やなまか

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10/30/2023, 3:02:05 AM


魔王が殺されたのならば。

それ以上に恐ろしい生き物がいるということ。

擁護する国、保護を保証する国、何かあったときの責任を問う国。
(何かあったときって…一体なんだよ、オレ達は珍獣扱いかよ…!!)
各国が、魔王を倒した英雄達の奪い合いと安全性の保証を求め始めた。

確固たる後ろ楯を持つ者は良かった。
だがいつまでも保護しきれることもなくて、かつての仲間達は散り散りになっていった。

占い師の少女は、街の細い路地にまで追い詰められてしまった。先読みの術で自分の運命を読むことは禁じられている。それが今の状況を作っているのに、人間どもはそんな事も分からないのか…。

「私は恥ずべきことは何もしていません」
娘は、逃げることは自分の非を認めることだと言い張るのだ。
追尾型の魔法の網が飛んでくる。
「きゃ!」
身を固くする娘を、オレは固い金属の身体でかばった。ばちっ!と魔力が飛び散る。
「もうこの国を出よう」
「私は! 悪いことはなにもしていません!」
「お前さんの言い分は分かるよ…でもな。 一般の人間にとっちゃ、オレと同じくお前さんは得体の知れない生物でしかないんだ」
オレの発言に少女の顔が蒼白になっていく。ここまでろくに休憩も取って来なかったんだろうな。

「小言は後で聞く」
「小言って……きゃ」
片腕で少女を抱き寄せると、魔物じみた…と揶揄られる跳躍力で路地裏のガラクタを駆け上り、屋根伝いに走り出す。
「待…っ」
「口閉じてしがみついときな! 舌かむぜ!」
娘の身体は、走るにはなんの障害にもならないほど軽い。
こんなひ弱な少女に大の男どもは何を怯えているのかね。
「オレに浚われちゃくれねぇか。なぁ」
人間にやるには惜し過ぎる。
娘からの返事はないー。
揺れる肩口にしがみつきながら、少女は泣いているようだった。


(光に進まなかった方のお話)




国を出て1週間。
そろそろ雨風をしのげる屋根のあるところで休みたい。欲を言えば柔らかなベッドとお風呂と食事にも。

私たちは人の目を避けるように街道を避けて旅を続けていた。
軽い山道で、そろそろ正午を過ぎた頃。
汗をかいた額に山の風は心地良い。少ししたらぐっと気温が下がるのだろう。

「大丈夫か」

どうして今気遣われたのか分からない。
「大丈夫ですよ」
「言い方を変えよう。お前さんは弱音を吐かないもんな」
困ってしまって黙っていると、彼は腕に掴まるように指示してきた。
「寄りかかれ。こんなところで倒れられたら厄介だ」
わざときつい言い方をされた。だめね。気遣われてばかりで情けなくなる。
「私たち……」
「ん?」
一度でも優しくされたら、栓の無いことをこぼしてしまいそうで怯えていたのに。お前さん一人ぐらい守ってやるよと、余裕のある笑顔をしてくれる。それが辛い。
「私たち、どこへいけばいいんでしょう」
「分からんが…どこかにあるはずだ。誰もオレたちを知らない集落がな」
「私たちの関係は、どうしますか」
「お姫様と従者…とか」
「無理がありますよ」
ふふ、と笑ってしまう。彼の優しさが染みる。
「じゃぁ…夫婦…とか。どうだ」
山からきた風が吹く。
ふくらはぎの疲れもやわらいで山道が少しだけ楽になる。
「夫婦…」
「よろしく奥さん」
少し前にいく彼が、いつの間にか外れていた腕を差し出して待っていてくれる。

