#84 秋恋
千早ぶる 神代もきかず 竜田川
からくれなゐに 水くくるとは
「あーあ、どこかに良い人いないかなー」
「そりゃ、どっかにはいるだろうよ」
「私の目の前にいて欲しい!」
「はいはい、俺はどうせ悪い人ですよ。んで?付き合ってた奴はどうした」
「もちろん別れた」
「うん、それは冒頭のセリフで察してるから。肉付けしてほしいんだが」
「それよりお代わりちょうだい」
「あーはいはいワカリマシタ」
目の前でくぴくぴ呑んでるこいつ曰く、
俺は『飲み友No. 1だけどタイプじゃない』んだそうだ。
お前のタイプなんぞ知るか。
「はぁ〜、おいしいねぇ」
交際期間は1年保たなかったり2年以上続いたりバラバラだが、
別れるのはいつも夏の終わり、秋のはじめ。
んで、俺のところに酒を飲みに来る。
なんなんだ。人を安全牌にするんじゃねえよ。
無防備に頬を真っ赤にさせやがって。
「…竜田川」
「え、なになに?」
「何でもねえ。それより水飲め、水」
早く俺のところまで流れてこい。
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こんなの神代の時代にも聞いたことないよ〜
竜田川の水面を韓紅の絞り染めにしちゃうなんて。
みたいなことです。
竜田川は紅葉の名所らしいですね。また、竜田姫は秋の女神なんだとか。
秋と恋で、昔読んだ漫画に和歌があったのを思い出して引っ張り出し。
そこの解釈を元に創作しました。
#83 大事にしたい
考えるとき
話すとき
自分と向き合うには素直さが必要
追い詰めるのではなく
捻じ曲げるのでもなく
ただ、見つめるために
心に
気持ちに
ぴったりな言葉を探して
己を認めるために
人間関係を築くには的確さが必要
言うか
言わないか
自分の感情を表すか
相手の感情に合わせるか
心地のいい言葉
傷つける言葉
認める言葉
求めるものが何であれ
だけど
大事にしたいと想う人ほど
傷つけてしまう
本当の私なんて、そんなもの
だから考える
どうしたらいいか
その人を見つめて
#82 時間よ止まれ
彼の唇が触れるのを感じながら、
叶わぬことを思った。
やがて顔を離した彼は、まだ近い距離にいて。
「止まらないね、涙」
ほんのり笑って今度こそ、頬に流れる涙を優しく拭ってくれた。
「このまま泣いていたら、今夜あなたと別れずにすむかしら」
「君の涙が止まらないなら、いつまでもそばに居るよ。だけれど君のご両親には怒られてしまうな」
「それは困るわ。あなたに会えなくなってしまう」
「今度は僕が泣いてしまうね」
「そうしたら私は抱きしめてあげるわ」
話しているうちに涙は乾いて、
彼が近すぎる距離-未婚の男女としては、だが-を
戻そうとしたので、咄嗟に袖を引いた。
「僕だって離れ難いんだ…そんな顔をしても駄目だよ?」
「わかっているわ…でも、もう少しだけ」
彼の纏う香りが、ふわりと届く。
両親からもらった時間は短くて、あっという間に過ぎていく。
夜の逢瀬が終わるまで、あと何度願うだろう。
このまま時が止まってしまえばいいのに。
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前話の続きを彼女視点から。
ありきたりな内容ですが、ふわふわ砂糖菓子系もビターチョコも、口の中が幸せになるやつが好きです。
でも最初に思い浮かんだのは、
「ザ・ワールド‼︎」って言ってる承太郎だった。
#81 夜景 / 花畑(9/17) / 空が泣く(9/16)
「ずっと、君に見せたかったんだ」
小さな白が一面に広がる花畑。
それは星のごとく輝く。
ただし、夜の間だけ。
だから夜間外出を渋る君の両親を必死に説得したんだ。その甲斐はあった。
言葉も忘れて見入る君の横顔。
視線を周りに向ければ、
満天の星空の下、丘の上に立つ今。
それこそ星空の中に浮いているような。
-こんな景色が見られるほど
生きられると思わなかった
思わずこぼれたような小さな呟きに、
仄かな光に照らされるほど潤んだ瞳。
「とてもきれい…ありがとう」
「いいんだ。泣いているの?」
太陽の下なら、
真昼の空のような色が見られるだろうな。
「そうよ、あなたが泣かせたのよ。ひどいわ…」
心が締め付けられる。
「それは困った。どうしたらいいのかな」
「さて、どうしようかしら?うふふ…」
ぽろぽろと流れる涙もそのままに笑う君が、
あんまり綺麗だったから。
涙を拭おうと頬に向かっていた手は、
少し方向を変えて。
空が泣くのを、
もっと近くで見たかったんだって言ったら、
君は怒るかな。
近づく距離。
答えは、瞳と一緒に目蓋で隠された。
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時間が取れず空いた分までまとめて。
花畑のような夜景か、夜の花畑か、
現実を直視するのが辛いので幻想風景にしました。
空が泣く部分は当初「遠くで雷鳴が聞こえるけど知ったこっちゃない」でしたが、彼女は幼少病弱だったから雨は無視できないと彼が急に言い出し、こうなりました。
雨が降ってきて帰れなくなるトラブルも良いと思うんですけど。健全ですね。
#80 君からのLINE
ため息の多い金曜日の夜。
「疲れちゃったなあ…」
今週は特にキツかった。
毎週そう思ってる気もするが。
週末も済まさなくてはいけない用事があって、
楽しい予定も入れられず。
夕飯後の満腹感が一層体を重くする。
心のままに、ずるずるとソファに沈もうとしたら、
軽快な通知音がストップをかけてきた。
「ああー…」
ゾンビさながらの呻き声を出しながらもスマホを手に取る。
そこには。
「サトリがおる、サトリが…」
1週間の労をいたわる君からのLINE。
少し軽くなった心のままにソファに飛び込み、
返事を打つ代わりに通話ボタンを押した。