『届かぬ想い』
初めてこの家に執事見習いとして来たとき、お嬢様は奥さまの後ろに隠れてこちらをじっと見つめていた。あいさつを促されてようやく一人で向き合った小さなレディは照れながらも美しい所作でごきげんようと小さく言った。お嬢様と十以上年の離れた私はその時に恋に落ちていたのだと思う。
淑女たれとお嬢様に課せられる教育は庶民の出の自分からすれば次元の違う世界だった。泣き言をこぼし不満を貯めることもあれば課題に楽しげに取り組み、時には年ごろのこどもらしく遊ばれて、お嬢様は成長していった。
お嬢様の学生生活が終わりに差し掛かった頃、庭先でのティータイムでお嬢様がふと口を開く。
「あなた、好きな人はいるの?」
よもやいち執事にそんなことを尋ねられるとは思わず、けれど本心を伝えることも叶わない。
「いいえ、おりません」
「あら、そう」
物憂げにも、深く思案しているようにも思える眼差しは一瞬のこと。お嬢様の縁談が決まったことを聞いたのはそれから間もなくのことだった。
4/16/2024, 3:13:37 AM