わをん

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3/19/2024, 3:34:32 AM

『不条理』

不条理演劇というものを見た。幕が上がったときからすでに舞台の上では問題が起こっており、演者たちはあれこれと手を尽くし、議論を交わすがなにも解決しない。そういうものだとわかってはいたが面白みを見つけられないまま幕が降りてしまった。
観客たちはなぜかスタンディングオベーション。つられて立ち上がり周りを見ると涙を流している者もいる。内心首を傾げて舞台を見れば晴れやかな顔をした役者が手を振り袖に戻りカーテンコールにまた応えた。いつまで経っても拍手が止まない。いつまで経っても劇場から外に出られない。

3/18/2024, 3:37:11 AM

『泣かないよ』

4月から始まる大学生活の準備はやることがやたらと多くて大変だったが、なんとかひと区切りついた。寝転がってスマートフォンを触っているとメッセージが届く。
『明日遊ぼう』
同級生からの手短なメッセージにおけまると返信し、スマートフォンを胸に天井を見上げた。
小学生の頃から付き合いのある彼女とはなんやかんやで十年以上ほぼ毎日顔を合わせていたことになる。お互いの進学でそれが無くなるという事実が唐突に胸に湧いてきて、涙腺を緩ませ始めた。明日会うというのに寂しいなんて気が早すぎる。
寝返りを打ってスマートフォンに文字を打ち込む。
『明後日から私と会えなくなっても泣くんじゃないぞ』
送信ボタンを押して瞬きをすると涙がこぼれた。
『泣くわけねーし』
返ってきたメッセージにはこう書かれていたけれど、届いたタイミングはいつもよりちょっとだけ遅い気がした。

3/17/2024, 4:05:13 AM

『怖がり』

サークルの旅行で立ち寄った宿で、近くに心霊スポットがあるらしいという話を小耳に挟んだ。男ばかりの5人中、盛り上がったのは3人。俺を含めて2人は絶対行かないという派閥に分かれた。
ノリが悪いだの、協調性がないだの、日和ってんじゃねぇだのと冗談交じりの悪口を言う3人をあしらい、部屋に戻る。
「あいつら迷惑掛けずに戻ってくるといいけど」
「そだね。生きて戻ってくるといいよね」
「その言い換え怖くない?」
「までも、そのときは自業自得ってやつだね」
残ったうちのもう一人は部屋飲みで買い込んだ缶チューハイを傾けながら聞いてくる。
「そいえば、君はなんで行かなかったの」
「うーん。行っても良いことなんもないし、」
俺も缶ビールに手を伸ばしてつまみもついでに取る。
「まぁ、俺がただの怖がりってのもあるかな」
照れ隠しに笑ってビールを傾ける。
「僕は行っても良いことない、って考えは賢いと思うよ」
缶チューハイを一気に飲み干した彼はため息交じりにゲップを吐くと、にわかに声の調子を低くした。酔っ払いの戯言として聞いてほしいんだけど、と前置きをして。
「今夜もし3人が戻ってこなくてもそれは君のせいじゃない。僕らは怖がりで、あの3人はそうじゃなかった。それだけだから」
酔っ払いにしては真剣味を帯びた話に笑うことはできず、わかったと頷いた。
日付を越えても3人が戻ってくることはなかった。

3/16/2024, 12:54:12 AM

『星が溢れる』(Bloodborne)

柔らかな肉に瞳は宿る。宿る先、それは目であり、それは脳であり、それは命の揺り籠である。
目に見えぬものを感知できたのは唐突なことだった。脳裏に広がったぼんやりとしたもやは夜空の星雲のようにきらめいて美しく、涙が溢れ出て止まらなかった。
あのもやを見て以降、視力が失われていることに気がついたが、あなたは瞳を得たのだと周りの人たちは褒め称えた。もっとはっきりとその姿を見たいと思い、さらなる瞳を得た先に視えたのは柔らかな肉を纏い粘液に塗れた巨大な軟体生物。それを変わらず美しいとは思えなかった。
「私たちの追い求めていたものは、あんな化け物だったのですか……!」
周りの人たちのため息が聞こえる。
「あんなもののために、私の目は、」
何かが振り下ろされる音が聞こえる。

3/15/2024, 3:33:40 AM

『安らかな瞳』

猫を飼い始めてからわかったことがある。猫は犬に比べて表情が乏しいと言われたりするけれどそんなことはない。悪戯を咎められると気まずそうな顔をするし、被り物や服を着させると露骨に嫌そうな顔をする。
「きょうもかわいいね」
声を掛けるとそんなことはわかっていると尊大な顔をする。
猫がここに来た当初は怯えた顔の記憶しかない。元は野良猫として外で暮らしていた猫は知らない土地に連れてこられたという思いがあったのか、ケージの中で縮こまって何に対しても威嚇していた。噛み傷、引っ掻き傷が絶えない日が続いていたが、カリカリを出す人として顔を覚えられてからは少しずつケガも減り、猫の行動範囲も広がっていった。
日当たりのいい窓辺で猫がうつらうつらと微睡んでいる。三角の耳に細い目の生き物を脅かすものはここにはいない。
「最近あたたかくなってうれしいね」
安らかな瞳をした猫はまばたきをひとつするとまた午睡に戻っていった。

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