『太陽のような』
言葉にするのも憚られるぐらいに酷く惨たらしい有様だった。焼ける臭いと腐る臭いを嗅ぎながら、足元に斃れる夥しい遺体を踏み抜いて歩いた。あの日のすべての感触と光景が脳におそろしく焼き付いている。空に輝いた閃光がすべてそうさせたのだ。あの光をひとときでも美しいと思ってしまったことは長く私を苦しめた。
『0からの』
ラジオからふいに流れてきたピアノの旋律に心奪われて急いでスマートフォンからラジオ局のホームページを検索し、今しがた流れていた曲名を知った。もう一度聞くために動画サイトで知ったばかりの名前を打ち込んで曲を聞き、終わってはもう一度、またもう一度。スマートフォンを触れない職場では脳内で曲が再生され、通勤中に聞くためにワイヤレスイヤホンというものを初めて買った。
何日間も聞いているうちに胸のうちにある想いが湧き上がる。この曲を弾くことができたならどんなに素晴らしいことだろう。けれど音楽経験のまったく無いこの身が新たに物事を覚えられるものだろうか。心配は頭に浮かぶが手元は県内にあるピアノ教室を検索していて、気づけば体験教室の予約完了メールが着信を知らせる。
イヤホンから流れる曲を自分が演奏する姿はまだ想像すらできないが、期待は胸に膨らむ一方だった。
『同情』
孤児院に暮らす仲間のひとりが流行り病でこの世を去った。亡くなった子の実の兄は葬式の場では気丈に振る舞っていたが、その晩の夕食に現れず、みなで手分けして探すことになった。
ひとりで弟の後を追ったりしていないだろうかと嫌な胸さわぎを覚えながら心当たりをいくつか探し、どうにか見つけ出した彼は物置の片隅にひとり隠れて泣いていた。こちらに気付いた彼は一度は涙を拭ったが、おれが手を広げてやると飛び込んできていっそう泣いた。
おれは赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていたので、おれにはきょうだいがいるかいないかもわからない。けれど仲間たちのことをきょうだいのように思って暮らしていたので、彼の悲しみはおれの悲しみだった。励ますようなことを何ひとつ言えないままに悲しくなって、ついには涙がこぼれてくる。
物置にひとりふたりと仲間が集まってくる。みなさめざめと泣いて彼が悲しいことを悲しんで、もう弟が帰ってこないことを悲しく思っていた。
『枯葉』
同じ年に生まれたやつらが大勢いて、片や光当たる道を歩いているが自分は暗がりばかりを歩いている。自分の何が悪かったのだろうか。普通がわからないから何もかもがわからない。声をかけてくれた人もいたはずだが、今はまわりに誰もいない。全部自分のせいなのだろうか。そうだとわかってはいるのだが、そうではないと言って欲しかった。
枯葉のような人生だった。北風が強く吹けばあとには何も残らない。最初から何もなかったみたいに。
『今日にさよなら』
朝から始まったデートはずっと楽しいままに夕暮れ時になった。手を繋いで帰り道を歩くふたりを夕焼けが照らしている。西日色に染まる雲を美しいとも思わず、ただ隣を歩く君のことを想って呟く。
「夕焼けを見てると寂しくなるのはなんでだろうね」
遠くの空を見ながら少し考えた君は言う。
「太陽の気持ちがうつっちゃうから、ですかね」
なるほどと思いながら地平線に沈みゆく太陽に別れを告げる。さよなら太陽。明日もきっと会えるよ。
駅に着いてしまったので帰り道はここで終わり。けれど繋いだ手を解く気が起きず、気の利いたことも言えないうちに乗る予定の電車が走り去ってゆく。
「太陽の気持ちがうつっちゃいましたね」
「うん、そうかも」
「でも、さよならしないとまた会えません」
繋いでいた手をするりと解いた君は小指を差し出した。
「約束、しましょう」
また今日みたいな楽しいデートができますように、と華奢な小指は私の小指を絡めて唱える。嘘をついたら針千本。
「……針千本はふたりで千本なのかな」
「それかふたりで二千本ですね」
うふふ、と笑いながら少し薄れた寂しさを抱えてデートを終わりにする。
「じゃあ、また」
「おやすみなさい」
手を振る君に手を振り返しながら、小指の感触を思い出していた。