『もしも未来を見れるなら』
腕の中ですやすやと眠る我が子を見つめて思う。もしも未来を見れるなら、この子がどんな生き方をするのか見てみたい。
順当に行けば私のほうが先に人生を閉じるのだろうけれど、もしもこの子が先に逝くようなことが決まっているのなら、絶望するより先に今すべて捨て去ってしまいたい。
すくすくと成長した暁にどうしようもない悪人になるようなことが決まっているのなら、後悔するより先に今どうにかしてしまいたい。
けれども、どんな未来を見てしまっても私がこの子を捨てたりどうにかできる自信はまったくない。先のわからない未来に想いを馳せながら、この子の行く先が穏やかであってほしいとそればかりを願っている。
『無色の世界』
君がいなくなってから賑やかな街も街路を彩る草花も色を失っている。心に穴が空いているせいかテレビを見てもラジオを聞いても何もかもが響かない。
柔らかな思い出だけが色とりどりに鮮やかで、我に返る度にどうして君はいなくなってしまったのだろうと不思議な気持ちになる。
悲しみは今も目を塞ぎ続けている。君の面影を追いながらモノクロームの街を彷徨っている。
『桜散る』(桜の森の満開の下)
ずっと探しものをしている。桜の花びらを掻き分け、腐った落ち葉の混じる土を掻き分けると好いた女の死に顔に行き着くのだが、瞬きをすればまた目の前の地面は花びらで埋め尽くされている。
冷たい風に頬を撫でられて顔を上げるとおれ自身が花びらに変じ、気づいたときにはまた地面を掻き分けている。手を止めて爪の間に入った土を眺めていると遠い昔のことを思い出しそうになるのだが、落ちてくる花びらに気を取られてまた地面を掻き分けることになる。
ずっと同じことの繰り返し。気が狂う間もないほどに満開の桜から花びらが散り続けている。
『夢見る心』
私は生き人形として造られた。人の姿に似せられ、人と同じぐらいの大きさの私に血は通わないけれど、胸には心を模したモチーフが埋め込まれている。どうして私はひとりでに動けるのか。どうして私は心を持っているのか。彷徨い歩くうちに書物と出会い、時には話をしてくれる人とも出会い、いろんな知識を得ていった。叶いそうもない何かを願うことを夢を見ると形容するのだと知ったときに、私を造った人は私をほんとうに生かそうと夢見て心を埋めたのかもしれないと思い至った。
造った人は今はお墓の下に眠っている。私は時折お墓に訪れ、花を手向けて語りかける。
「私の夢は叶うでしょうか」
答えを教えてくれる存在がこの世界のどこにもいないことは人形でも人でも同じらしい。堅い手のひらと節くれた関節をじっと見つめて、いつの日にか人に成れることを想いながらそれを隠す手袋を身につける。
『届かぬ想い』
初めてこの家に執事見習いとして来たとき、お嬢様は奥さまの後ろに隠れてこちらをじっと見つめていた。あいさつを促されてようやく一人で向き合った小さなレディは照れながらも美しい所作でごきげんようと小さく言った。お嬢様と十以上年の離れた私はその時に恋に落ちていたのだと思う。
淑女たれとお嬢様に課せられる教育は庶民の出の自分からすれば次元の違う世界だった。泣き言をこぼし不満を貯めることもあれば課題に楽しげに取り組み、時には年ごろのこどもらしく遊ばれて、お嬢様は成長していった。
お嬢様の学生生活が終わりに差し掛かった頃、庭先でのティータイムでお嬢様がふと口を開く。
「あなた、好きな人はいるの?」
よもやいち執事にそんなことを尋ねられるとは思わず、けれど本心を伝えることも叶わない。
「いいえ、おりません」
「あら、そう」
物憂げにも、深く思案しているようにも思える眼差しは一瞬のこと。お嬢様の縁談が決まったことを聞いたのはそれから間もなくのことだった。