メルルは唐突に実感した。前よりももっと彼を意識している自分に。
付き合ってるんだから…そのうちキスをしたり抱き合ったりするんだと思ったら照れくさくて。
こんなに意識をしているのは私だけかもしれない。
恥ずかしくて顔が真っ赤になる。メルルは彼の男友達の前から逃げ出した。
「ご、ごめんなさい」
「メルル!」
友人に「バカ野郎!茶々いれんな!」と叱って、追いかけてくる気配がある。
スカートを翻しながら走るけど、あっという間に追い付かれてしまった。
「あっ」
転ぶ。と思って覚悟をしたけれど、一瞬身体が浮いて、がっちりと抱き止められた。
「危な」
彼が庇うようにメルルと身を入れ換えていた。
「ヒ、ヒムさん」
「どこも痛くないか?」
彼の問いにこくこくと頷く。
「ヒムさんは」
「丈夫なだけが取り柄だからよ」
良かった…。メルルの黒髪がさらさらとカーテンのように落ちて彼を覆っていく。
(近い)
どうしたらいいの。あんなにいっぱい喋っていた彼の口がすっかり黙ってしまって。いつもよりずっとカッコいい。
ああ、もう逃げられない…。
頬を支えられ、メルルはゆっくりと目を閉じる。腹筋で顔を起こしてきた彼に、一気に唇を奪われた。
苦しそうな吐息が続く。
「ごめんな、メルルごめん。辛かったな」
腕を引き上げて抱き締める。
肌と肌がふれあい温かい。自分より遥かに高い体温の緊張がほどけ、ゆっくりと寄りかかってくる。
暴れ出しそうな熱を持て余していたが、ヒムはそのまま動かず耐える。ゆっくりと息を吐いた。黒髪が揺れて彼女の香りが立ち上る。
「ヒムさん…」
優しい声が聞こえ顔を伺うと理性が一気に消し飛んだ。
ぽろぽろと透明な涙がこぼれ、彼女のふっくらした頬を滑り落ちていく。
「メルル…!!どうした、痛いか」
「ち、違…」
メルルは涙の浮かんだ瞳のまま微笑む。
「嬉しくて…」
たくさんの遠回りをしたけれど、心から愛している人と一緒にいる。こんな幸せ誰もが味わえるはずがない。
白い細腕が逞しい身体をそっと抱き締める。
「私、幸せです」
ヒムも抱き締める。力を入れすぎぬよう気を遣いながら、それでも不安を一抹も抱かせぬよう。
「おう。幸せに、なろうな」
可愛らしい恋人の黒髪を撫でる。ここから始まるんだ。どんなことがあっても今日のこの瞬間を忘れまい。
信じられないことにそこで…目が覚めた。
※ ※ ※
かなり濁してますが こっち方面はダメでしたっけ?
コピーしてぽいぴくに移すのでちょっとご勘弁下さい…
追記
「露骨でないならOK」みたいな感じでした!
これは露骨じゃない!すごく雑&ゆるい&セコいから大丈夫!気分悪くなる人いたらごめんなさい!
これからもたまに欲望のままに書いていきます!
メルルはいつも以上に優しく大地に下ろされた。
足元でさっくりと砂が沈む。靴を通して熱が伝わってくる。
「気ぃ付けろよ」
「はい」
砂浜って…こんなにも柔らかいんだ。ヒムの注意は予告であったのか、メルルはバランスが崩れてよろけてしまう。彼が咄嗟に腕を掴んで助けてくれる。
「ごめんなさい、ヒムさん」
「いや。すまね」
砂を構成する成分は、単に海流が運んだ泥であったり、すっかり角が取れて丸まったれき岩であったり、大陸からの風で集まった砂であったり、砕けた貝殻であったりと様々らしい。足元の白い砂は粉のように細い。
たくさんの仕事の合間を縫って、二人で南国の島へ文字通り移動呪文で飛んでやってきた。
太陽は眩しくて、海の反対の砂浜の向こうは南国の木々がゆさゆさと揺れている。甘い香りさえしてきそうだ。
ヒムは芝居掛かった声を出す。
「で。お気に召しましたか、お嬢さんよ」
「なにがですか?」
「珍しく海がみたいとか言うからよ」
彼はなんだか眠そうな顔をしている。
「あ。それ…嘘なんです。ごめんなさい」
「は?」
ヒムはなかなか事情が掴めない。このお嬢さん、今嘘って言ったか?
