わをん

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5/18/2024, 12:21:14 AM

『真夜中』

日付けを越えても眠れない。スマートフォンを弄ろうかとも思ったが余計に眠れなくなるのでやめておく。静かな寝室に音を立てるのは寝返りで起こる衣擦れと自分のため息。寝るのがずいぶんとへたくそになってしまった。寝付きがいいねと言われていたのはずいぶんと昔のこと。
思い悩むことがなかったこどもはいろんなことに思い悩む大人になった。昔の後悔、今の不満、先への不安。思い巡らせるこの時間をやめられればと思っているけどやめ時がわからない。
窓の外から救急車のサイレン。我に返って時計を見てはまだ夜は長いとため息を吐く。

5/17/2024, 6:15:14 AM

『愛があればなんでもできる?』

愛とはなんだろう。牢屋に入れられいつ始まるかわからない処刑を待ちながらいつしかそんなことを考えていた。
私がここに入るに至ったのは在籍する学園でちやほやされていた転校生の聖女とやらに執拗な嫌がらせをしていたため。女は私の知らないところで同級生であった王太子の伴侶となっており、そのために私のしでかしたことが明るみになったとき、罪の重さは王族への謀反と同等となった。
私は王太子のことを愛していたし、愛していると返されたこともある。
「愛する君のためならなんだってできるよ」
かつて胸を焦がした言葉は今や寒々しいばかり。同じ言葉をあの女にも投げかけていると思うともはややるせなさしか沸いてこなかった。
「ここから出たいか?」
誰もいないはずの牢屋の隅からぼんやりとした人影に声を掛けられる。幻覚が見えてきたのだろう。
「ええ、出られる手筈があるのなら」
「お前が私を愛してくれるなら、そのようにしてみせよう」
“愛する君のためならなんだってできるよ”
言葉は違えど同じことを言われている。おかしな幻覚もあったものだ。
「わたくし、愛は幻だと一度は知った身ですの。傷ものでよろしければ、口づけをどうぞ」
影に近づき抱擁と口づけを交わす。すると人影はみるみると影を濃くして声を上げた。どうやら歓喜の叫びのようだった。次の瞬間、人の手ではありえない力で牢屋の格子がくにゃりと曲がった。驚いた私の手を影であったその人は手に取り尋ねた。
「望み願い給え、愛する人」
それまで死を待つだけだった身に降って湧いた人ならぬ力は野望を抱かせるには充分過ぎるほどだった。
「愛するお方。この国を滅ぼしましょう」

5/16/2024, 4:04:47 AM

『後悔』

傍にあるのは身に宿った治らない病気。やがてどうなるかは決まっているけれど、残り時間がわかるのは少しだけ良いことのように思える。
取り返しのつく後悔と取り返しのつかない後悔があって、今は取り返しのつく方をどうにか解消しようと日々を送っている最中。なにをするかといえば、それは謝ること。あのとき気にかけてくれていたのに何も返せていなかったのを謝った。ずっと借りていたものを返せていなかったのを謝ってちゃんと返した。人のせいにして自分が悪いと思っていなかったのは間違いだったと謝った。人によって反応はさまざま。もう気にしてないよ。わざわざ来てくれてありがとう。こっちも悪かったよ。
後悔を減らしていくと自分がいかに意地や見栄を張っていたのがよく分かる。なにをそんなにこだわっていたのだろう。自分の中身がないことが今では身軽だと笑うこともできる。
取り返しのつかない方とはこれから先も付き合っていくことになる。ひどく傷つけてしまってもう会いたくないと言った人。それからもうこの世にいない人には謝っても届いているのかわからない。今までやってきたことがもたらした後悔は自分を何度も突き刺すことになるのか、それともいびつにも心の支えのようになってくれるのか。ほんのりと楽しみのようなものを感じながら、時間と向き合っていく。

5/15/2024, 4:04:34 AM

『風に身をまかせ』

多くの帆船が停泊する港町に船乗りたちが立ち寄ってからかれこれ一週間が経とうとしている。道に面した露天酒場で明るいうちから酒を煽る男に少年が尋ねた。
「おじさんたち、まだいるの?早く船乗りなよ」
「何だよボウズ。俺らがここに来た時は目ぇ輝かせて話をせがんだくせに」
「お話はどれもみんなおもしろかったよ。けど町の人たちがお酒や食べ物がどんどん無くなっちゃう、って心配してたんだ」
「そうは言っても俺ら風に身をまかせるタチだからよ、風が吹かねぇとどうにも動けねぇのよ」
そう言ってワインの瓶を煽る船乗り。酒場には同じようにやることもなくくだを巻く男たちで溢れ返っていた。すると遠くからなにやら声を張り上げて走ってやってくるものがいる。
「野郎ども!出航だ!」
やってきた男はそれだけいうと走り去り、一軒隣へ、また隣へと次々声を放ちながら遠ざかっていった。男の一声で今まで生気の薄い目をしていた男たちには火が灯っていた。
「おじさん、あの人誰?」
「うちの船長さまだよ。航海士からいい報せを受けたらしい」
カウンターに酒代を次々置いて酒場をあとにする船乗りたち。満員だった酒場はもぬけの殻となり、店主は心底ほっとした顔をしていた。
少年が港を眺めると今まで骨のないようになっていた男たちがきびきびと船で働いている。頬に風を感じたように思えて空に目をやると帆船の向こうにカモメたちが悠々と空を舞っていた。

5/14/2024, 3:49:36 AM

『失われた時間』

学校からの宿題やお母さんに頼まれた草むしりなど、やるべきことはいろいろとあるのだけれど今日は日曜日。ついついゲーム機に手が伸びてついつい続きを再開してしまう。ゲームを楽しむ一方でやるべきことが頭の隅でそろそろやったほうがいいよと囁いていたけれど、コントローラーから手が離れない。あの祠をクリアしたらやろう。そう思っていたのに祠を出れば洞窟に行き当たる。洞窟を出たらやろう。そう思っていたのにどんぐりみたいな小人が助けを求めてくる。
窓の外からオレンジがかった光が差している。最近は日も長くなって夕方でもまだ明るい。そろそろ晩ごはんの時間だろうか。空腹を感じ、ゲームを切り上げてリビングに降りるとお母さんが晩ごはんの支度をしながら冷ややかな声で尋ねてきた。
「草むしりやった?」
「……マダデス」
「まだ明るいからできるよね?」
「ヤリマス」
外は春の陽気が薄れて少し肌寒く、少し薄暗い。家の周りによく伸びた雑草をぶちぶちと音を立ててむしると草の青臭さが立ちのぼり、それに混じる晩ごはんのいい匂いにおなかが余計に空腹を訴えてくる。
「宿題もやらなくっちゃ……」
失われた時間を思いつつ、腰を伸ばしてため息をひとつ吐いた。

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