わをん

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4/2/2024, 6:30:59 AM

『エイプリルフール』

よく晴れた空の下、毎年いたずらやウソを仕込んでくる彼に今年は公園に呼び出された。
「まちがい探し5個見つけてね」
そういってポーズを取った彼の今年の仕込みはシンプルかつ簡単そうにみえる。
「靴の左右が違う!靴下も違う!メガネのレンズが入ってない!片目だけカラコン!それから、ピアスがイヤリング!」
「正解正解大正解〜〜!」
ふたりきりの公園にパチパチと彼ひとりぶんの拍手が響く。実をいうと公園にやってきて彼を見たときからわかっていたことだった。なんだかんだで長い付き合いだなぁと思っていると、彼はポケットをゴソゴソと探りだす。
「そんなあなたにこちらをプレゼント」
出てきたのはビロード張りの小さな青いジュエリーケース。開かれた中には透明に輝く小さな石があしらわれた指輪が収まっていた。
「結婚してください!」
「……告白、がウソ?」
「ほんとです!ガチです!」
「えっと、その指輪は実はイミテーションだったり?」
「残念、高級品です!」
「結婚する気が実はないとか……?」
「残念!めちゃめちゃにあります!」
腰を直角に曲げて指輪を差し出す彼。
「ウソみたいに幸せにします!よろしくお願いします!」
しばし呆然としたあとに湧き上がってきたのは嬉しさ。差し出されたままの指輪を両手で受け取るとへんてこな格好の彼は緊張から解き放たれたあとにガッツポーズとともに叫んだ。
「けど今日みたいな日をわざわざ選ばなくていいのに」
「こういう日じゃないと告白する勇気が出なくて……」
照れくさそうに笑った彼は恭しく私の左手を取る。指輪は薬指にウソみたいにぴったりと嵌まった。

4/1/2024, 4:18:43 AM

『幸せに』

お気に入りのパン屋さんの近くに開運ショップがある。スピリチュアル好きな人に受けのよさそうなパステルカラーな内装に開運!とか幸せを呼ぶ!とかワード強めなPOPとパワーストーンのブレスレットや置物、ドリームキャッチャーやナザールボンジュウなんかがいろいろと並んでいる。意外なことにそこそこ繁盛しているらしい。
「あそこはなんで人気なんですかね?」
「あぁ、なんか占い師さんがすごいらしいわよぉ」
パン屋のおかみさんが言うには店主の占いとアドバイスの評判がよく、予約がなかなか取れないそうだ。
「みんな幸せになりたくてああいうところに行くのかもしれないけど、幸せなんてそのへんにけっこう転がってるんじゃないかしらねぇ」
焼き立てのパンを紙袋に詰めながらおかみさんがしみじみと言うのでほんとですね、などと相槌を打つ。
焼き立てを今すぐ食べたい欲に駆られてしまったので開運ショップの前を通り過ぎ、近くの公園へ行く。紙袋からまだ熱いぐらいのバターロールを手に取ってそれを割り、湯気混じりのバターの香りに包まれながら小麦の味を噛み締める。
「……幸せ」
バターロールひとつで幸せになれるというのに、紙袋の中にはまだバターロールがある。もう一つ食べるかどうかを悩む時間もまた幸せだった。

3/31/2024, 5:16:11 AM

『何気ないふり』

人で賑わうイベント会場。その一角のスペースを目指して私は歩いている。ネット上で神と崇める絵師さんのオフラインイベント参加のお知らせが投稿されたその日に夜行バスを手配し、来たるべき日に備えて服屋を巡り、差し入れのお菓子を吟味した。寝不足気味の早朝からイベント開場待ちの列にも並んで携帯食を齧りつつSNSで絵師さんの行動を逐一チェック。イイネを飛ばしつつ士気を高めていった。
そして開場後の今。カタログを手にそのスペースを目指して歩き、けれどまっすぐに向かう勇気がなぜか持てない。胸の中に沸き立つ思いはめちゃくちゃにあるのに何気ないふりで一度素通りしてしまった。カバンの中の差し入れを思うと手に汗が浮かぶ。端まで来てしまったのでもう一度戻るために隣の列の端から端まで歩き、辿り着いた二度目の景色に緊張が隠せない。このまま帰ってしまおうかと一瞬思うが、本末転倒さに心の中で首を振る。視界には絵師さんがすでに入っている。勇気を出して行くしかない。今日はそのために来たのだから。

3/30/2024, 4:38:32 AM

『ハッピーエンド』

良い人生だったなぁと大きく息をついて眠りに落ちるとそれまで感じていた体の重さやだるさがどこかへ行ってしまった。暗いトンネルにいるかのような闇の中、向こうの方に明るい光が見えている。杖が無くてはろくに歩けないほど節々が痛かったのにそれもなく、足取り軽く歩いていける。もしかしたらと思って杖を放り出し足を出し腕を振ると走ることすら苦にならなかった。明るい光の中には先立った妻が若々しい姿で微笑んでいる。
「やぁ、久しぶりだね」
「ほんとうに」
おつかれさまでしたと労われると遺してきたひとやものを恋しく思う気持ちが胸に湧いたが、もう戻ることはできないのだと誰に教えられるでもなくわかっていた。
手に手を引かれて歩き出す。進む先に不安はなかった。

3/29/2024, 4:19:26 AM

『見つめられると』

視線には力がある。見る側は見ているものに影響され、見られる側は視線から力を得て強大になっていく。
よく行くショッピングモールの一角にアジア雑貨のポップアップストアができていた。紋様の刻まれた銀細工にビーズのアクセサリーや手の込んだ民芸品、独特な染め物の服なんかも並んでいて、そこそこ人だかりができている。そんな中に異彩を放っていたのは大きな仮面やキモかわいい人形たち。吸い寄せられるように近づくと目の部分が空洞になった仮面と目が合った。獣毛て飾られた装飾や木彫りの細工、仮面に施されたペイントをしげしげと見ているといつまでも見ていられるような気持ちになってくる。
「オキャクサン」
パン、と目の前で手を叩かれて我に帰ると店主と思しき外国人が立っていた。
「けっこうな時間見てたけど、あんまり見すぎないほうがイイヨ」
どういうことかとスマートフォンで時刻を見ると半時間ほどが経っていた。その間の記憶が一切ないことに気付いて背筋が冷える。
「この仮面、なんで置いてるんですか」
「一応売れてほしいから値札付けてるんだけど、誰も買わないんだよネ」
店主さんは複雑な表情でため息をつく。
「もしかしたら、いろんなとこから視線を集めるために僕に付いてきてるのかもしれないネ」
背筋がさらに冷えた気がして何も買わないまま急いでその場を去った。振り返らずに歩く途中に一点を見つめる人を何人か見かけた。その人たちは一様にあの店の方向を見つめていた。

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