#79 命が燃え尽きるまで
「ね、まだかな」
「もうすぐ、あっ」
「見えた!」
上空を通り過ぎていくのは国際宇宙ステーション。
太陽に照らされ、星のように輝いている。
「あっという間だね」
「そうだね」
一直線に遠ざかっていく。
「ISSってさ、2031年に地球に落とすんだよね」
「うん、本当はもっと早くに運用が終了するはずだったってネットニュースで見たよ」
僕たちは、その光が見えなくなっても空をしばらく見上げていた。
希望を詰められるだけ乗せて飛び立って。
地球に帰ってくるときは、
その身を燃やしながら墜ちてくる。
その輝きは。
#78 夜明け前
「お母さーん!痛いけど深呼吸してー!
お母さんが酸素送らないと赤ちゃん苦しいよー!」
その言葉に、ちょっと正気を取り戻した。
なんとか息を深くする。
返事をする余裕なんてないけど、
モニター上の数値で応えられているはずだ。
悪阻に耐え、重くなる腹に耐え。
そして今私は痛みに耐えている。
夜明けまで、あと少し。
#77 本気の恋
9月も半ば、虫の声も聞こえる夜。
僕たちは「学校はじまりお疲れ様会」を開いていた。
要は夏休みの間に使い切れなかった花火を持ち寄って遊んでいる。
余りものだから線香花火の数が多かった。
僕は最初だけギラギラした手持ち花火をして、少し輪から離れてのんびり小さな花火を楽しんでいた。
「一緒にやってもいい?線香花火」
「うん、いいよ」
声をかけてきたのは、隣のクラスの女子だった。
咄嗟に平静を装ったけど、あまり話したことはなかったから驚いた。
お互いしばらく無言で花火と向き合う。
「ね、聞いてもいい?」
「うん、なに?」
「線香花火、好きなの?」
「そうだね。火花の散る感じが不思議で、見てて飽きない。腕は疲れるけどね」
「そうなんだ、私も好き。繊細なところとか、だんだん様子が変わるところとか。確かに腕は疲れる」
「うん…あ、落ちた」
「ほんとだ。…あ、私も落ちた」
終わった花火をバケツに入れて、少し疲れた腕を振り、次の線香花火を彼女に渡した。
「ありがとう」
「いいよ」
なんとなくまた無言で花火を始めたが、
しばらくして今度は僕から話しかけた。
「僕からも話してもいい?」
「うん?うん、いいよ」
「あの…」
緊張して手が震え、線香花火はポトンと落ちた。
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本気の、恋。
本物じゃなく、本気。
愛ではなく、恋。
小さな煌めきも、
燃え上がる熱情も、
きっと本気の恋。
飛んで火に入る夏の虫?
上等だよ。
体裁にこだわってないで、
飛び込もうよ。
恋は真剣勝負。
素直になった方が、勝ちだ。
#76 カレンダー
今なら泣いても誰にも見つからないかな、なんて衝動に身を任せたのが良くなかったわね。
止め方が分からなくなったし、
泣きすぎたみたいで頭まで痛い。
…あと何日で解放されるかしら。
あの方が手を尽くしてくださるから、きっと時間がかかるわね。
あそこでは弱音なんか吐いたら、つけ入れられてしまうから、つい今でも強がりを言ってしまう。
踊りたい。踊りたい。
もし何度時を戻せたとしても、私は同じ選択をするしかないけれど。
満たせないと分かっている欲なんて、
本当に苦痛でしかない。
でも、もうすぐあの子の誕生日だもの。
お祝いしたいわ。それまでは生きなくちゃ。
置いて逝くのが辛い。でも一番辛いのは、これからも生きるあの子だから。
それに私がいなくなったら、
足の壊れた踊り子を未だ愛してくださるあの方の心に誰が添えるというの?
一日でも永く二人に伝えたい。
愛してる。踊り子でなくなった今だから、素直に伝えられるの。愛してる。
…瞼が腫れぼったい。
朝までに良くなるかしら?
はあ、目は冴えるばかりね。
あと何回、長い夜を過ごしたら…
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王の寵愛を妬んだ妃からの嫌がらせで、
足を壊されてしまった踊り子。
全てを受容できるまでの葛藤の夜。
泣くと涙と一緒にストレスが流れていくそうですね。
私にとっては、一人になれるタイミングが少ないし、
よし今なら!なんて都合よく泣けないので難しい。
それよりも、言葉にして書く方が好みです。
#75 喪失感
王城の夜会で起きた事件から数日後。
表向きは民を虐げていた貴族の大粛正、
真の目的は母を追い詰めた妃への復讐。
踊り子から生まれた王女が何年も掛けて計画を立て、父たる王すら巻き込んで成し遂げた。
彼女は自室の窓辺で庭園を眺めながら物思いに沈んでいた。
「ねえ、知っていて?ああ、独り言だから返事はしなくていいわ」
事情を知っている侍女に話しかけた。
「お母様は、あの女に踊り子の命たる足も先の未来も奪われたのに、最期まで幸せそうにしていたわ」
ふぅ、と溜息ひとつ。
「私はお母様が喜ばないと分かっていて、自分の為に計画を実行したわ。歓喜に満ちた一瞬だった。でも、それだけ」
振り向き、侍女に顔を向けた。
「喪失感って生きていないと味わえないのね」
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金華様が亡くなられた時とは違い、涙もこぼされず気丈に振る舞っておいでだが、姫さまの抜け落ちた表情からは、底知れぬ嘆きが感じられた。
身勝手な仇討ちと仰るが、それも金華様への愛情あってこそ。そして今も愛情深さ故の寂寥を受け入れてらっしゃる。
…立派にございます、姫さま。
死にゆく者は、心にある物すべてを持って逝かれますが、残された者は失ったまま生きていかねばならない。
私めでは何の慰めにもなりませんでしょうが、
せめて、お側に。
独り言だからと言う王女に応えるため、
侍女は深く頭を下げて涙を隠した。
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9/8投稿の#71「踊るように」後日談。
復讐が終わって初めて喪失感に襲われた王女。
今回は、残された人が感じる気持ちを喪失感として書きました。
心に空いた穴って埋まらないものです。時間と共に見ないふりが出来るようになるだけ。でも、それは生きてるからこそ、感じるものです。
普段は内容に影響ない程度にしか手直ししないのですが、投稿後に読み直したら、姫さまが予想以上にメンタル強めだったので、それに合わせて改稿。
侍女も共感・同情から、生きてなんぼの精神に切り替わりました。