『ひなまつり』
おまじないガチ勢の友達からメッセージが届いた。
『もうすぐひなまつりだからひな人形買いに行こう!』
やることが突飛なのはいつものことだし、巻き込まれるのも面白いので出かけることにする。
財布にお札を多めにいれて心の準備は万全。家具屋や高級なおもちゃ売り場へ行くのかと思いきや、やってきたのは100円均一の店だった。
「百均にはなんでもあると言っても過言ではないね!」
「いや過言だろ」
しかし百均が季節ものにめっぽう強いのは事実。ミニマムなひな人形や飾り物がバリエーション豊富に取り揃えられていたのだった。女二人キャッキャウフフとなりながらひな人形やひな壇やぼんぼりなどをあれもこれもとお買い上げる。
「で、ひな人形とおまじないとどんな関係があるんですか」
「ひな人形はね、恋愛運アップに効くらしいよ!」
「ほう……。詳しく聞かせてもらおうか……」
近くのコーヒーショップでフレーバーガン盛りを頼み、片や限定フラペチーノを頼んでおまじないをご指南いただく。ひな祭り当日までにひな人形を飾り、当日にはひな祭りっぽいもの、たとえばひなあられや菱餅、あるいはひなケーキを食べる。そしてその日の夜に感謝を込めてひな人形を片付けるとよいとのことだった。
「えっ、それだけ?」
「ネットで見ました!」
フラペチーノをずずずとすする友達は自信満々だ。
「けどこういうことするにも何かしらのご利益ないとやらないってのもなんだかなってなっちゃうよね!」
「それな〜」
指南のお礼にフラペチーノ代を奢って別れ、家に帰る。ひな人形を飾るにはあまりにも埃っぽい部屋をまずは掃除し、どうにかスペースを作って設置してスマートフォンで写真を撮る。と、タイミングよくガチ勢からメッセージが届いた。
『ひな壇設営できたよ!当日はひなパーティしようね!』
写真付きのメッセージに先ほど撮った写真を付けて返信し、ひな壇を眺める。季節のものを飾るのもいいものだなぁと思いつつ、恋愛運アップという単語は頭をチラつき続けるのだった。
『たった1つの希望』
「お前は一族のたった1つの希望だ」
小学中学高校と続けてきた野球でいい成績を出せたおかげでその分野では有名な大学に入れることになった。正月の親戚一同の集まりで大げさかつ、やたらと重い言葉を無責任にかけられて期待という名のプレッシャーが圧しかかる。酒呑みばかりの宴会場となった広間から抜け出して縁側でぼんやり座り込んでいるとおずおずと近づいてくる人影があった。
「……元気ない?」
小学生ぐらいの男の子だ。親戚の多い家なので誰かはわからないけれど見覚えはあった。
「元気はあるけど、いろいろ言ってこられてちょっと疲れた」
「元気があるなら、キャッチボールしよう」
ここにいるよりはマシかと思い、連れ立って近くの広場まで行くことになった。
最近野球クラブに入ったというその子は本当はお父さんとキャッチボールがしたかったらしい。が、大人たちは大人同士で忙しい。同年代のこどもたちはキャッチボールに興味はなく、手持ち無沙汰にしていたところちょうど見つけたのが俺だということだった。小さな野球グローブとお父さんが嵌めるはずだったゴワゴワのグローブでのキャッチボールが始まる。
「おにいちゃん、ちゃんと投げてよね?」
「……いくぞー」
夏の全国大会に俺が出ていたことは知らないのだろうかと思いつつ軽めに投げたつもりがその子にとってはなかなかの速球だった。
「おにいちゃん、投げるの上手いね!」
それで評価が上がったのか、遠目に見ても顔つきが変わったのがわかる。続いて投げられたボールはあの年頃にしてはなかなかのものだった。
「ナイピッチー」
試合でもなんでもないキャッチボールの最中には今日だけでなくほうぼうで言われた無責任な言葉が思考の片隅にも登らない。ボールを投げて投げ返すのが楽しい。そればかりだった。その子の親が迎えに来るまで続いたキャッチボールの終わりは、ありがとうございましたと野球クラブらしい礼儀正しさで締めくくられる。
「野球、がんばって続けろよ。俺もがんばって続けるから」
「うん!またやろうね!」
今のところ一族のたった1つの希望であるところの俺だけど、もう10年ほどしたら2つめの希望が現れるかもしれない。
『欲望』
憤怒・嫉妬・強欲・暴食・怠惰・色欲・傲慢
厚顔無恥の丸裸
自分が悪いわけじゃない
すべて悪魔のせいにして
素知らぬ顔で生きている
鏡に映すまでもない
たわけた人の浅はかさ
淀んだ目が見る夢の先
悪魔がほくそ笑んでいる
道理に悖る生き方は
誰も彼もが目を逸らす
一人誰にも看取られず
独り死ぬのが道理だろう
どうして私を見てくれない
私はどうしてかわいそう
死ぬその時まで私ばかり
私わたしの一生涯
欲望は薬 欲望は毒
用法用量適量が肝要
悪魔は隣でいつも見ている
いまかいまかと待ちかねている
『列車に乗って』
車窓の景色は高層ビルの立ち並ぶ大都市から鉄橋を渡るに連れてのどかな田園風景になっていく。肩が抜けそうになるぐらいにいろんな冊子で重たくなったショッパーバッグを眺めつつSNS上の戦利品報告やコスプレイヤーの写真を見ながら始発駅から終点まで乗り、また乗り換えて遠い家路を進む。
夕闇が迫り街灯がぽつりぽつりと光る田舎の風景は私の故郷によく似ていてほんのりとあたたかな気持ちになる。夜の闇を背景に電飾で飾られた地方都市はきらびやかだが、競争率が激しそうだ。都会にしかないものがあり、田舎にしかないものがある。それらを行き来できる今がとてもありがたいもののように思う。けれど、
「コラボカフェ、うちの近くにもできないかなぁ……」
SNSに写るのはイベントのオフ会で盛り上がるネット上の友達。時々、いやわりとしょっちゅう都会住まいを羨ましく思う。
『遠くの街へ』
もうすぐ街に着く。お母さんとよく買い物に来ていた街で僕は今日お母さんとさよならをする。
僕の家にはきょうだいが6人いて、僕が一番年上で、昨日は僕の誕生日だった。お母さんとお父さんとが突然に話し始めた内容をあまりわかっていなかったけれど、わかって頂戴と言われたのをうんと頷いたからそうなってしまったようだ。
待ち合わせの場所にはぶっきらぼうなおじさんが立っており、こちらをじろじろと見てなにかの書類を確認すると重たげな革袋をお母さんに手渡した。ここに来るまでずっと泣いていたお母さんはその時にようやく泣きやんで、僕を抱きしめて僕の手を離し僕を見送った。
「これからどこへ行くんですか」
「……遠くの街だよ」
「僕、この街から先へ行ったことがないんです」
楽しみだなぁとつぶやくとおじさんはふ、と笑って歩き出す。おじさんの歩幅は大きく速く、付いていくのが大変だった。