『風に身をまかせ』
多くの帆船が停泊する港町に船乗りたちが立ち寄ってからかれこれ一週間が経とうとしている。道に面した露天酒場で明るいうちから酒を煽る男に少年が尋ねた。
「おじさんたち、まだいるの?早く船乗りなよ」
「何だよボウズ。俺らがここに来た時は目ぇ輝かせて話をせがんだくせに」
「お話はどれもみんなおもしろかったよ。けど町の人たちがお酒や食べ物がどんどん無くなっちゃう、って心配してたんだ」
「そうは言っても俺ら風に身をまかせるタチだからよ、風が吹かねぇとどうにも動けねぇのよ」
そう言ってワインの瓶を煽る船乗り。酒場には同じようにやることもなくくだを巻く男たちで溢れ返っていた。すると遠くからなにやら声を張り上げて走ってやってくるものがいる。
「野郎ども!出航だ!」
やってきた男はそれだけいうと走り去り、一軒隣へ、また隣へと次々声を放ちながら遠ざかっていった。男の一声で今まで生気の薄い目をしていた男たちには火が灯っていた。
「おじさん、あの人誰?」
「うちの船長さまだよ。航海士からいい報せを受けたらしい」
カウンターに酒代を次々置いて酒場をあとにする船乗りたち。満員だった酒場はもぬけの殻となり、店主は心底ほっとした顔をしていた。
少年が港を眺めると今まで骨のないようになっていた男たちがきびきびと船で働いている。頬に風を感じたように思えて空に目をやると帆船の向こうにカモメたちが悠々と空を舞っていた。
5/15/2024, 4:04:34 AM