わをん

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4/10/2024, 3:21:30 AM

『誰よりも、ずっと』

戦争に向かう前、帰ってきたら結婚しようと約束をしていた。彼女は頬を染めて頷いて、出征の日には涙で目を腫らせて僕を見送った。胸に彼女の写真を忍ばせながら海を越えて過酷な戦場を目の当たりにすると、ここに来る前に抱いていた戦争に勝つという志は脆くも崩れ去った。みながみな生きて帰りたいと願いながら敵を屠り、敵に斃されて互いに数を擦り減らしていった。
帰りの船の中で彼女の写真を取り出して眺める。ところどころ折れ曲がり、血かなにかで汚れてしまっているが、僕はこれを拠り所に辛くも生き延びてきた。生きてさえいれば彼女に会える。きっと彼女も待っていてくれる。そう信じぬいて二度と戻れないかもしれないと何度も思った祖国の地を踏みしめることができた。
僕を待ち受けていたのは、あどけなさが薄れて美しく成長した彼女の泣き顔だった。ボロボロの兵卒服にも構わず彼女が胸に飛び込んてくる。
「誰よりもずっと、あなたを待っていました」
こんなにきれいな存在が腕の中に収まっていることが夢のようで、壊してしまわないかと恐ろしくなる。
「長い間持たせてしまって、すみません」
「……まったくです!」
体を離した涙化粧の彼女は口調とは裏腹に笑顔を見せた。

4/9/2024, 3:14:27 AM

『これからも、ずっと』 (ストリートファイター6)

幼い頃に両親と自身の片目を事故で失い、それが組織によって仕組まれたものだと知ったときからすべてのことがどうでもよくなった。私の原動力は復讐だった。
それから二十年ほどが経ち、私ではない奴がその組織を壊滅させた。遠く離れた国でその報せを知ったときの筆舌に尽くし難い喪失感は私を戸惑わせた。
復讐のためにあくどい事も平気でできるようになっていた。人を騙すことも傷つけることも喜べるようになっていた。私をそうさせた元凶はもうこの世にいない。
復讐する先がないのなら普通の女の子に戻ればいいと誰かが言う。今さらどの面を下げてそんなことができるというのか。今までのように、これからもずっと、すべてのことがどうでもいい。仔犬のような視線を振り切ってその場をバイクで走り去る。いつまでも胸に居座る言葉が苦々しかった。

4/8/2024, 3:09:25 AM

『沈む夕日』

草むらに入ってしまった野球のボールを探すうちに刺すような西日はいつの間にか薄れてあたりは夕闇に染まり始めていた。外野のほうを気にせず試合を続けていた仲間たちは帰ってしまっただろうか。じわじわと悲しく寂しい気持ちになって目が熱くなってくるけれど、同じ草むらで同じようになにかを探す人影が見えたので慌てて涙をこらえる。誰かがいるとことにほんのりと励まされて何度も探した草むらをもう一度掻き分ける。
「……あった」
何度も探したはずの草むらから泥で汚れたボールが現れた。
「あったよ!」
人影に呼びかけてからまだ仲間たちがいるかもしれないホームベースへと走り出した。仲間たちは帰ってなんかいなかったけれど、みな驚いたような顔をしている。監督にいたっては心配と焦りの入り混じったような顔で僕の肩を掴んだ。
「おまえ、今までどこにいたんだ!」
「えっ、ボールを探しにあっちの草むらに」
「あの草むらもみんなで何度も探したんだぞ」
試合が終わってちょうど夕日の沈んだ頃に僕がいないことに気付いたチームのみんなはそれから1時間をかけて周辺を隅々まで探したが見つからず、親と警察に連絡をするかどうかというところまできていたそうだ。そんなところに僕が突然現れたので監督は今日一日でどっと疲れた様子だった。
みんなに心配されたり小突かれたりしながら家へと帰る途中にちらとあの草むらを見やった。けれど、もうずいぶんと暗くなっていて誰がいたのかもわからなかった。

4/7/2024, 1:48:23 AM

『君の目を見つめると』

遠い昔に戦場で拾った幼子は今や私の右腕となり命令あらば躊躇いなく人を斬るようになった。
「息子よ」
「はい、父上」
親子と言うには歳の離れた間柄ではあるが私を父と呼ぶ青年は慕うでもなく厭うでもなく無感情に私を見つめる。そう育てたのは私自身だ。過酷な経験を積ませ、知る限りの知識と技術を授けた。そのせいで私と同じような目をしている。赤の他人であるのに私によく似させてしまった。
「不憫なやつよの」
息子はわずかな戸惑いを見せる。私の言ったことを理解できないようだった。

4/6/2024, 6:37:17 AM

『星空の下で』

昔も今もこの先もずっと星のことを想っている。
月の見えぬ空を埋め尽くすほどに星が輝いている。私の生きる前から輝く星は私の死ぬまでを見つめ続けるだろうか。それとも今見えている光はとっくの昔に滅びた星の光で、私が見届けているのは星の輝きの終わる瞬間なのだろうか。
空に星の流れるさまは人の生きて死ぬを思い出させる。永遠というものはありもしないが、永遠を乞い願う心ならいくらでもある。時は止まらない。夜はいつか明ける。たとえどれほど願っても、ひとつの星は空に流れ続けない。
人の見上げる空に星は輝く。銀河を征くのは夢のまた夢。月に乗るのも夢まぼろし。けれど星に手を伸ばし続ければいつかは手に取ることも叶うだろう。眠りの中で砂糖菓子のように甘い星を頬張りながら宇宙を漂う夢を見ている。

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