目が覚めると、
あなたが猫になっていた
朝起きて、「おはよう」と挨拶をすれば、テレビをつけてくれる。私の寝ぼけ眼は、アナウンサーの声で徐々に覚醒する。
油を引いたフライパンをコンロにかければ、換気扇をつけてくれる。私は背が低いから、スイッチを入れるために背伸びをしなくて良いことはありがたい。
家を出る時間が近づくと、「ピ」と給湯器のスイッチを消してくれる。ついつい忘れがちな私が「悪いねぇ」と声をかけると、「ピピピピ」とそれを連打する音がする。お怒りのようでした。
夏は私がいなくても、エアコンをつけておいてあげる。だって暑いの、苦手そうだからかわいそうで。
「行ってきます」
誰の姿もない部屋へ、声をかけると電気がチカチカと点滅した。
丑三つ時の夏の夜。
暗闇だけが広がる街中に、
だったひとつ、浮遊する灯り。
どんなにそれが美しくても、
決して触ってはいけないよ。
それはひどく寂しがりやで、自分勝手なものだから。
毎年この時期、一年に一度だけ。
ポストを見ると、彼女からの手紙が入っている。
封を開けると、星のかけらがきらきらと噴き出る。ああお怒りのようだ。
「私のことを、覚えておいででしょうか」から始まる手紙には、先に再び生を受けた、俺への恨み言が可愛らしく記されている。
「ほら、ご飯食べるわよ!」
「はーい!」
玄関では、おたまを持った母親が待っている。自分の喉から発される声音はひどく高い。少女のような声色だ。無邪気な子供のふりをして、母に返事をする。
「覚えているよ、当然」
だから、きみも早くおいで。
空に架かる天の川。静かにそう声をかけると、星が降り、彼女の返事を伝えてくる。「昔のあなた様は、私を『きみ』だなんて呼びませんでしたわ」なんて。
光るスマートフォンの画面が知らせるのは、あの子からの新着メッセージ。“暇しているよ”と送ると、返ってきたのは“今から行く”。
メッセージを終えて早々、インターフォンが鳴った。近所に住む彼女が、この家に来るまでに、さほど時間はかからない。ドアを開けてやるや否や、差し入れの入ったビニール袋を押し付けてきた彼女の目元は、ほんのり赤く色づいている。
ワンルーム内のソファを占拠した彼女は、自分の買ってきた缶チューハイを開け、この家の冷蔵庫内のものを使って作ったつまみを肴に、今日別れたという男の愚痴をひたすら並べる。
「そんなに不満だったら直接言えばよかったのに」
「そんなんできたら苦労せん」
そして彼女は人様のローテーブルに突っ伏して、静かに涙声をこぼす。
「あたしの話聞いてくれんの、あんたくらいやわ」
そりゃ、大事な友達だからね。
胸の痛みに気づかないふりをして、今日も俺は、涙でぐしゃぐしゃの彼女に、タオルを渡してあげるのだ。