#104 冬になったら / 空模様(8/19)/ 窓から見える景色(9/25)/ カーテン(10/11)/ 永遠に(11/1)
暦の上では立冬を過ぎているため、既に冬だ。
しかし、天気予報界隈では、まだ秋であるらしい。
四季の区切りの違いに頭が混乱していく。
今年は、吹き抜ける風と空の青が気持ちいい秋に出会えなかった。
だから、このまま冬が深まっていくであろうと思うと、なんだか無性に寂しい。
部屋の温度を保つために締め切ったカーテンを少し避け、冷たい窓ガラスの外、近隣の家の隙間から見える、青色の薄い空模様を眺めたら余計に寂しくなった。
人の世に永遠などないが、冬の寒く寂しい印象は永遠に変わらない、と言っても構わないだろう。
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小さい窓から見える景色は、いつも天然のレースカーテンで覆われたように霞んでいる。
カーテンの正体は、空から落ちてくる指先ほどに小さく、白く冷たい降下物、通称雪と呼ばれるもので、緩いスピードでとても数え切れないほどたくさん降ってくる。日によって多少の差はあるが止むことはない。
昔、遠い昔は、もっと色々な空模様があったらしい。
広く解放された青い晴れ、
優しく庇い守る曇り、
全ての生き物を慈しむ雨。
そして、
高い空の上には太陽という神さまみたいに大きくて強い輝きが常に地上を照らしていたんだ。今は見えることがないけど、まだいてくれてるのかな。いつも薄暗いから分からないや。
空だけじゃない。
その時代には空気も植物も全てが移り変わっていく四季というものがあった。
暖かく柔らかな春、
暑くて元気な夏、
涼しく切ない秋、
寒い眠りの冬。
それらは、冬ひとつだけ残して全部雪に隠され、永遠に失われた。
傲慢だった、昔々の僕たちによって。
今は記録として残っているだけだ。
僕も色に溢れた世界を見てみたかった。
なんだか悲しくなって、
窓から離れて膝を抱えて床に直接座った。
部屋は暖かいのに、心がスースーする。
何も考えたくない。僕の心も、冬になったのかな。
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本当に氷河期になったら、人間なんて生き残れない気がするので、ちょっとファンタジックな世界に託しました。この世界は食料や燃料の確保も大変でしょうが、体内時計の管理がキツそうですね。
#103 はなればなれ / たそがれ(10/1)/ 通り雨(9/27)
もっと人の世の境界が曖昧であった頃。
都に、刀に憧れるおなごがおりました。
当時の刀は造るも振るも男の道。
それでも未子の娘に甘い鍛冶屋の父と道場に住み込みの次兄は、小さい子の言うところだからと、したいようにさせていましたけれども。
やはり、色んな意味で力の弱いおなごには大変厳しい夢でございまして、
ある日とうとう、見かねた母が言いました。
「そろそろ刀はやめて、娘らしく大人しゅうなさい。このままでは嫁の貰い手がなくなってしまうよ」
暇があれば鍛冶場に入り浸り、そうでなければ刀を振るようなおなごでは、とてもとても、と。そういうわけです。
いつか言われる日が来ることは、おなごも頭では分かっていたけれども。まるで自らの肉体と魂を離ればなれに引き裂かれるような心地に、おなごは泣きながら家を飛び出してしまいました。
泣いて走って、走って泣いて。
さすがに疲れ果てて自然に涙も乾いた頃には。
「ここ、どこ…?」
広い都のこと、気づけば右も左も分からぬような通りに立っていたのであります。
現代に比べて灯りの弱く少ない時代ですから、
日の傾くとともに暗くなっていきます。その早いことといったら。
雲のない夕暮れの、その終わり。
空の端に赤が残るものの、
もう互いの顔も見えない。
それが、たそがれの時でございます。
おなごが心細さに顔を俯け、白いうなじが晒されますと、
そこを目掛けて、ひと雫ぽたり。
「雨?でも雲は…」
ハッと顔をあげれば、
不思議なことに人通りは既になく。
ぽつり、ぽつりぽつりと増えていく雨が、
女子の着物から心にまで、恐れと共に冷たく重くしみ込んでいきます。
言い知れない何かを感じたおなごが後ろを振り返りますと、少し離れたところに長身の男が立っておりました。