私は…甘えてもいいのだろうか。思いが溢れそうになりながら必死に付いていった。




10/28/2023, 2:01:41 PM

闇を吸い、青く潤む瞳が美しいと思った。

オレがただ見惚れていると、彼女は小動物のように小首をかしげる。黒髪がさらさらと素肌に落ちていった。
「どうしたんですか。へんですよ、さっきから急に黙ってしまって…」
彼女はまだ男の狂気を知らない。
そのまま何も知らないで居て欲しい理性と、散々に引き裂いてしまいたい葛藤がせめぎ合う。
どうしろって言うんだ…。

恐ろしい激情に耐えきれず息を漏らすと、無垢な指先が額に触れて頬を撫でていく。
「触んな…」
きっと今、オレは肉食獣のような顔をしている。
僅かな光の中、柔らかい肌が白く浮き上がっていた。こちらの牙も知らずに華奢な身体をひねり無防備に仰ぎ見てくる。どんな拷問だよこれは。
お前さんを守らせてくれよ頼むよ。

10/27/2023, 11:15:28 AM

私は彼のキッチンで覚えたての紅茶の入れ方を実践していた。
沸かし立てのお湯を茶葉を開かせるぐらいひたひたに。
ダージリンの濃い水色が出たら葉を取り除いて、熱いうちにはちみつを。
あの人は甘いのが好きだから。
氷で一気に冷やして、洗ったミントをすこしだけ揉んで乗せる。
淡い黄金色のアイスティのできあがり。氷がカラカラと音を立てる。
「できましたよ」
外仕事から帰ってきた彼に差し出すと、ごくっとひとくち。
「おいし」
良かった。
「あとで出掛けようぜ」
「うん」
「ありがとな」
頬に冷たいキスをされた。
「ほっぺだけですか」
私が挑発するように言うと、年上の彼はにやりと笑った。
「言うようになったじゃん」
グラスを置く音がした。
日焼けした大きな手が頬にふれる。
今日は冷たくて甘いキスだった。

10/26/2023, 5:35:34 PM

大きな肩にしがみついて、息を細かく吐いていく。内側から熱く一気に破壊されていく。
「もうやめよう苦しいだろ」
気遣う声がさっきよりも切羽詰まってて、私は彼の首を抱き締めた。
「いやです」
怖がりだけど自分で決めたんです。
身体と身体が溶け合って滑らかに落ちていく。こんな優しさを知らなかった。汗で背が冷えて支える腕が熱くて。なんて混乱だろう。
「お前を壊しそうで怖い」
「大丈夫です。壊れませんから」
私達はやっと目線を交わすと、初めてのようなぎこちないキスをした。貴方が怖がるなんて珍しい。
思えば触るのさえ躊躇されてもどかしくて、ずっとやきもきさせられた。私は彼を抱き締める。受け入れたい、怖くないのだと伝えたい。

10/25/2023, 10:47:40 AM


大学の校内の廊下。
彼から随分と熱っぽい目線で見られているなと気付いた。前はずっと喋っている仲だったのに。最近、顔が合わせづらい。

私は急に照れくさくなって急ぎ足になっていた。
だけど、彼とは足の長さが違う。
わざとらしくないようにちょっと息を荒くしながら逃げたけど、彼にはすぐに追いつかれてしまった。
「なぁ。最近オレのこと避けてないか」
低い声が私を縛る。そのまま壁に追い詰められてしまった。
「避けて、ません…」
そう言うだけで精一杯。
「なんか悪い事したなら教えてくれ。顔も合わせたくないぐらい嫌ならもう…」
「嫌なんかじゃありません! だ、大事な友達です!」
その時の彼の顔をなんと表現しよう。
背が高くて頼りがいがあって。明るくて皆を引っ張る、いつでも眩しいぐらいかっこいい人が…おもちゃを奪われた子供のような傷ついた顔をしたのだ。

「そうかい。友達か。特別に思ってたのはオレだけか…」
「えっ…」
傷ついた子供の顔が急に色気を増してきて困ってしまった。
どういうこと。特別って部分で、胸が潰れるぐらい切なくなった。
「私だって、特別…です」
もう感情が溢れてどうすることもできない。顔が見れないよ。心臓の音がうるさい。



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