わをん

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4/14/2024, 4:26:58 AM

『快晴』

外はよく晴れている。冬に着ていた服のどれもが今の気候に適していないけれどまだ衣替えが済んでいないのでどうしたものか。薄手のカットソーをどうにか探し当て、仕方なく厚手のデニムを履いて暑いぐらいの気温を感じながら恋人との待ち合わせ場所へ向かう。
半袖半ズボンの人もいれば春めいた色のコートを頑張って羽織っている人もいる街中に、先に来ていた恋人は小さく手を振る。
「今日あっついね」
「ほんとに」
ソフトクリームの看板に外国の観光客が列を成すのを見ながら、日傘とサングラスで防御力高めの人たちとすれ違い、デートを始める。
「どこ行こうか」
「服屋見よ。今家に着る服全然ないの」
「わかる〜」
今着ている服をなんとか掘り出したものだと力説する恋人の話にうんうん相槌を打ちながら手を繋ぐタイミングを計りかねている。外はよく晴れて、手には汗が滲んでいる。

4/13/2024, 12:46:09 AM

『遠くの空へ』

物心ついた頃には宇宙への果てしない興味が湧きまくっていた。地球外生命体との交信を試みて夜な夜な願いを込めながら空を眺めて立ち尽くす様子を家族からは今日もやってるなぐらいの目で見られることは日常だった。
高校生になっても家族から止められることがなかったので日常は続いていたが、ある日に脳裏に言葉が過ぎる。
「あなたに、会いたい」
口に出したのは私自身だけれど、この想いは宇宙からのものだ。天啓にも似た確信を得た私は空に向かって私自身の言葉を放つ。
「私も!会いたい!」
そこから私は邁進した。
「宇宙飛行士になりたいです!」
進路相談の時期ではなかったけれど先生にはそう宣言して情報を集め、勉学に勤しんだ。暇を見つけては交信を試みることも忘れない。宇宙からのロマンス詐欺だと家族からは陰口を叩かれたが、全力で走る私を全力でサポートをしてくれたことは感謝に堪えない。
宇宙に向かう船の中で目を閉じれば、変わらずあの日の言葉が思い出される。世界中の人に見守られながら一隻の船が地球から飛び立っていく。
「今、会いに行きます……!」

4/12/2024, 3:13:25 AM

『言葉にできない』

言葉を知らないけれど世の中には便利な言葉がある。ヤバい、エモい、パない。
「桜満開でエモい」
「桜パないねぇ」
コンビニのゴミ袋を尻に敷いて片手にチューハイ缶で花見と洒落込んでいる。
「桜ヤバいけど飽きるね」
「それな〜」
花見の何が楽しいのかと周りを見るとみんなそんなに花を見ているわけではなさそうだ。外でみんなでなにか食べたりなにか飲んだりすることが楽しいのかもしれない。
「ということは野郎ふたりで外でサシ飲みは」
「楽しくない?」
「……いや楽しい」
だよね!と高く掲げた缶をかち合わせて二度目の乾杯。中身を干してからもう一缶開ける。思い返せば夜の公園で酒を片手にだべったり、夜の川沿いで酒を片手にだべったり、お互いの部屋でサシ飲みをしてはだべったりといつもと同じようなことを今もしている。
「俺らの友情ってなんなんだろうね」
「なに、急にエモいね」
恋愛、ではない。親友もこそばゆい。仲のいい友達には違いないけれどもう少し違うニュアンスな気もする。
「言葉にできないな」
それは言葉を知らないせいなのか、言葉にしたくないからか。
「……パない友達」
「それはなんかイヤ」
ゲラゲラと笑いあってまた缶を傾ける。

4/11/2024, 3:27:46 AM

『春爛漫』

昨日まで何もなかった砂利道に草の芽がぽつぽつと現れた。双葉は背を伸ばし本葉を増やし、灰色の道は緑色をまぶされていく。茶色い木の芽も次第に膨らみ緑色を帯びて、今か今かと咲く瞬間を待っている。
細くあたたかに降る養花雨は小さな緑の勢いを後押しする。青い小花、小さな豆の小さなピンクの花、黄色い菜の花、三つ葉や四葉の白い花。雨は名前の通りに緑を育み、丁寧に折りたたまれた花の蕾は雨上がりの陽の光を浴びてついにこの世に現れる。
夥しく咲いた花たちはその身を誇り、その身をもって春を春たらしめていく。

4/10/2024, 3:21:30 AM

『誰よりも、ずっと』

戦争に向かう前、帰ってきたら結婚しようと約束をしていた。彼女は頬を染めて頷いて、出征の日には涙で目を腫らせて僕を見送った。胸に彼女の写真を忍ばせながら海を越えて過酷な戦場を目の当たりにすると、ここに来る前に抱いていた戦争に勝つという志は脆くも崩れ去った。みながみな生きて帰りたいと願いながら敵を屠り、敵に斃されて互いに数を擦り減らしていった。
帰りの船の中で彼女の写真を取り出して眺める。ところどころ折れ曲がり、血かなにかで汚れてしまっているが、僕はこれを拠り所に辛くも生き延びてきた。生きてさえいれば彼女に会える。きっと彼女も待っていてくれる。そう信じぬいて二度と戻れないかもしれないと何度も思った祖国の地を踏みしめることができた。
僕を待ち受けていたのは、あどけなさが薄れて美しく成長した彼女の泣き顔だった。ボロボロの兵卒服にも構わず彼女が胸に飛び込んてくる。
「誰よりもずっと、あなたを待っていました」
こんなにきれいな存在が腕の中に収まっていることが夢のようで、壊してしまわないかと恐ろしくなる。
「長い間持たせてしまって、すみません」
「……まったくです!」
体を離した涙化粧の彼女は口調とは裏腹に笑顔を見せた。

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