雨と日没で顔は見えず、しかし立ち姿に気品があり、美丈夫であるように感じられました。
「あなたさまは…」
「迷子か」
短く男が問いかけました。
「恥ずかしながら…でも、まだ帰りたくないのです」
「ふん…心も迷子とみえる」
「母に、女に刀の道は成らぬと。しかし私には、魂が求めるものを離すことができないのです」
本来ならば女子にとっても家にとっても恥である夢を、この男には素直に話してしまいました。
しばらく、沈黙が流れていきました。
やがておなごの視線が男から足元へ下がり、やはり諦めねばならないのか、と心の中で問いかけたときでございます。小さくではありますが男から声がかかりました。
「…は、なれば、なれ」
「え?」
「お前は…なれば、なれと言ったのだ。お前は、刀を捨てたくないのだろう?なれば、おれの嫁になれ。おれは人の世とは異なる処にいる。故に刀の道に進もうが咎める奴などいない」
驚きに再び視線が男へと戻りました。
突然の求婚、しかも人の世と違うとは何のことでしょう。
じっと見つめてもおなごからは顔が見えません。だからこそ男の話が実感としておなごの中に入ってくるのです。
(選ばなければいけない…人か、刀か…)
「なれば…」
(お父様、お母様、兄様たち、ごめんなさい、ちよは、ちよは…)
「そこに刀があるのなら、なります。あなた様の嫁に」
「よかろう、名は」
「ちよにございます」
「ちよ、千夜だな、良い名だ。じっとしとれ」
男は、無造作に近づいてきました。ちよの避ける間もありません。このまま家族とは別れかと、ぎゅっと目を瞑りましたが。
「迎えに来る。家のものと別れを済ませておけ」
ふうっ。
感じたのは、位置的には男の吐息なのでしょうが。
それにしては湿りの無い風が、雨でじっとり重く濡れていた髪をさらり、と揺らしたのでごさいます。
慌てて目を開けると、男もなく雨もなく。
ちよの髪も着物も、先ほどまで濡れていたとは思えないほど乾いています。
それだけなら、日暮れの通り雨が見せた夢か幻かといったところでしたが。
男の迎えに来るという言葉。
何より、いつの間にか小指に巻き付いた赤い糸。
それが、ちよをごく弱い力で引っ張っているのです。まるで、道を教えるように。
これに従えば家に帰れるのでありましょうが、
同時に人の世との別れの道にございます。
しかし、ちよは迷いなく糸の示すとおりに歩き出したのでありました。
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語り口が統一できてなかったので修正しましたが、
昔話風の三人称風になりました。難しいですね笑
#102 子猫
ママはボクをぎゅーってするとき、
ぼくのことを「ママのこねこちゃん」っていうんだ。
ごはんをたくさん食べてるのに、
のびるばっかりで、ほそいし、かるいから、って。
それから、
大きくなったねと、まだまだ小さいねを
くりかえしながら、あたまをなでてくれる。
たまに、ながくなったね、ってわらう。
ママがいうのは、
今は、ママのボクだけど、
もっと大きくなると「ボクのボク」になるんだって。
でもママは、ずーっと「ボクのママ」なんだって。
さっき、こどものはがぬけたんだ。
ボクのこゆびのつめより小さかった。
ママは、「あかちゃんのときから、いっしょだったのにね」って、
ちょっと、ううん、すごくさびしそうだった。
でも、そのあと「おめでとう」って言ってくれた。
わかってるよ、ママ。
大きくなったら、ボクはボクのになるんだよね。
でも、まだ、ママのボクだよ。
ママのこねこちゃんって、ぎゅーってしよ?
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子ども目線なので、ひらがな多め。
簡単な漢字と句読点で調整しましたが、
読みづらかったらすみませぬ。
#101 秋風
立冬は過ぎたし、東京で木枯らし1号を観測したニュースも見たよ?
見かけによらず何か冬に関係が?と思ってネットで調べたけど関係性は見つからなかった。
が、知識は深まった。
(少々手直ししました。)
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いつもと同じように過ごしていたはずが、何故?
