夫の書斎を掃除していたら、本と本の隙間から一通の封筒らしきが僅かに飛び出しているのに気がついた。手にとってはみたものの、中を確認するという行為は、夫婦とはいえ不可侵の領域である。
良心と好奇心とが壮絶な殴り合いの末、「夫婦は一心同体」の免罪符を両手に掲げた好奇心が暴力的な論理という名の凶器攻撃で良心を打ち負かした。
逸る気持ちを抑え中を見ると、
「後5右7左12」
と万年筆で書かれた文字が目に飛び込んできた。
うしろ5、みぎ7…?
取り敢えず、書かれた通りに五歩下がり、右向け右で五歩進みドアを跨ぎ追加で二歩、最後に左向いて十二歩進む。
すると、壁にかけられているシャガールの絵画に打ち当たった。
絵に興味がない私は、その作品名は知らないし、良さもわからない。ただ、首が奇妙に伸びた男性が女性にキスする絵。
夫は時々、メンテナンスをしているようだった。
見よう見まねで、額縁を少し浮かせて上に持ち上げ、絵を留め金から解放してみる。案外簡単に外すことが出来た。
額縁の裏に六文字の「解」はあった。
ふと絵のタイトルが気になって、スマホで 「シャガール 」「画像」で検索をかける。
…なるほど。
いつ仕込んだのだろう。
私は7月。
今は明けて2月。
あの絵は結婚してから直ぐ、夫の恩師にいただいた品だ。
かれこれ10年以上飾られている。
いつだ?去年?一昨年?何年前?何時の?
グルグルと思考が巡る。
ん?まてよ。
私がこのプラチナリングを手にしてしまったら、夫の犯しては行けない領域を踏み荒らしたことが白日の元に晒される。
なんという残酷なことをするのだろう…あの人は。
開けてはいけないパンドラの箱にプレゼントを仕込むなんて…
先程、凶器攻撃でボッコボコに打ち負かした良心が、ムクムクと復活を遂げて、再び好奇心に戦いを挑もうとしている。
——— 隠された手紙 ———
2/2/2025, 1:27:12 PM