朝はあんなに厳しかったのに、今更やさしくしないでください。
とても迷惑しています。
私が困惑している様を見て、きっとあなたは北叟笑んでいるのでしょうね。
タートルネックのヒートテック、仰々しい手袋、マフラー、アウターに貼られたカイロ、分厚い靴下、その他諸々が、徒歩にて外回り中の私をとても苦しめています。
脱げばいいじゃん!と仰りたいのですね?
ではお聞きしますが、脱いだ諸々はどちらに保管すれば良いのでしょうか?ご教授いただけますと幸いです。
鞄の中ですか?
申し訳ありません。
取り引き先の資料様の先約がありまして…アリの這い出る隙もございません。
いっそ捨てましょうか?
いえいえ、その手には乗りませんよ?
どうせ夕方からまた厳しく責め立てるのでしょう?
……。
サボってねーで職責を果たせよ…冬将軍!
——— やさしくしないで ———
夫の書斎を掃除していたら、本と本の隙間から一通の封筒らしきが僅かに飛び出しているのに気がついた。手にとってはみたものの、中を確認するという行為は、夫婦とはいえ不可侵の領域である。
良心と好奇心とが壮絶な殴り合いの末、「夫婦は一心同体」の免罪符を両手に掲げた好奇心が暴力的な論理という名の凶器攻撃で良心を打ち負かした。
逸る気持ちを抑え中を見ると、
「後5右7左12」
と万年筆で書かれた文字が目に飛び込んできた。
うしろ5、みぎ7…?
取り敢えず、書かれた通りに五歩下がり、右向け右で五歩進みドアを跨ぎ追加で二歩、最後に左向いて十二歩進む。
すると、壁にかけられているシャガールの絵画に打ち当たった。
絵に興味がない私は、その作品名は知らないし、良さもわからない。ただ、首が奇妙に伸びた男性が女性にキスする絵。
夫は時々、メンテナンスをしているようだった。
見よう見まねで、額縁を少し浮かせて上に持ち上げ、絵を留め金から解放してみる。案外簡単に外すことが出来た。
額縁の裏に六文字の「解」はあった。
ふと絵のタイトルが気になって、スマホで 「シャガール 」「画像」で検索をかける。
…なるほど。
いつ仕込んだのだろう。
私は7月。
今は明けて2月。
あの絵は結婚してから直ぐ、夫の恩師にいただいた品だ。
かれこれ10年以上飾られている。
いつだ?去年?一昨年?何年前?何時の?
グルグルと思考が巡る。
ん?まてよ。
私がこのプラチナリングを手にしてしまったら、夫の犯しては行けない領域を踏み荒らしたことが白日の元に晒される。
なんという残酷なことをするのだろう…あの人は。
開けてはいけないパンドラの箱にプレゼントを仕込むなんて…
先程、凶器攻撃でボッコボコに打ち負かした良心が、ムクムクと復活を遂げて、再び好奇心に戦いを挑もうとしている。
——— 隠された手紙 ———
絶望の淵に突き落とされた気分だった。
敗者の烙印を押され、一生苦しみながら生きていく人生なんだと、私は勝手に解釈してしまっていた。
ママは一緒に泣いてくれたけど、パパは何時ものパパだった。
3日ほど経った夜の事だった。
突然パパが私を外へと連れ出した。
いや、正確に言うとアイスクリームが私を連れ出した。
10分程車に揺られ、最寄りのコンビニへ。
その駐車場で二人アイスを貪り食べた。
3日振りの世界は3日前と変わらず存在していて、3日振りのアイスクリームは相も変わらず私を夢中にさせた。
「やっぱ、うめーな!ハーゲンダッツのグリーンティーは!」
「いやいや、ミルクが至高でしょ♡」
いつものお決まりのやり取り。
最後の一口というところで、私の涙腺は決壊しポタポタと涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「うわっ!外気温-3℃だってよ!こんなにさみー深夜にアイス食べてるなんて俺達ぐらいじゃね?」
そういうや否や、パパは車の窓を全開にして、寝静まった街を「うぉぉぉぉぉぉ」と叫びながら車を走らせた。
突然の出来事に私は泣くのを忘れ呆気にとられていると
パパはニヤッと笑いながら「I SCREAM!」と言ったもんだから、腹を抱えて笑っちゃった。3日振りに。
嗚呼、なるほど。
コレは私への「愛 SCREAM」
何があろうとも何も変わらない。
そんな世界が私にはある。
絶望なんて私の世界には存在しない。
今までも、そしてこれからも。
——— 旅の途中 ———
車を走らせている。
君の住む街まで片道一時間半ほどの道程だ。
遠距離恋愛とまでは行かないけれど、物理的にそれなりの距離は存在するから、それ相応の気持ちの準備は必要となる。
きっかけは昨夜の君の電話。
声のトーンが気になって「なにかあった?」と私。
大丈夫じゃ無い声で、大丈夫と答える君。
ほっとけないでしょ。
毎週末と同じルートだけど、何処か違ってみえるのは、今日が平日だからだろうか。
後10分ほどで終業時間。
何とか間に合った。
すっかり暗くなった街の片隅の駐車場にて、君が現れるのを待っている。ベルガモットの香りを身にまとって。
——— まだ知らない君 ———
時に疎まれ、時に望まれ、時に冷たくあしらわれ、時に強く求められる…私達は表裏一体。互いに強く生きていこ!
日向より愛をこめて
——— 日陰 ———