めた。
「一緒に背負うから」
たぶん気配に気付いていたんだろう。優しい面差しはゆるりと振り返る。
何を怖がっていたんだろう、小さな頃と何も変わらない。私があなたを守ってあげなきゃいけない。だってあなたの2個お姉さんなんだからね。
月夜