『生きる意味』
テレビの向こうで同い年の人たちが活躍している。自分と同じ年月を生きているのに自分と何が違うのだろうと羨ましさ半分妬ましさ半分の目で見てしまう。意識的にあるいは無意識的に無数にあった選択肢を選び続けてきた結果が今なのだとしたら選択の機会が不公平だと思ってしまう。
「私の今がなんか冴えないのはぜんぶ神様のせいじゃないですか?」
テレビの街頭インタビューをたまたま目にしていたらそんな事をいう人がいた。頭の悪そうな答え方に薄ら笑いの気持ち悪い表情。端的に言ってくそダサい。けれど自分が言葉にせずとも薄々思っていた答えとまるで同じで、まるで自分が映されているかのようだった。
自分のせいだと思いたくないけれどすべて自分のせいだと結果が物を言っている。テレビやラジオやネットの向こうが輝いて見えるのは自分が輝いていないからだった。
こんな自分に生きる意味があるだろうか。誰かにあると言ってほしいけれど言ってくれる人はおそらく自分しかいない。誰かに殴られてでも励ましてほしいけれど叱ってくれる人もおそらく自分しかいない。
「せいっ!」
自分で自分に平手を打つと、思っていたより痛かった。痛みとともにぼんやりと思う。まずは先ほど見かけたくそダサい人間から卒業したい。
「早く人間になりたいなぁ」
道のりは遠そうだ。のろまな亀が歩み始めるイメージが頭をよぎった。
『善悪』
気まぐれに蜘蛛を助けた悪人が地獄に堕ちたとき、善神は気まぐれに救いの手を差し伸べた。かぼそい蜘蛛の糸に群れた亡者を蹴落としてしまったがために悪人は善神から見放され、地獄に舞い戻る羽目になった。
悪人は亡者たちと話し合う。
「あの仏様ほんとに俺を助ける気があったんだろうか」
「亡者が群がるのが想定の範囲外とは考えにくいな」
「いろんな力を持ってる仏様が見積もり悪いとかちょっとがっかりだよな」
チラとかつて蜘蛛の糸が降りてきていた箇所を見つめてみるが特段変わりない。揃ってため息を吐く悪人たち。
しかしその日の地獄のおつとめは獄卒たちが少しだけ手を緩めてくれていた気がする、とのちに悪人は述懐した。
『流れ星に願いを』
まだ凍えることさえもある春の夜にレジャーシートを敷いた寝袋に包まって星空を見ている。流星群が来るというのに今夜は満月。月より明るい流れ星はそうそうあるものではない。
「流れ星に願いごとしたことある?」
「あるよぉ。けど基本全然お願いできないねぇ」
ゆったりした口調を聞くにそうだろうなと内心思いながら明るい月とひそやかに輝く星を眺める。
「お願いできなかったけど叶ったことはあってね、だから流れ星にお願いするのはけっこうご利益あるのかもしれないなぁ」
「ふぅん。どんな願いごと?」
しばらく返事が聞こえないので視線を隣にやると、もじもじしている同級生と目が合った。
「一緒に星を見てくれる友達ができたらな、って」
照れ笑いにこちらが照れくさくなってきて互いに空の方を向いた。月より明るい光が一条、軌跡を描いて消えていくのが見えた。
「火球だ!」
興奮の抑えきれない大きな声が隣で響く。寝袋から這い出てカバンをかき回し、時間や場所を慌ただしくメモする横であんなものがあるのかと星の世界への驚きをまた新たにする。
「すごいね!すごかったね!」
「ああ、びっくりした」
「すごかったし、君と見られたことがすごくうれしいよ!」
照れも何もなく本当に嬉しそうな笑顔を見てこちらも嬉しくなる。スマートフォンを取り出して火球の目撃情報を探す傍ら、空を見上げればささやかに流れる星がひとつ。見て!と声を上げて手招きするので願いごとは半端になってしまったけれど、いずれまた叶うだろうとスマートフォンを共に見ることにした。
『ルール』
横断歩道の白いところだけ渡れるルールに、灰色のレンガしか踏んではいけないルール。こどもは歩いているだけでたくさんのルールを創り、遊びに変えていく。
「ルールを破るとどうなるの」
「しぬけど生き返るから大丈夫」
影しか踏めないルールに挑戦する子の前に街路樹から木漏れ日が差して手助けをする。影一つない道を渡るときには影を踏まないルールに切り替えて楽しげに先を行く。
「いつまで経ってもしなないね」
「だってルール破ってないから!」
自慢げにこちらを振り返る子の前を車が走る。ぶつかるかと思われたこどもの姿を車は素通りして走り去っていく。
「ちゃんと前見て」
「はぁい」
血の一つも流れないこどもは遊びに夢中で、もうずっと昔に私と自分が死んだことにも気づかない。創られたたくさんのルールに囲まれながら、死なないこどもと歩き続けている。
『今日の心模様』
四月の始め、入学早々に一目惚れした先輩に猛アタックして振られた。
「ごめん、付き合ってる人いるから」
それからというもの心はずっと雨模様。
「付き合ってる人いるかどうかは確認するでしょ普通」
「昔から惚れっぽいの変わってないね」
「入学一ヶ月未満でさっそく人生が濃いな」
お弁当を一緒に食べる中学からの友達はあまり心配をしてくれない。
「もうちょっと心配してくれてもよくない?」
「振られてから一週間はちやほやしたよ。早く立ち直りな?」
「いつまでもくよくよされてるといつまでもメシマズだ」
「そうだそうだ」
けれど確かに失恋気分に浸っているのも時間がもったいないと思えてきた。曇り模様ぐらいにはなってきたのだろうか。彼女たちのおかげで。
「わかった。失恋期間終わります」
「突然の復活宣言」
「やればできる子!」
「新しい恋が君を待ってる!」
そうだ。いつまでも失恋していたら新しい恋が始まりやしない。俄然前向きな気持ちが湧いてきた。
「みんな今までありがとう!みんなも新しい恋始まったら教えてね!応援するから!」
私の門出を祝う祝砲のようにも聞こえる午後の授業の予鈴が鳴り響く。友達は呆れた顔で、けれど笑顔で小言を言う。
「いいからお弁当早く食べちゃいなさい」