#100 また会いましょう
-潮時ってやつなんだろうな。
色んな要因はあった。
税金が上がり、法律が変わり、環境が変わり。
ただでさえ狭いのに隣の煙か自分の煙か分からないほど混み合っていた場所が今は。自然にソーシャルディスタンスができてしまうほどに人が少ない。
いずれ、この場所も淘汰される日が来るだろう。
ここでしか吸わない自分が中毒かどうかなんて考えたことはない。
休憩時間に、2本だけ。それが己に許したルール。
今日は、あの人は来るだろうか。
柔らかな、鮮やかな、繊細な、だけど強い。
自分を惹きつけてやまない、あの人。
色々なことが嫌になって、いい年の大人のクセにヤケクソで手を出した。
荒んだ顔つきなのに吸い慣れていない。明らかに訳ありだと分かる自分を、当然だが周囲は遠巻きにした。
当然じゃなかったのが、あの人だった。
吸い方を教わり、お互い素性は隠していたが、長い時間を掛けてポツポツと事情を語り合い。
落ち着いた頃合いに仲間を紹介され、楽しい時間を過ごした。
嫉妬に身を焦がしたこともあった。
他のやつに笑いかけるあの人が見たくなくて、別の場所に行ってみたこともあったが、思いが募るだけで意味がなかった。
あの人の煙と自分の煙の溶け合うのが好きだった。
時が流れ、仲間は減り、あの人も生活が変わったとかで殆ど来なくなった。
そうなってから。
ここに来るのが習慣になった。
キリがないから2本だけと決めて。
周りと必要以上に親しくならないようにすれば存外に静かで、そして1人でも平気だと知った。
たまに顔を見に来てくれるあの人は、
締めくくりのご褒美で、
また話そうと淡い約束をくれる。
日にちは決めない。
縁と気持ちがあれば会えると知っているから。
ブンブン振る尻尾が見えてるかもな。
今の自分は、お利口に座って待っているだろう?
口にするのは焼き鳥ではなく煙だが。
また会いましょう。
この場所がなくなるまでは。
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関係構築に疲れてしまった犬。
社交辞令以上で種別不詳の好きと縁の、
吹けば消える煙のような、
余生のようなものを。
11/14/2023, 1:50:01 AM