文字の海から無理やり引き上げられた僕には、訳がわからなかった。
交際のきっかけにもなった二人の共通の趣味は本。
さすがに好みは違ったが、逆にそれを利用して、本屋デートの時は購入したものを読み合いすることにした。2年前の付き合い始めたときに二人で決めたことだ。
なのに、彼女が突然怒り出したと思ったら去ってしまった。戸惑いで体が硬直し、引き留めることはおろか、立ち上がることも出来なかった。
気持ち良さで選んだ秋晴れのテラス席。
そのときの彼女は確かに笑っていた、はず。
空いた隣の席を吹き抜けていく風が、
今は妙に肌寒い。
屋内へと続くドアから視線を外し、彼女が座っていた席を見ると、
汚れるのを避ける為、本を読む時には注文しないはずのアイスクリームが置かれていた。
かなり溶けてしまっているが、量を見るに結構食べ進んでいたようだ。
更に視線を手元まで下げると、
手の中には僕が買った読みかけの本がある。
正直、彼女の変化を読み解くより、本の続きが気になると思ってしまった。
…ああ、原因は、これか。
そういえば、呼ばれていた気がする。
本を置いて欲しいやら、こっちを見てとか。
僕は、何と答えたんだっけ。
からん、ころんとレトロなベルの音がドア越しにくぐもって聞こえる。
本か、彼女か。
秋風が僕の心までも冷やしていく。
僕は座る姿勢を直して、本の文字に目を戻した。
いつも通りの時間を一人で過ごした後で会計に向かうと、二人して頼むコーヒー代だけが払われていた。
残されていたアイスの代金が意外と高く、
財布にまで秋風が吹いた。
彼女がそうした意味を、僕は一応考えたが、
も手遅れだろうし、もういいかと結論付けた。
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彼女は、付き合いを重ねていくうちに本屋デートの彼が塩対応になってきたことに不満を溜めていました。本を読み合うときのカフェ代は交代で出し合うルールで、今日は彼の番でした。
彼にアイスを買ってもらって嬉しい、
少し味見をしてもらって、彼の好みだったら。
次のデートは本を置いてアイスを一緒に食べながら、ゆっくり顔を見ながら話したい…
彼が本好きなのは承知の上、それでも以前のように本より自分を見てほしいとアピールしていましたが届かず。彼女の気持ちは秋風のごとく冷めてしまったようです。
立ち去ったのは衝動的でしたが、彼が追いかけなかったことで決定的となりました。
秋風とは、文字どおり秋に吹く(涼しい)風のこと。また、男女の仲が冷めることや懐の寂しさを表現するときにも使うようです。
ちなみに、秋風を送るという言葉には終わりの意味合いがあるようです。フーフー。
#100 また会いましょう
-潮時ってやつなんだろうな。
色んな要因はあった。
税金が上がり、法律が変わり、環境が変わり。
ただでさえ狭いのに隣の煙か自分の煙か分からないほど混み合っていた場所が今は。自然にソーシャルディスタンスができてしまうほどに人が少ない。
いずれ、この場所も淘汰される日が来るだろう。
ここでしか吸わない自分が中毒かどうかなんて考えたことはない。
休憩時間に、2本だけ。それが己に許したルール。
今日は、あの人は来るだろうか。
柔らかな、鮮やかな、繊細な、だけど強い。
自分を惹きつけてやまない、あの人。
色々なことが嫌になって、いい年の大人のクセにヤケクソで手を出した。
荒んだ顔つきなのに吸い慣れていない。明らかに訳ありだと分かる自分を、当然だが周囲は遠巻きにした。
当然じゃなかったのが、あの人だった。
吸い方を教わり、お互い素性は隠していたが、長い時間を掛けてポツポツと事情を語り合い。
落ち着いた頃合いに仲間を紹介され、楽しい時間を過ごした。
嫉妬に身を焦がしたこともあった。
他のやつに笑いかけるあの人が見たくなくて、別の場所に行ってみたこともあったが、思いが募るだけで意味がなかった。
あの人の煙と自分の煙の溶け合うのが好きだった。
時が流れ、仲間は減り、あの人も生活が変わったとかで殆ど来なくなった。
そうなってから。
ここに来るのが習慣になった。
キリがないから2本だけと決めて。
周りと必要以上に親しくならないようにすれば存外に静かで、そして1人でも平気だと知った。
たまに顔を見に来てくれるあの人は、
締めくくりのご褒美で、
また話そうと淡い約束をくれる。
日にちは決めない。
縁と気持ちがあれば会えると知っているから。
ブンブン振る尻尾が見えてるかもな。
今の自分は、お利口に座って待っているだろう?
口にするのは焼き鳥ではなく煙だが。
また会いましょう。
この場所がなくなるまでは。
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関係構築に疲れてしまった犬。
社交辞令以上で種別不詳の好きと縁の、
吹けば消える煙のような、
余生のようなものを。