朝日の光が起こした奇跡だった。
彼が、アランが振り返り手を伸ばしていた。
申し訳なさそうな、苦悶の顔。
「アラン!!」
彼は2年前に、大量の民間人を殺したとして、天界に無かったものとして消された。そして私は何千年続けても終わらないかもしれない輪廻の仕事を課せられたのだ。
彼の声を忘れかけてきていることにぞっとして何度も思い出そうとして。人間の記憶の曖昧さに愕然とした。忘れるはずがないと思っていたのに。
私たちは家を亡くした。どこに行けばいいの。
破壊の神にしかすがれなかった。仕方なかったんだよ!!
「消さないで!!」
何のために生きていくのか。理由さえも奪わないで。
匂いと骨格と声と手のひらが一瞬蘇る。朝日の温かさをかき集めるように大地に蹲った。どうか消さないで。それさえあれば生きていけるんだから。
降り立ったフィールドは真っ赤で。
まるで血の海を透かした世界のようだった。
「下がってな」
前衛を勤めるヒムは後ろの娘達に一声掛ける。
「補助を掛けます」
「油断しないでね」
現れた巨大な獣が空気を震わせる。
羽の生えた6本脚のライオンって…創造主はどんだけイカれた性能ぶっこんで来るんだよ。
メルルとレオナのバフが掛かった瞬間に跳躍して、獣の懐に飛び込んで行った。闘気を乗せ殴り掛かる。
分厚い毛皮が衝撃を吸収したのが分かった。頭などひと飲みにできそうな巨大な猛獣の顎、極太の脚から繰り出される爪から逃れてまた打ち込む。
「ヒムさん!」
「来るな!巻き込まれるぞ!」
メルルの声がして叫ぶ。
黄金の手かざしの光が通過していく。現れた雑魚に次々と当たった。
「ナイス!」
「はいっ」
神殿の空気で乱反射する太陽光に視界が狂いそうになる。
また腰を落として格闘術を叩きつけ獣の背後に回る。破断獣が怒り狂ったように唸りこちらを探していた。
傷付いても傷付いても後ろから回復が飛んでくる。自分が下がったら後ろの二人はまず助からない。
「ちっくしょう!」
殴り付けてはまた横へ跳ぶ。
また娘が前に来た。
「メルルこの馬鹿野郎!前に来るなって…!」
「伏せてヒムさん!ヒートブレス来ます!」
「あ!?」
獣の喉の奥が赤く燃えた。補助の光が身体に張り付いたのが分かる。
(やべぇ!!)
自然に娘を庇い、全力でガードをする。固いオリハルコンでもってしても熱の波が一気に押し寄せてきた。
圧力に押される。ブレスが収まるまで耐えるしかない。腕の中の娘は悲鳴すら上げない。強いな。
炎が収まる。淡い金色の光が身体を癒していた。
「メル…!」
彼女は放射熱の中、回復呪文を掛け続けていてくれたのだ。
「今です」
「おう!下がってろ!」
「はいっ」
灼熱の息を終えた獣は隙だらけだ。
黒髪の娘はすぐに後ろへ戻る。
娘の合図を受け、巨大な怪物に突撃する。守るべき人間は見事な観察眼をもち、補助と援護を続けられる最強の女達だった。
老女は、どこからどう見ても人間でない自分を
「変てこな奴だね」
その一言で孫娘と会うのを許してくれた。
自分は戦闘兵器なので耳がいいのだが…。
彼女と祖母が二人きりで話している内容もよく聞こえてきた。
「おばあ様、あまり悪く言わないで下さい。あの人はとても優しくて裏表のない方なんです」
「そうかい」
この世でたった1人の孫娘が可愛くない訳がないだろうに。こんな得体の知れない自分が近づくのが恐ろしくないのか。自分のことだというのにどこか他人事のように心配になる。
「お前は変わったやつに好かれるね」
侮辱のように思え、そう言わせてしまった後悔がきた瞬間だった。孫娘はふふ、と答える。
「おばあ様の孫ですから」
彼女達は何やら柔らかく笑う。意味が分からなかったが、金属の自分の固い身体に何か温かいものが灯ったようだった。
鳥の鳴き声すら聞こえない。
よく晴れた日であるのに、耳をそばたてても人の気配がなくて。
ああ、こういう時を言うのね。
誰も知る人が居なくなった世界を私は体感していた。
金属でできたあなたはいつか味わうのだ。
全てが老いて死に孤独に苛まれる。
なんて残酷なの。私は貴方を置き去りにする未来しか見えない。
「どうした!こわい夢でも見たか!?」
いつもより切羽詰まった声に起こされた。
寝ながら私は泣いていた。助け起こされながら私は答える。
「ええ、そう。こわい夢。でもいつかは本当になるかもしれない夢」
生々しい夢だった。
心配そうに金属の掌で頬を包んでくれる。この人を孤独にしたくない。
抱き締めて、癒されるのは私のほうだった。
離れがたい。思うのが私だけじゃないといい。
玄関に降り、ふわりと振り向いたかと思うと腕を取られた。あっという間に腕の中。
背の高いたくましい肩に埋もれて彼の香りに包まれる。
腰を抱かれ頬を支えられた。
あ……。逃げたくなるぐらいの緊張だった。
すっかり温まった唇に塞がれる。何度もついばむようなキス。鼻から息がぬけて、震えるほどに心地いい。
「さらって逃げてもいいか…」
苦しそうな声。首元に顔が埋まる。私だって辛いのに。
抱き締めた瞬間に身体がぴたりとはまるように馴染んで、離れられないな。そんな意識に解かされた。