月って奴は怠惰だよな。
太陽に終始依存してやがるクセになんだか偉そうだ。
二世議員やら親のスネかじりのボンボンってところか。
いいよな〜
雲間に隠れたり、光の当たり具合で「いとをかし」とか言われちゃうんだから…やってらんないよ。マジでさ。
まあ、確かに星の出自は下賎だよ。
塵やガスから生まれ出た存在だもの。
でも侮れないと思うんだ。
だって自ら光を放つ恒星よ?
己の力だけで生計を立てている個人事業主みたいなもん。
私と一緒。
等級による違いはあるけれど、それでも必死に生きてる。
偉いよ。
去年の7月7日に、私が短冊に書いたお願い届いてるといいな〜。
「確定申告がなくなりますように」ってやつ。
——— 星に願って ———
仕立ての良いスーツに身を纏った青年の背中に貼られたカイロ。
そのカイロにマジックで書かれたアンパンマンらしきが、先程から私を見つめている。
暖かさと温かさが同居する世界…というか背中。
ポンポンと肩を叩き教えてあげた方が君の為なのだろうけれど、これから君の背中を目にすることで生まれるであろうあたたかさのお裾分けを、私が奪ってしまうのは忍びない。
君の背中にはもうしばらくの間、この殺伐とした社会の湯たんぽとなってもらうことにするかな。
——— 君の背中 ———
九州人なのに豚骨ラーメンが苦手です。
誰にも言ったことないから、誰も知らない秘密です。
でも、今言っちゃったから秘密じゃなくなってしまいました。
なんだか、とても悲しいし、悔しいです。
ずっと秘密にしてたのに…
——— 誰も知らない秘密 ———
いつの間にか机に突っ伏して寝ていたようだ。
時計を見ると小さい針が5と6の間を刻んでいる。
机上には、
飲みかけのコーヒー。
大量のアミラーゼに浸食された資料。
意味不明のアルファベット群に占領されたラップトップ画面。
男はスマホの電源を切り、インターホンの電源を切ると、頭から布団を被り、新たなる境地へと旅立っていった…
fin
——— 静かな夜明け ———
仕事から帰ると、娘が「おかえり〜」とお出迎えしてくれた。
「おう、ただいまぁ…ア!!!!?」
語尾がバグる程の衝撃が眼前にあった。
今朝、家を出る時は腰上くらいまであった髪の毛が、バッサリと消え失せてショートになっているではないか!!!
まてよ。
落ち着け、俺。
妙齢の女性が髪をバッサリ切り落とすってことはだ…
つまりは…
コンマ何秒の間に脳がフル回転して答えを導き出す。
いや…彼女の血色は良いし、そもそも笑顔だ。悲壮感は無い。
ん?気分転換ってやつなのか?
頭は次第にクリアになってきたが、体は機能停止したロボットみたいに、次のアクションが起こせずに固まっていると…
女は「あははははは」と指差し笑いながら去っていった。
釈然としないままリビングに入ると、妻が夕食のメンチカツの準備をしてくれていた。
「アレなんなの?」
私は形態模写しながら答えを急くように妻に問いただした。
「永遠の花束をプレゼントしたそうよ」
妻は笑顔でそう答えた。
私はますます混乱してしまった。
髪を切ったら…永遠の花束で…プレゼント?
口の中にメンチカツを入れたまま咀嚼せずにいたもんだから、見かねた妻が助け舟を出してくれた。
「ヘアドネーションよ」
「へあーどねいしょん???」
私は聞き慣れない異国語をスマホで検索して、やっと合点がいった。
不意に…毎晩、楽しげに髪を丹念にメンテナンスしていた娘の姿が思い出された。
——— 永遠の花束 ———