「ヒムさんと2人になりたかったんです」
波の音がちゃぷちゃぷと続く。メルルは彼に背を向けて海を眺める。
どうしてか分かりますか?と付け加えれば良かった。
波間は日差しを照り返して眩しくて、木々は緑が濃くて、砂浜は穢れを知らぬほどに白い。どうか。はにかんでしまう子供のような顔は見ないで。
即席のテント内は混沌としていた。
次々と運ばれる重傷者に、意識を朦朧とさせながら滲むうめき声、痛みと戦う吐息。
すえた臭いと血の臭い。消毒の匂い。鎮痛剤変わりのハーブのつんとした匂い。すべてがまぜこぜになってのし掛かってきてとても重たい。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
メルルは次の患者の前にしゃがみこんで回復魔法を施す。
男性は肩と頭に巻いた包帯に血が滲んでいた。
ゆっくりと組織の修復を促す。包帯を巻き直しもう一度魔法を唱える。
「あまりうまくなくてごめんなさい」
出きる限りはやった。でも…とても完全な治癒には行き着かない。
異変には自分で気がついた。
ふらりと意識が暗闇に引きずられていく。いけない、まだ仕事はたくさんあるのに。まず視界が閉ざされ、耳がゆっくり塞がれていく。奇妙な感覚だった。
「大丈夫か、嬢ちゃん」
はっとした時には自分は横たわっていた。
「私…っ」
プラチナの身体の人が側にいた。見たことのある人だった。
「まだ寝とけって。えーと。なんて言ったかな。姫さんが言ってたぜ」
「…私、倒れてしまったんですね」
「みてぇだな。ま、無理すんな」
小さいテントには、メルルとその金属の人しかいない。
簡易ベッドに寝かされ、薄い布が掛けられていた。
「オレも動くなって言われててよ。目立つしなぁ」
「ふふ」
確かに。これ以上ないぐらいに目立ちますね、と笑ったのはメルルの口元だった。
「怖くねぇの?オレが」
「怖いだなんて。ポップさんと戦ってらした方でしょう。確かヒムさん…」
メルルがにこりと笑う。げっ、と顔をしかめられた。
「ヒム…さん? そんな呼ばれ方始めてだわ」
呼び方に違和感があるらしい。
「肩のところ、痛そうですが」
ヒムもまだ完治していなかった。
最後の脱出劇で腕はもがれ、肩までヒビが入る重傷だったのだ。老師に治してもらい見た目は腕も肩も復活したが…。
メルルが至極当然のように回復呪文を唱え始めたから、ヒムが細い手を取った。
「やめろって、またぶっ倒れられたらオレが叱られる。恐ろしいんだよなーあのお姫さん。めちゃくちゃ口が達者でよ。大丈夫だ、見た目ほどヒドくねぇし」
固くて大きな手はメルルをそっと握ったまま。嫌悪感もなにも抱かない。
「不思議」
「あん?」
「初めて会ったのに、初めてじゃないみたい」
くだけた喋り方のせいか、それともポップを通してテレパシーで見ていたせいか。妙に親近感が湧く。
「私もそれほどか弱くありませんよ」
「へっ。こんな戦場に来るんだもんな。それでこそ最後までもがく人間の底力よ」
メルルもとても身体が疲れていたけれど、ヒムの勝ち気な笑みが心強い。戦いは終わったのだとやっと実感した。
「寝とけよ。起きたらまた大忙しだ」
「…そうですね」
なんだか大きな銀色の狼にでも守られているような気がして… メルルはとても久し振りに心穏やかに目を閉じた。
平民出身であるから、理不尽な要求にもたびたび頷かなければいけない。メルルには後ろ楯がないのだ。
高官や来賓を招いての占術が毎日行われるのだが…メルルはちょっと疲れていた。
城の中庭のベンチにヒムと2人で座っていた。ここなら余計な人も来ないし、誰にも言えない様なことも言える。
「ちょっと…裏の探り合いのようで疲れる時もありますね…」
「おう」
「子供が幸せな結婚式するにはどちらの貴族に付いたらいいかとか、どの子に家督を譲ればいいかとか。遺産を残すにはどの事業を拡張すればいいかとか…」
そんなのばかりだ。
どのような答えが喜ばれるかは分かるが…ごまかしの効かない仕事だ。へそを曲げられたことも一度や二度ではない。何より立場があるからこそ厄介だ。
「ほぉ…」
聞いているヒムは怪訝な顔で相づちを打つ。
メルルがぐったりと日なたのベンチに座っていたので心配になったのだ。
「何より箔がつくからと、パフォーマンスで依頼が来ることもあります」
「はく?」
「箔…ですね」
要するに神秘の占い師が認めたという事実が欲しいのだ。
「お叱りを受けたこともあります」
そんなはずはないと、どうしても未来を認めたがらない年寄りは多い。
「んだそれ」
ヒムが肩をいからせて感情を露にする。
「そいつ殴ってやろうか」
「えっ…」
「ふんじまってよ、海に投げ返してやろーぜ」
「海に…」
そんなの、ダメですよ…という前に。
メルルは笑いだしてしまった。
「やだ、ヒムさん……ふふ。おかしい、殴って…殴っちゃうんですか?死んでしまいます」
困ったメルルを救おうと、とんでもないことを言い出した彼氏がかわいくて。人間同士の複雑な社会を知らない発言は、メルルを何度も占い師の戒めから解き放ってくれる。
「海に……考えたこともありませんでした…ふふふ。面白い」
メルルはまだ笑っている。年寄り達がどぼんどぼんと海に落ちていくのを想像してしまった。
「メルル…さん??もしもし?」
ヒムは、そんなに変なことを言っただろうかと、笑い転げる彼女を頭を掻きながら見ていた。