星が降るという表現は、無責任だと思う。
だって、あの人は私の下には戻らないんだもの。
「地獄、へ、堕ちろ」
男が任務終了の一報を入れる最中、足元に横たわる人間だったものが、そう恨み言をこぼす。
首元に二本指を当てる。肌はまだ温かいが、脈拍は感じられない。はて。
「神は、見て、いる」
おかしいな。とどめは刺したはずなのに。
顎に手を当て顔を上向かせ、瞳孔を確認すると、しっかりと曇ったまま。やはり、ちゃんと、死んでいる。
幻覚でもみているのか、それとも、怨念というやつか。目の前の死体はいまだ、唇を震わせ何かを伝えようと試みる。
「あっは」
死した上での神頼み。しかし、時既に遅し。滑稽で仕方がない。
男はしゃがみ、虚空を見つめる濁った瞳に目を合わせた。
「神は、見て」
「見とるやろな。でもな、見とるだけや」
なぁんも、しいひん。
男が真実を伝えると、その死体はカタカタと激しく震え出し、やがて止まった。
世界で一番憎い男がいる。
愛の反対は無関心。愛憎とは紙一重に位置している。最初に、こんな戯言を言い放ったのは誰かだろうか。
自分には世界で一番憎い男がいる。爽やかな短髪。高い鼻梁に、涼しげな目元。程よく筋肉の着いた体躯は、スーツ姿がよく似合う。会話も上手い。人から話を引き出し、そして、少しの自己開示と共感。どうやら仕事もできるらしい。いや、それはそう。さぞかし、そうであろうよ。
しかし、繰り返すが、自分はこの男が嫌いである。爽やかな外見は却って胡散臭く、誰とでも続く会話術は八方美人にしか見えない。有能な人間は、凡人を理解できないとも聞く。以前、そういった愚痴を他人に言った時には、心底呆れられてしまった。
ただ、これは理屈ではない。嫌なものは嫌。嫌いなものは嫌い。無理なものは無理なのだ。これの意見もまた、別の人間にこぼしたところ、「はぁ、本当に、そういう意固地なところどうかと思うわよ」と自分の人間性を否定されてしまった。
さらに嘆かわしいのは、この悪意を直接伝えたところで、当の本人が意にも介していないことだ。むしろ、「寂しいですよね、わかります」なんて、図々しくもこちらを心配する始末。ああ腹立たしい。
「ほら、もう時間だって」
あれと関わることの憂鬱さを腹に据えたまま、俺は席を立つ。
スタッフから案内を受け、大きな木目調の扉の前に立つと、自分の一番の宝物が、この世で最も美しい姿で佇み、こちらを振り返る。
「お父さん、ゆっくり歩いてよ」
【この道の先に】
扉が開く。足元からステンドグラスまで伸びる赤い道の先に、あの憎き男が幸せそうな顔で、立っている。
いつでも返してもらって構わないと伝えると、件の男は「お義父さんの頼みでも、さすがにそれは聞けませんよ」と爽やかに笑った。